31 はじめての先生

31 はじめての先生


 ヒル・キルはソニックブームじみたオーラを放ちながら、ミックたちに突進する。

 尾を引くような衝撃が川を真っ二つに割り、両側の崖を真一文字に抉る取っていた。


 衝撃波だけでもその破壊力。直撃したら骨も残らないことは容易に想像がつく。

 まるで隕石が迫るようなプレッシャーであった。


 しかしミックはパチンコを撃つのをやめない。当たったところで豆鉄砲のように砕かれていても。

 そしてヒル・キルが目前に迫ったところで叫んだ。


「……いまだっ、エクレアお姉ちゃん!」


 エクレアの杖の先から、運命の一撃が迸る。

 それは未来を切りひらく、道しるべの光となるはずであった。


 が、手元が狂ってしまい、ヒル・キルの頬すらも掠めない方角に飛んでいってしまう。

 ヒル・キルは嘆息する。彼の顔は、こう物語ってた。



 ――あのピクシーの少年は、それまで人並みであった魔術師の少女の力を、飛躍的に引き伸ばしていた。


 だからこそ俺は、下界に下りた。

 久々に、俺を楽しませてくれる人間が現われたかと思ったのに。


 どうやらそれは、勘違いだったようだな。

 俺に土を付けることができる人間など、いはしないのだ。


 あの・・、シンラをのぞいて……。


 実は誰からも傷つけられないという伝説を持っているが、実をいうと腹に大きな傷がある。

 シンラに付けられたものだが、今はフサフサの毛があるので外からは見えない。


 あの少年も……退くことを知っていたら……。

 あるいは数年後に、俺の腹にふたつ目の傷を与えた人間になっていたかもな……。



 ふっとセンチメンタルな表情を浮かべていたその顔が、獲物に食らいつく獣王のように変貌する。



 ――悪く思うな……!

 すべては退き際をあやまった、お前が悪いのだ……!


 そして最大の敗因は、この俺を本気にさせたことだ……!

 百獣の王は、一匹のネズミを仕留めるにも、全力を尽くす……!


 少年よ、これこそが俺からの、せめてもの手向けだっ……!



「ウォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!」


 すでに勝利を手にしたような遠吠えが、天に轟く。

 ヒル・キルは想像していた。


 あのへこたれなかった少年も、ついに絶望を知りそめし顔をしているだろうと。

 しかしわずか数メートル先にいる彼は違っていた。

 数秒後には、彼はこの世にいないといというのに、いまだに生きることをあきらめていない、らんらんとした瞳をしていたのだ。


「……?」


 ヒル・キルは知らなかった。少年がかつて、土を付けた人物と同一であるということを。

 そしてようやく知る。少年の瞳が不自然なまでに、ビカビカと光を放っていることに。


「!?」


 振り返ったヒル・キルは、やっと気づいた。

 少年の瞳が、背後から迫り来る雷を映していたことに。



 ――そ……そうか……そうだったのか……!

 少女は手元が狂って外したわけじゃない……!


 バレットカーブをかけたパチンコ玉に雷撃を当て、帯電させていたのだ……!



 しかし時すでに遅し。

 サンダーボールと化したパチンコ玉はヒル・キルの腹の毛をバリバリと刈り取り、そのままアゴにクリーンヒット。


「ギャインッ!?」


 ヒル・キルは百獣の王のようだったが、今は負け犬そのもののような悲鳴をあげていた。

 そして悪あがきをするように、四肢をじたばたさせて空中で方向転換をはじめる。



 ――ま……まだ……! まだだっ! まだ俺は負けていない……!

 着水しなければ……! 着水しなければ、負けにはならないっ……!



 崖に掴まれば仕切り直しだと、必死の形相で空中を泳ぐヒル・キル。

 しかし、「にゃっ!」と宝箱から跳ねたロックに跳び蹴りを食らい、あえなく失速。

 ざっぱーん! と白旗のような水しぶきをあげていた。


「やったーっ!」「にゃーん!」


 ミックはヒル・キルを踏み台にして戻ってきたロックを抱きとめる。

 レベルアップのファンファーレとともに、悲しい顔で流されていく痩せたオオカミに向けてガッツポーズを取っていた。


「どうだ! これが僕らの『秘密兵器』! 魔法は物理と組み合わせると、さらなる力を発揮するんだ!」


「……!」


 傍らにいた少女は、ついに見てしまった。

 少年の横顔に、あの人・・・の面影を。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 エクレアは魔術師の家系の長女として生まれる。

 彼女は魔術の才能こそあったが表情に乏しく、普通の子供ように、笑ったり泣いたりができなかった。


 エクレアの妹は真逆で、魔術の才能は無かったが表情は豊か。

 そのため両親の愛がすべて妹に注がれるのに、それほど時間は掛からなかった。


 エクレアは仮面を被って、表情を表すことを思いつく。

 しかしすでに独特のセンスを持っていたので、彼女がチョイスする仮面は大人すら引かせてしまうようなデザインのものばかり。


 それでも最初は驚いてくれたので、調子に乗って驚かせていたら、父親から殴られてしまった。

 母親はかばってはくれず、当然のような顔をするばかり。


『あの子は魔術の才能はあるけど、人間らしさが無くて怖いわ。大きくなったら、悪い魔女になるんじゃないかしら』


『なに、小学校にあがるときに、今度新しくできる魔術学校に入れてしまえばいいさ』


『そういえばその学校って寮があるのよね。寮に入れちゃえば、あの子がなにをしようと学校の責任にできるわね』


『そういうこと。それに、僕らの本当の子供と同じ学校に通わせるわけにはいかないからね』


 エクレアはすぐに両親と離ればなれになった。

 彼女は魔術の才能こそ学校トップであったが、表情に乏しかったので、教師やクラスメイトたちからは気味悪がられるばかり。

 仲良くなろうとしてやったイタズラも、さらに孤立を深める要因となっていた。


 そんなある日、エクレアのクラスに新しい教師がやってくる。

 魔術学校は毎年行なわれる魔術合戦への参加が義務付けられているのだが、その時期になると国連魔法局から特別講師が招かれるのだ。


「……どうも、シンラです……。えっと、魔術を教えます……」


 それは、ボサボサ髪にグルグルメガネのさえない男であった。


 特別講師といえば、魔術合戦のための強力な魔術を教えてくれるのが通例となっている。

 しかしシンラは魔術の基礎的なことばかり扱い、新しい魔術はひとつも教えてくれなかった。


 それも、エクレアにとってはどうでもいいこと。

 なぜならば、自分が魔術合戦の選手に選ばれる可能性など、万にひとつもないと思っていたからだ。


 そのためエクレアはシンラの授業の輪から離れ、ひとりで魔術の練習をしていた。

 この学校ではもはや当たり前の光景であったので、クラスメイトどこから教師たちですらも彼女を咎めたりはしない。


「……どうして、あなたはひとりで練習してるんですか……?」


 ある時シンラが声を掛けてきたので、エクレアは背を向けたまま答える。


「友達がいないから」


 すると、教師という生きものは決まって「どうして友達がいないかわかる? 先生といっしょに考えてみようか」などと言いだす。

 しかしシンラは違った。


「……そうですか、奇遇ですね……。僕も友達はいないんです……。あ、いや、こう言ったらロックに怒られるんだった……。あ、ロックっていうのは、うちにいる黒猫のことで……」


「猫は友達とはいわない」


「……そうですか……? あ、いえ、そうではありません……。僕はあなたに、友達の有無を聞いたわけではなくて……。ひとりで練習している理由を尋ねたのですが……」


「……? 友達がいないと、練習はできない」


「……? そんなことはないですよ……? 友達でなくても、魔術の練習はできます……」


「どうやって?」


「そうですねぇ……たとえば、目の前で魔術を使って驚かせる、とか……」


「こんなふうに?」


 振り向いたエクレアが身の毛もよだつような仮面を被っていたので、シンラは「……わっ!?」と腰を抜かしてしまう。

 これは彼女としては「いいからもうほっといてくれ」という意思表示である。

 こうすると大人たちは、腫れ物に触ってしまったように顔をしかめ、いなくなってくれるからだ。


 しかし、シンラは違った。


「ああ、びっくりしたぁ……。そう、そうです……。そういうのですよ……」


 化け物を見るような目をするどころか、サムズアップを返してくれたのだ。

 イタズラをして褒められたのは、エクレアにとって生まれて初めてのことだった。

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