24 はじめての魔術
24 はじめての魔術
『オーク』 。
黄土色の肌、2メートル近い大柄な身体に、人間とブタを掛け合わせたような顔を乗せている。
知能はそれほどでもないが力はとても強い人型のモンスターで、たったいまレベル13になったばかりのミックではとうてい勝てる相手ではない。
でも知らないうちに倒していた。しかも一撃で。
大の字でピクピク痙攣しながら流されていくオークを見送りながら、ミックはつぶやく。
「滝の下にいたオークの頭にぶつかっちゃったのか……悪いことしちゃったなぁ……。でも、なんでこんな所にいたんだろう?」
「にゃーん?」
隣にいたロックが「さぁ?」と返事をしながらミックの肩に乗り、首に巻き付いてきた。
マフラーのようになったロックを撫でていると、ミックは滝の流れる音に悲鳴が混ざっていることに気づく。
「プギーッ! プギィィィィーーーーッ!!」
振り返ると、そこには地面に打ち付けられた丸太に縛られたオークたちが、滝の中でもがいているのが見えた。
それは集団水責めのような異様な光景だったので、ミックはギョッとなる。
「な……なに……これ……!?」
唖然としたまま滝壺を流されていると、背後からくぐもった声がした。
「かわいい」
直後、ミックは脇に手を差し入れられ、背中から持ち上げられる。
振り向かされたミックは、心臓が口から飛び出そうになった。
「うわあっ!?」
南国の悪魔と見紛うほどに恐ろしく、極彩色の形相がそこにはあったからだ。
しかしそれがただのお面であると気づき、「な……なんだぁ……」と脱力する。
仮面を被っていたのは少女のようで、彼女は仮面を外しながら「びっくりした?」と問う。
「うん、すごくびっくり……うわああっ!?」
仮面の下からさらに派手な仮面が出てきたので、ミックは二度ビックリ。
これにはマフラー状だったロックも数倍に膨れ上がるほどに驚いていた。
「シャーッ!」
少女は2枚目の仮面を外しつつ、被っていたフードも下ろし、乱れ髪を直すように頭をフルフルさせる。
グレーのおかっぱ頭と、お揃いの色をした寝ぼけ眼に、半開きのおちょぼ口が現われた。
瞳には光が感じられず肌は色白だったので、着物でも着ていたら日本人形に見えたかもしれない。
その印象のとおり、顔の作りは整っている。
目をぱっちりさせて口を閉じればかなりの美少女なのだが、本人にその気はなさそうな冷めた表情。
ヒート族のようだがひときわ小柄、華奢な身体を質素な魔術師のローブで包んでいる。
そのローブは不思議と似合ってはいるが、サイズがまったく合っておらず、裾は引きずるほどに長い。
ダボダボの裾でミックを持ちあげ、無表情のままボソボソと吐息のような声を漏らしている。
「たかいたかい、からのひくいひくい、と見せかけてたかいたかい」
「お……お姉ちゃん……誰? あ、僕はミック、こっちはロックだよ」
少女は「エクレア」とだけ答えた。
「エクレアお姉ちゃん……こんな所でなにしてるの?」
「滝行の最中」
この世界において、魔術師などの魔法職が精神鍛錬をするために、滝行をするのは珍しいことではない。
「そうなんだ。でも最中っていうわりにはぜんぜん濡れてないね?」
ミックは、ずっとBGMのように鳴っているオークの悲鳴に眉をひそめる。
「その滝行って、もしかして……」
エクレアと名乗った少女は、こくりと頷いた。
「代理滝行。オークに頼んだ」
「頼んだっていうか、無理やりだよね……? それ以前に、滝行って自分でやらないと意味ないと思うけど……」
「いまだに効果は感じられない。でもたった今、効果を感じられる方法を見つけた」
この時、ミックは感じていた。この少女はどこかおかしい、と。
嫌な予感がしたのでこれ以上は聞きたくなかったが、エクレアは勝手に答えた。
「魔力の高いピクシーに滝行をさせる」
「僕を縛り付けて滝に打たせるつもり!? そんなことしたって、修行にならないよ!?」
「やってみなければわからない」
「シャーッ!」
ロックは牙を剥いたが、エクレアにアゴを撫でられあっさり懐柔させられる。
「この猫は使い魔にする」
エクレアは片手でひょいとロックを奪うと、後ろ手でローブのフードに収める。
フードに入れられたロックは、ゴロゴロと喉を鳴らしはじめる始末であった。
そして「さっそく修行」と、ミックを滝に連れて行こうとする。
「そんな!? や……やめて、離して!」
しかしもがいたところで、ピクシーのミックではヒート族の少女にすら力では敵わない。
捕まった赤子同然となってしまったミックは、苦し紛れに叫んだ。
「え……エクレアお姉ちゃんは、魔術師として修行をしてるんだよね!? なら、僕が教えてあげる!」
すると、エクレアの身体がピタリと止まる。
「魔術、使えるの?」
「うん! 僕はピクシーだからね! すごい魔術を使えるよ!」
ミックはまだ魔術系のスキルをひとつも取っていないのだが、もう後には引けなくなっていた。
ピクシーは人間のなかではレア種族であるが、全種族のなかでもっとも高い魔力を持っていることは周知の事実である。
それは、ミックの口からとっさに出たでまかせすらも、エクレアに信じ込ませるほどの説得力があった。
「なら、魔術を使ってみせて。自分が認めるほどの魔術を使えたら、滝行はなし」
エクレアは「ただし」と前置きしつつ、顔をずいと近づける。
「もしショボい魔術だったら、ここで一生滝行」
彼女はまったくの無表情だったが、それが余計に恐ろしく、ミックはこくこくと何度も頷いた。
「わ……わかった! じゃ、じゃあ、僕を宝箱まで戻して! 触媒が入れてあるから!」
『触媒』とは、魔術を使うための補助道具で、魔術師のあいだでは木の杖などが一般的である。
エクレアは滝壺に浮いている宝箱に向かうと、ミックの身体をすとんと落とす。
ひとときの自由を与えられたミックは頭を引っ込め、部屋に戻った。
そして、頭をフル回転させる。
――また、ピンチになっちゃった……!
エクレアお姉ちゃんにわかってもらうためには、どうすればいいんだろう……!?
今から、魔術のスキルを取る……!?
でもスキルポイントは1ポイントしかないから、魔術を使えるとしても初歩の初歩だけ……!
そんなんじゃ、ぜったいに納得させられないよ……!
だってエクレアお姉ちゃんは、オークを何匹も捕まえてるから、かなり腕が立つはずだ……!
それほどの魔術師を納得させるには、それこそ大魔法レベルの……!
「大魔法……!? あっ、そうだ!」
ミックは部屋の隅に転がっていた子供用のリュックサックに手を突っ込んだ。
そして、祈るような気持ちで中をまさぐる。
「たしか、荷物に入れてあったと思うんだけど……! たのむ、あってくれ……!」
指先に触れたものを「これか!?」と掴んで引っ張り出す。
それが30センチほどの長さの黄金の杖だったので、「やった!」とガッツポーズをしながら宝箱から顔を出した。
「お……お待たせ、エクレアお姉ちゃん! じゃあ、あの岩を見てて!」
ミックは滝壺の先、川の流れとなっている傍らにある、大岩を指さす。
その大岩は、ヒート族サイズで2階建ての家くらいあった。
ミックは黄金の杖を岩に向かってかざし、叫んだ。
「……サンダーLOVEっ!」
瞬転、雲ひとつない青天が黄金色に明滅。
鼓膜をつき破りそうな轟音とともに霹靂の柱が降り注ぎ、大岩は跡形もなく爆散。
それどころかクレーターによって岩のまわりは陥没、マグマのようにドロドロに赤熱していた。
流れ込んだが川が熱せられ、もうもうと湯気があがる。
ミックは放った『魔術』はたったの一発で、あたりの景観をすっかり変えてしまっていた。
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