13 はじめての魔王
13 はじめての魔王
――よぉし、次になにかあったら、わたしがミックくんを……!
新たなる決意とともに踏み出した一歩は、虚空を踏み抜いていた。
ミライは言われたそばから足を踏み外してしまい、バランスを崩して崖から転落。
「きゃあっ!?」「わあっ!?」「にゃっ!?」
ミライは宝箱にいるので、問答無用で他のメンバーも巻き込む形となる。。
一行は虚空に投げ出され、前後不覚の暗黒の中を落ちていった。
「伏せて!」
ミックに頭を押され、宝箱の中に入れられるミライとロック。
タッチの差で、宝箱は崖下の硬い地面の上を転がった。
宝箱から顔を出したままだったら、上半身ごと無くなっていたかもしれない。
しかし部屋の中も安全とはいえず、大地震の真っ最中のように揺れまくっていた。
ロックは壁に爪立てて踏ん張っていたが、見かねたミックが抱き寄せてかばう。
さらにその上からミライが覆い被さり、3人で身を寄せあった。
「「うわぁぁぁぁっ!? と、とまってぇぇぇぇぇ~~~~~っ!?」」
ミックとミライの祈るような悲鳴が天に通じたのか、ガタン、と起立するような揺れとともに震動は収まる。
どうやら転がっていた宝箱が、うまい具合に底を地面にして止まったようだ。
ホッとしたのも束の間、部屋が倒壊するかのごとく大きく傾く。
最後のひと転がりの衝撃を受け、一行は宝箱の外に投げ出されてしまった。
「あんっ!?」「うわっ!?」
ロックを守るように抱っこしていたミックは、固い岩の衝撃を覚悟して目をきつく閉じる。
しかし、
「い……痛……! くない……? ……ええっ!?」
ミックはすぐに顔をあげてあたりを見回し、そして息を飲んでいた。
そこには、想像もしえなかったものがあり、いたからだ。
床一面に広がるレッドカーペット、壁際には黄金の燭台。
すべての燭台には明かりがともり、室内を明るく照らし出している。
レッドカーペットを目で追っていくと、奥には謁見台のような段差。
手下らしきゴブリンたちに囲まれた玉座には、ひとりの幼い少女が座っていた。
プラチナシルバーのロングヘアに、ヘアバンドのような黒いリボン。
瞳は血のように赤く、顔色は青白いがビスクドールのように顔立ちは整っている。
服装は薄汚れてはいるが女王のように豪奢で、床に届いていない足をパタパタさせていた。
ミックが尋ねるより早く、少女は口を開く。
「ぱいや、控えよ……! 王の御前であるぞ……!」
ミックはロックを抱っこしたまま起き上がった。
「王……? キミは、王様なの?」
「ぱいや、そなたは生まれて間もないピクシーか。ならば知らぬのも無理はないな。余はパインじゃ」
パインと名乗る少女は、どこまでも尊大だった。
宝箱から出たことで本来のサイズに戻っていたミライが、倒れた身体を起こしながら驚きの声をあげる。
「パイン……!? まさか、ヴァンパイアクイーンの……!?」
『ヴァンパイア』。
チスイコウモリのように、人の生き血を吸うモンスターである。
高い知能と魔力を持ち、人間に化けて人里で暮らす者もいるという。
そのヴァンパイアたちの頂点に立つのが『ヴァンパイアクイーン』である。
目の前に現われたヴァンパイアの女王に、ミライは信じられない様子でポニーテールを震わせていたが、さらに問いを重ねた。
「あなたは『陸の魔王』と呼ばれた、魔王のひとり……! この世界を征服しようとしていたけど、勇者様にやっつけられたはずじゃ……!?」
「ぱいや、余は勇者などに倒されてはおらぬぞ。ヴァンパイアはそう簡単には滅びぬ。弱った肉体を元通りにするために、ここでひとときの眠りについていただけなのじゃ」
「う……うそ……!? それじゃ、まさか……!?」
「ぱいや。時を経て、余の肉体は復活しつつある。完全復活にはもうしばらくかかる予定であったが、ちょうどいい
「まさか、魔王がこんな所で生き延びていたなんて……! でも人間の血を吸うなんて、しちゃダメだよっ!」
ミライはいかり肩でパインに近づこうとしたが、深紅の眼光でひと睨みされただけで、身体が石のように固まってまった。
「えっ……!? か、身体が……う、動か……ないっ……!?」
「ぱいや……! そなたのような小娘など、本来は視線だけで殺せるのじゃぞ……! 余が完全体でないことに、感謝するのじゃ……!」
パインが片手をかざすと、ミライの硬直が解ける。
同時にゴブリンたちが腰に提げていたナイフがひとりで鞘から抜かれて浮かび上がり、衛星のようにパインのまわりを回りはじめた。
「ぱいや、ピクシーというめったに手に入らぬごちそうがあるのじゃ……! まずは前菜がわりに、そなたを生きたまま切り刻むとするのじゃ……!」
「ま……待って!」
しばらく事の成り行きを見守っていたミックが、ふたりの間に割って入った。
パチンコを構え、パインに向かって引き絞っている。
「パインお姉ちゃんの目当ては僕なんでしょ!? だったらミライお姉ちゃんには手を出さないで!」
「ぱいや、ピクシーよ。そんなオモチャが余に通用すると思うておるのか? そなたから切り刻んでやってもよいのじゃぞ?」
「いいや、パインお姉ちゃんは僕を傷つけられない! 僕が無駄な血を流せば、パインお姉ちゃんの得られる魔力の量が減るからね!」
パインがニッと口角を吊り上げると、八重歯のような白い牙がこぼれた。
「ぱいや、こしゃくな……! 生まれたてのくせに、なかなか知恵が回るのじゃ……! ではそなたは己の身を盾にしつつ、余と戦う道を選ぶというのじゃな……!?」
すると、ミックは構えていたパチンコを落とし、肩をすくめた。
「戦ってもいいけど、やめとくよ。まだレベル10にもなってない僕じゃ、パインお姉ちゃんどころかまわりのゴブリンにやられるのがオチだからね」
これにはパインとミライ、同時に「へっ?」とすっとんきょうな声をあげていた。
両手を挙げ、降参のポーズを取るミック。
「僕は大人しく食べられるよ、食べてもおいしくないと思うけど……。でもそのかわり、ミライお姉ちゃんだけは助けてほしいんだ」
「ぱいや、わかった……! その心意気や、よしっ……!」
パインはまわりに浮かせていたナイフをガシャンと床に落とし、大いに笑う。
「なっ……!? そんなのダメだよ、ミックくん!? ……ううっ!?」
ミライは泡を食って止めようとしたが、再び身体の動きを止められてしまう。
パインの元へと歩いていくミックの背中に向かって、声をかぎりに叫んでいた。
「や……やめて、ミックくん! なんでわたしのために!? お願いだからやめて! やめてぇ!!」
しかしミックは振り返らない。
まるで抗えぬ死を受け入れる囚人のように、一歩、また一歩とパインの元へと近づいていく。
そしてゴブリンたちの垣根を抜け、パインの元へ。
迷いなき足どりは止まることなく、玉座にいるパインのヒザにちょこんと飛び乗った。
その一挙一投足があまりにもかわいかったので、魔王と呼ばれた少女ですらメロメロになってしまう。
「ぱっ……ぱいや……! そ、そなたはなかなか、愛くるしいのじゃ……!」
抱っこされたミックは、チワワのようにぷるぷる震え、うるうるした瞳でパインを見つめていた。
「お……お願い、パインお姉ちゃん……! 明かりを消して……! 血を吸われて干からびていく僕を、ミライお姉ちゃんに見られたくない……! それに最後は、パインお姉ちゃんの吐息だけを感じていたいんだ……!」
「ぱ、ぱいやっ! ういやつめ! よしよし、ふたりだけの世界でかわいがってやるのじゃ……!」
「や……やめっ……――――――――!!」
ミライの最後の抗議も、パインが片手をかざすだけで封じられてしまう。
さらに燭台の炎も消え去り、一瞬にして深闇のヴェールが降りる。
ゴブリンたちは夜目が効くので動じていなかったが、ミライは口をぱくぱく、目をぱちぱちさせていた。
室内には、幼い少年と少女の声だけがしている。
「ぱ……パインお姉ちゃん、痛くしないで……」
「ぱいや、わかった。案ずるでない、そなたを食らい尽くすのはやめなのじゃ。特別に、余のペットにしてやるのじゃ」
「そ……それって……なにをするの……?」
「ぱいや、そなたの首筋を噛むだけなのじゃ。ヴァンパイアが獲物の首筋を噛むのは血を吸うためであるが、同時にその者を従属させることもできるのじゃ」
「じゃ……じゃあ……もしパインお姉ちゃんが首筋を噛まれちゃったら、どうなっちゃうの……?」
「ぱいや、もし血が出るほどに噛まれてしまったら、その者に永遠の忠誠を誓のじゃ。それが、ヴァンパイアの掟なのじゃからな」
「ふぅん、そんな掟があるんだ……まあ、知ってたけど」
「ぱいや、まさか余の首を噛むつもりではあるまいな? やってみるがいい、余の首はそう簡単には噛みきれぬのじゃ」
「そうなの?」
「ぱいや、そうなのじゃ。ヴァンパイアにとって首筋は命であるのじゃからな。人間風情に噛まれても甘噛みくらいにしか感じぬのじゃ。もし噛めるとしたら……」
「黒豹、とか?」
「ぱいや? そうじゃな、黒豹くらいアゴの力が強ければ噛めるじゃろうな。……でも、なんで黒豹なんじゃ?」
「なんででしょー?」
なぞなぞを仕掛けるようなミックの声。
次の瞬間、甘いひとときを打ち破るような絶叫があたりを揺らした。
「あいだだだだだだだだだぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
何かが倒れ、どすんばたんと転がり回るような振動。
パッ、と再び燭台に火がともり、声と音の正体が明らかになる。
「いだいいだい、いだぃぃぃぃぃぃーーーーーーーっ!!」
玉座の下でのたうちに回るパイン、その首筋には、三角の耳をぺたんと倒したロックが瞳をまん丸にして食らいついている。
打ち捨てられた宝箱の中から、場違いなほどに明るいレベルアップのファンファーレが響いていた。
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