41 はじめての娘
41 はじめての娘
新しい出会いは、いつも突然。
それは重度のコミュ障と呼ばれたシンラでも例外ではない。
山にある森の中を歩いていたシンラは、空から降ってきた幼児にしがみつかれていた。
幼児はシンラの顔にしがみつき、ギャン泣きをしている。
「……な……なんでこんな所に……子供が……?」
「ぴーっ、ぴーっ!」
「あ……。この泣き方……ハーピィの仔……ですね……」
「ぴーっ、ぴーっ!」
「……巣から落ちたんですか……? それとも……引っ越し中に……ママが……落としちゃったんですか……?」
「ぴーっ、ぴーっ!」
「……いずれにしても……ハーピィが来たら……面倒なことに……なりますから……離れてください……」
「ぴーっ、ぴーっ!」
「……う~ん……ママは……ぜんぜん来る気配が……ないですねぇ……。……でも、こんな所に……置いておいたら……動物やモンスターに……襲われるでしょうし……」
「ぴーっ、ぴーっ!」
「……それ以前に……ぜんぜん離れてくれませんし……。……困りましたねぇ……」
シンラはやむなく、このハーピィの幼児を育てることにする。
といっても、ロックが待つ家に連れ帰ったりはしなかった。
赤ちゃんがロックに襲われることを心配したわけではなく、野生に帰すという目的のため。
ハーピィというのは群れをなすモンスターで、単独で生きることはしない。
もしシンラの家で暮らして人間の生活に馴染んでしまったら、野生に帰したときに、ハーピィの群れに入れないと思ったためだ。
シンラは近くの岩場に向かうと、高いところにある窪みによじ登る。
その窪みに藁を敷いて、巣作りをした。
拾った子供はすでに授乳期を過ぎていたので、シンラはハーピィの離乳食といわれているミミズを口の中で咀嚼し、口移しで飲ませる。
ハーピィはヒート族に近い見目をしているが、加齢と成長のスピードは人間よりも速い。
しかし第二次成長期の時期になると成長と加齢がストップし、それが長く続くという特徴があった。
おかげで、日々見違えるようにすくすくと育ってくれたのだが、そのぶん別の苦労がある。
群れに帰すとなると狩りができないといけないので、それを教え込まなくてはいけなかった。
「……今日は……リスを狩ってみましょうか……」
「ぴーっ!」
しかし泣いてばかりで言うことを聞いてくれない。
シンラは思案した挙げ句、腕に翼を付け、ハーピィの格好をして狩りを教えることにした。
「こんなヤツ、怖くなんかないですよ。僕が今からやっつけてみせますから」
いつもそう前置きしてから、弱らせたリスやウサギを、ハーピィの狩りのごとく仕留めてみせる。
見よう見まねをしてくるうちに、少しずつ狩りを覚えていった。
そして、言葉も。
「まーま!」
「……あ……いや僕はママじゃ……。……あ……でも……呼び名がないと……不便ですね……。……じゃ、パパで……」
「ぱーぱ!」
「……あなたは……そうですねぇ……。……とりあえず……ウイリー……ってことに……しておきましょうか……」
「ういりー! ういりー!」
ウイリーと名付けられた仔は、ハーピィらしく美しく育っていく。
ウイリーは、かくれんぼが大好きであった。
「……ウイリーさん……? ウイリーさん……? ……どこへ……行ったんですか……?」
「うわぁぁぁぁーーーーん! パパーっ!」
「……わぁ、びっくりした……。……また泣いて……今日は……どうしたんですか……?」
「ううっ……ひっく! クマさんが、クマさんがいじめるのーっ!」
「……それは……ウイリーさんが……仔グマをからかったり……するからですよ……」
「パパはクマさんの味方なの!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
「……ああ、もう……泣かないでください……。……そんな……しがみついちゃ……ダメですよ……」
「うぐっ……ひっく……! ……どうして?」
「……パパの匂いが……付きすぎると……よくないですから……」
「いいんだもん! あーし、パパのお嫁さんになるんだから!」
「……いや……ダメですよ……そんなの……」
「ダメじゃないもん! それにパパが教えてくれたんじゃない、ハーピィはこうやって匂い付けするって! うりうり、うりうりーっ! これでパパはもう、あーしのもの! あはははははっ!」
「……もう……泣いたカラスが……もう笑って……。あ……そんなことより……。集落のほうに……お使いを……お願いします……」
『集落』。それはハーピィたちの群れがある、別の山のこと。
シンラはゆくゆくは、ウイリーをその群れに預けようとしていた。
そのため何かと用事を頼んで、集落へと行かせていたのだ。
ウイリー自身も年の近いハーピィたちと遊べるので、喜んで行っていた。
その友達の影響か、最近のウイリーはどんどんギャル化している。
「おけまる! ちょーど遊ぶ約束してたんだ、やーりぃ!」
「……あ……そうそう……ついでに、これを……」
「ん? なにこれ? あっ、あーしが写ってる!? なにこれなにこれーっ!?」
「……それは……身だしなみを整えるためのものですよ……。……それ以外にも……」
シンラはローブの懐からもうひとつの手鏡を取り出すと、日光に反射させてウイリーの顔に当てた。
「まぶしっ!?」
「……こんな感じで……遠くから反射させると……連絡手段に使えるんですよ……」
シンラは大声を出すのがニガテだったので、遠くにいるウイリーを呼ぶのに苦労していた。
しかし鏡を使うことで、お互いの位置を知らせたり、連絡できることを思いついたのだ。
「わぁ、キラキラしてて超たのしーっ! これがあれば、どこにいても見つけられるね!」
鏡は『キラキラ』と呼ばれ、ウイリーの大のお気に入りとなった。
それからもウイリーの楽しい日々が続いたのだが、彼女がヒート族換算で、14歳になった頃……。
「んじゃパパ、行ってくるし! おみやげいっぱい持って帰ってくるね!」
「……はい……ハーピィ・クイーンに……よろしく……。……これ……こちらからの手土産です……」
「ハァ? こんなのべついーのに!」
「……そういうわけには……いきませんよ……なにせ、お世話になるんですから……」
「お世話ったって、たった2週間じゃん! あ、もしかして寂しいとか!? あーしはしばらくいないけど、泣いたりしちゃダメだし!」
軽い気持ちで巣から出ていこうとするウイリーを、シンラは呼び止めた。
「……ウイリーさんも……泣いちゃダメですよ……」
「ハァ?」
「……ウイリーさんは……小さい頃から……泣き虫でしたから……」
「いやいやいや、それは昔のことっしょ!」
「……そうですけど……。これから……ウイリーさんの人生には……理不尽なことが……いっぱい、あると思います……。……でも……そんな時でも……」
「はいはい、泣くのは思考停止と同じだから、泣いてるヒマがあったら立ち向かえってんでしょ! パパってばいつっもそれだよね! ってかお説教なら帰ってからにするし! んじゃ、いってきまーす!」
それから2週間、ウイリーはハーピィの集落で、友達と思いっきり遊んだ。
「あー楽しかった! あーし、もうここで暮らしちゃおっかなー!」
ウイリーは冗談めかして言ったが、仲良しのハーピィたちは不思議そうな顔をしていた。
「えっ? ウイリーちゃん、ここで暮らすんじゃないの?」
「そうしたいんだけどさぁ、あーしがいないとパパが泣くの! えーんえーん、って子供みたいに! だから帰るし! 今日は雨が降るみたいだから、早めに……」
「でも女王様がおっしゃってたよ? だいぶ前、ウイリーちゃんのパパがここに来て、ウイリーちゃんをよろしくお願いします、って言ってたって……」
ウイリーの顔から、笑顔が消える。
「そ……そんなの……ありえねーし!」
止める友人たちを振り切って集落から飛び立ち、住み慣れた山へと急ぐウイリー。
山はいつもと変わらぬ様子で彼女を迎えてくれたが、我が家だけは、跡形も無くなっていた。
一切の家財道具が撤去され、ただの窪地と化していたのだ。
「う……う……そ……」
ウイリーはいつまでもそこにいた。
夜になり、雨が降っても、次の朝が来ても、いつまでも。
雨は彼女の涙のかわりのようにいつまでもいつまでも振り続ける。
彼女は光差さぬ鏡を手に、亡霊のように山をさまよっていた。
――パパ……なんで……なので……なんでなの……?
なんで……あーしを捨てたの……?
あーしが、泣き虫だから……? でも、もう泣かないから……!
ううん……パパがあーしを捨てるわけがないし……!
きっとパパも、あーしのことを探してるに違いないし……!
お願い……キラキラ……! もっとキラキラして、パパを探して……!
ダメ……! キラキラが、足りない……! キラキラ、キラキラ……!
キラキラが、もっとほしい……! キラキラがあれば……!
パパはあーしを……見つけられる……!
な……泣くもんか……! ぜったいに……!
泣いたら本当に、パパに捨てられちゃう……!
あーしにはわかるんだ……! パパはぜったい、この山にいる……!
お願い……パパ……! あーしを……あーしを見つけてっ……!!
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