20.夜の電話-4

 メッセージを読んだその時、大輝の胸の底が粟立つ。愉悦感に駆られる。あの和絃が意志を持ち、大輝に一点集中して注目を向ける。足下にスポットライトが照らされた。そんな気分だ。


 いままでの大輝は、誰かの引き立て役であり、ドラマの脇役であった。主役ではない黒子の役目を徹して、「その他大勢」として生きてきた。そんな大輝にあの和絃が「自分だけを見てくれ」と乞うているではないか。観客がいないと主役は映えない。とはいっても大輝以外に「その他大勢」はたくさんいる。

 それでも和絃は、どこまでも自分を見ろという。和絃が紹介してきたのに「睦美を見るな、心を開くな」そうすがってくる。いつも和絃はすねるだけで、太輝に口を出さない。そんな和絃の本音が暴かれた。この目で見てみたい、排他的なエゴイストが、大輝の足下にすがる姿を見てみたい。


 和絃の言葉を目でなぞる。それだけで、無意識に口内で唾液が溢れる。耳朶から脳に直撃する痺れに、大輝は口角を上げる。人差し指を口に含んで、甘噛みする。行き所のない歓びを甘受していた。

 和絃に触れたい。もっと奥深くまで触れて欲しい。大輝は和絃への肉欲を覚えた。あの冷たい手と腕で、太輝の腰から太ももにかけて撫でてほしい。熱く膨らんだ中心に指を食い込ませ、慰めでもいいから愛撫して欲しい。


 注目が自分から逸れている、と駄々をこねる和絃が可愛く思えてくるほどだ。「俺だけを見ろ」、言われなくても大輝の世界は和絃が全てだった。少しだけ睦美と言葉を交わしても、和絃だけが特別であった。だからこそ「大丈夫だよ」と返信した。


『ダイちゃん、えっ』


 耳に当てなくても、通話先から和絃の掠れる声が聞こえた。彼の声を聞きながら、自分を愛しても良いのだろうか。聞くまでもない、駄目に決まっている。和絃からすれば子供じみた独占欲なのに、大輝から放埒とした性の対象にされるのは御免だろう。


『ねぇ、ダイちゃん?』


 舌っ足らずな口調で大輝の名を呼ぶ。その和絃の声が揺れる。下腹部から中心にかけて熱を帯び、愛しい和絃だけの声でビクビクと反応してしまう。昂ぶりに手を伸ばす禁忌に大輝はためらう。が、未読がもう一通あることに気がつく。


「ん?」


 己を慰めようとした手を引っ込め、携帯電話のメッセージ画面をスクロールした。まだ、メッセージに続きがあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る