36 ハーピィギャル
36 ハーピィギャル
ミックはグエッとなりながらも、声を絞り出す。
「お、お姉ちゃん、誰っ!?」
「ウイリーだよ! うぇーいっ!」
ウイリーと名乗ったハーピィギャルは、背筋を反らしたポーズで身体を小刻みに揺らす。
ぷるぷる波打つ胸の振動が、ミックの頬も震わせていた。
「ぼ……僕はミック……そしてこっちがロック……」「にゃ……」
ふたりの返答にもビブラートがかかる。
「うぇーいっ、シクヨロっ! っていうかなんで宝箱なんかに入ってたし?」
「ここ、僕の家なんだ」
「これが家!? あっはっはっはっ、超ウケるんですけど!」
「だから帰して……」「にゃ……」
誘拐された子供のようにうるうるした上目で懇願すると、ウイリーの瞳はことさら輝いた。
「ああーん、もうっ! かわいいかわいい! こんなに激ヤバなの初めて! もう、食べちゃいたいんですけどぉぉぉぉーーーーーっ!!」
「ええっ、僕らなんか食べてもおいしくないよ!?」「にゃっ!」
「んふふ、マジ食べちゃいたい! うりうりうりっ!」
胸を押しつけながら、頭に頬ずりしてくるウイリー。
肉の檻と呼ぶにふさわしい空間に閉じ込められてしまったミックとロックは、柔肉によってさんざん窒息させられてしまう。
ロックは胸の谷間に挟まれグッタリ。
ミックはもはや三つ目の胸になることを受け入れたかの表情で、彼女に尋ねる。
「ほ……本当に、僕らを食べちゃうの……?」
すると、弾けるように笑い返された。
「あっはっはっはっ! それでもいいけど、いまはお腹いっぱいだから食べないっしょ!」
「じゃ、じゃあ、『ハヤニエ』にするの……!?」
『ハヤニエ』というのはハーピィの習性の一種で、食べない獲物を木の枝に突き刺すことをいう。
ハーピィにとっては常識のはずなのだが、ウイリーは知らないようだった。
「ナマニエ? ナマニエだったらお腹壊すっしょ」
形のよいほっそりしたおへそを、長いネイルで彩られた指でさするウイリー。
「ウイリーお姉ちゃん……ハーピィなのに、ハヤニエを知らないの……?」
ミックがハヤニエがなにかを教えると、ウイリーはアイシャドウに彩られた目をまん丸にしていた。
「ハァ!? 枝に突き刺すって、バッカじゃねーの!? たとえ獲物でも、パパから貰った大事な身体っしょ!? それに穴を開けるなんて、ありえねーし!」
まさかそんな反応をされるとは思わなかったミック。
そこでようやく、ウイリーのまわりに他のハーピィの気配がないことに気づく。
「あの……ウイリーお姉ちゃんの仲間はいないの?」
「仲間なんていねーし。あーしはここにひとりで住んでるし」
ハーピィは見た目がヒート族に近いが、メスしか生まれない。
そしてウイリーのように美しい容姿をしている者が多いので、愛玩用に捕まえようとする人間が後を絶たない。
そのためハーピィは群れを作るのが普通なのだが、ウイリーは一匹狼のようだった。
ミックはウイリーの胸の中から這い出すと、ウイリーの肩に手をついて伸び上がり、あたりを見回す。
遮るものが一切なく、パノラマで広がる景色は、かなりの高所であることがわかった。
視線を落とすと、眼下には雄大な山脈が広がる。
見覚えのあるカルデラ、その中心にそびえる城のような岩山が目に入り、ミックは思わず声をあげそうになった。
――こ……ここは、山の頂上……!?
僕の住んでいた山頂付近の、さらに上……!?
ウイリーの住まいは山脈における最頂点、剣のようにそびえる岩山の窪みにあった。
この岩山の先端部分には、『サンダースイッチ』用の稲妻のアンテナがあるのみ。
――ハーピィは高い所に巣を作るっていうけど、ここまで高いところにいるのは珍しいな……。
っていうかこんな高いところにいたがるモンスターなんて、聖獣とか神獣くらいじゃ……?
ミックは身体を捻り、背後にある岩山の窪みのほうに視線を移す。
中は広々としていて、じゅうたんがわりに干し草が敷かれていたのだが、その上には金銀財宝が所狭しと山積みになっていた。
――すごい、お宝でいっぱいだ。
ハーピィはモンスターだけど、中身は人間の女の子と同じだっていうから、アクセサリーが好きなんだよね。
しかしその習性を鑑みたとしても、ウイリーは過剰といえるくらいに宝飾を身につけている。
ミックは自分が置かれている状況を確認しおえると、改めてウイリーを見た。
ティアラに髪留め、チョーカーにペンダント、ブレスレットにバングル。
すべての手の指に複数の指輪をするだけでは飽き足らず、すべての足の指にも指輪をしていた。
まるで歩く宝石箱のようだったが、ギャルの象徴ともいけるアクセサリーはしていない。
「ウイリーお姉ちゃんは、ピアスはしないの?」
すると、手入れの行き届いた眉が、クワッと吊り上がった。
「ハァ!? ピアスなんてバッカじゃねーの!? パパからもらった大事な身体に穴を開けるなんて、ありえねーし!」
「ウイリーお姉ちゃんは、パパが好きなんだね」
すると、チークの頬がさらに色づいた。
「あ……あたりまっえっしょ……! パパ以上の男なんて、この世にいねーし……!」
薔薇色になった頬を押さえてウットリするチーク。
ミックはほっこりしかけたが、ある矛盾に気づく。
――あれ? ハーピィって女の子しかいないんじゃ……?
それなのに、パパなんて……。
ミックは気になって尋ねようとしたが、寸前で口をつぐむ。
もしかしたら彼女には複雑な家庭事情があって、そのせいでひとりで暮らしているのかもしれない。
獲物として捕まっているいまの立場で、その地雷を踏むのは避けたかった。
ミックの心配をよそに、ウイリーは悩みなんて無さそうな顔でニコニコと言う。
「しっかし、宝箱を開けたらこんなかわいいのが出てくるなんて思わなかったし。お宝じゃないのは残念だったけど、たまにはいいっしょ」
なんだか機嫌が良さそうだったので、ミックはおそるおそる提案する。
「あの……食べものだったら、もっとおいしいのをあげるから……」
「あっはっはっはっはっ! まだそんなこと言ってるし! 食べねーって!」
「そうなの……? なら、元いた場所に帰してほしいんだけど……」
「えーっ、ヤダ! そんなのめんどくせーし! 帰りたけりゃ、飛んで帰ればいーじゃん!」
「僕、飛べないよ!?」
「そうなん? 滝みたいなとこから飛んでたし」
「あれは飛んだんじゃなくて、ジャンプしただけだよ! それに、こんな高さから落ちたら死んじゃうよ!?」
するとウイリーは「ふぅ~ん」となにかを企むように、うるつやリップを歪めた。
「ミックはここから帰れないんだ……。そっかぁ……。……帰りたいし? なら、あーしの言うこと聞くし……!」
その妖艶な流し目は、男ならなんでも聞き入れてしまいたくなるほどに蠱惑的。
しかしまだ子供のミックは、蛇に睨まれたカエルのように脂汗でいっぱいになっていた。
「な……なにをすればいいの……?」
「簡単なことだし……。あーしと、パパ活するし……!」
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