『現代魔法の父』と呼ばれた引きこもり魔術師、3周目の人生で本気出す 嫁のためなら無双してもいいけど、ハーレムは要りません!
佐藤謙羊
01 新しい人生
01 新しい人生
『クソがっ、また家に逃げ込みやがって! 出てきやがれ、この死んだタマゴ野郎っ! 次に会ったら覚えとけよ! メッタメタのギッタギタにしてやっからなぁ!』
『やーい! のろのろドカゴリラ! お前みたいな脳筋、怖くなんかないぞ! またからかってやるからな、べーだっ!』
『あらあらまあまあ。シンラちゃん、またドカゴリラちゃんとケンカしたの?』
『違うよママ! ちょっとからかってやっただけさ! 僕が本気になったらこんなもんじゃすまないからね! それよりも、お腹ペコペコ! ママ、今日のオヤツはなに?』
『うふふ、今日はホットケーキですよ』
『わぁい! 僕、ママのホットケーキ大好き!』
――家はいい。
ここには怖いドカゴリラもいないし、なによりやさしいママがいる。
家のなかでは僕は最強で、できないことなんかなにもなかった。
だから僕は考えたんだ。
……ずっと家のなかに居られればいいのに、って……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから月日は流れ、シンラも中年オヤジとなる。
しかしたった今、自らの力で三度目の転生を果たしていた。
「で……できた……!」
場所は彼の研究室。本が山脈のように連なり、フラスコの中からあふれた煙が霧のようにあたりを満たしている。
目の前にある巨大な鏡には、足元から立ち上る魔法陣の光を受け、照り返す幼い少年の顔が映っていた。
「ピクシー族への転生、成功だ……!」
この世界には数多の種族がいるが、『ピクシー族』は人間に類する種族のなかでも最小の部類に入る。
高身長の者でも1メートルに満たず、成長しても幼い姿を保ったままという永遠の子供のような種族だ。
しかしこの姿こそが、今のシンラにとってもっとも必要なものであった。
「これで、あの計画が実行できるぞ……! 前世、そして
大人になったシンラは魔術師となる。
国連魔法局に所属し、花形とされる研究室勤めを志していたのだが、先輩たちに目を付けられ、外回りの仕事をやらされていた。
ブラックすぎる職場環境で身体を壊してしまい、連盟を休職。
それからは自ら作った研究室にこもって魔法を研究し、いろんな発明をしてきた。
その研究の一環で、シンラは前世の記憶を取り戻す。
前世はプログラマー志望のサラリーマンだったのだが、先輩たちに目を付けられ、営業をやらされていた。
しかも取ってきた仕事を開発部署にやってもらえなかったので、納期に間に合わせるために自分でプログラムを組まされるというブラックっぷり。
そう、シンラは前世でも、前々世でも、似たような境遇で虐げられ続けてきたのだ。
そのことを知る事ができたシンラは、まさしく人生二周目といえる悟りを開いていた。
――人間の輪廻は、メビウスの輪の形をしたハムスターの回し車のようなもの。
転生したところで、同じところをくるくる回るだけ。
変わるのは時代や環境だけで、同じような境遇、同じような仕事、同じような人生を辿るだけなんだ。
ブラックに生きた人間は、次の人生も黒に染まる。
死んでも楽になんかなれない。
楽をしたければ、メビウスの輪を変えるしかないんだ。
「変える……! 変えてやるっ……! この、三度目の人生で……! ピクシー族の少年、『ミック』として……!」
決意も新たに立ち上がる、シンラ改めミック。
その視線の先には、木製の宝箱があった。
ミックはおもむろに宝箱に歩み寄ると、フタに手をかける。
開けようとしたが、今の彼にとってはベッドくらいある大きさだったので簡単にはいかない。
よっこらしょ、と体当たりするようにしてようやく押し開けることができた。
目の前に広がった無限の暗闇に身を投じると、ミックの身体は吸い込まれるようにして消え去る。
箱はミックにとってのベッドサイズだったが、中はさらに広く、小さなワンルームくらいの部屋になっていた。
これはミックが開発した、『容量拡張』の魔術。
本来はカバンなどの中身を拡げ、見た目よりもずっと多く入るようにと開発したものだが、それを部屋に応用したものである。
「ここが僕の新しい家だ! もう二度と、ここから出ないぞ! 僕は家の中じゃ最強なんだから!」
室内はがらんとしていて、生活必需品と呼べるものはなにひとつない。
すぐには必要なさそうな小物が詰め込まれた、子供用のリュックサックがぽつんとあるだけ。
まるで若者が夢を追うために田舎を飛びだし、手荷物ひとつで上京したアパートのような光景であった。
「前世のものはなにもかもサイズオーバーだから、新しく揃えないとね。でも、その前に……」
ミックがひとりごちながら壁に歩み寄ると、壁にはプロジェクターで投影したような映像が映し出される。
その映像は、ゲームのステータスウインドウそっくり。
これは、ミックが前々世の記憶を元に作り出した発明のひとつ。
魔術によってステータスやスキルを可視化して映し出すもので、今やギルドなどでは標準の設備となっている。
ミックはウインドウの下に表示されている投影型のキーボードをタイプした。
「まずはこの移動式宝箱、『トレジャーニー』の利用者登録をしなくちゃ。名前はミック、生体情報も登録して……。そして僕のステータスを確認、っと……」
前世のシンラは世界最高レベルの魔術師であったが、今世のミックはレベル1。
「まぁ転生したから当然だよね。最初のスキルはどうしようかな……」
ミックは気にする様子もなくウインドウを操作し、スキルツリーを開く。
スキルツリーはぜんぶで4種類。
ミック自身の能力にまつわる『オーナー』。
宝箱の内装にまつわる『インテリア』。
宝箱の外装にまつわる『エクステリア』。
上記の3種はスキルポイントを割り振ることにより任意のパワーアップが可能。
残りのひとつの『スペシャル』のスキルツリーは特定の条件を満たすことにより、スキルが解放される。
ミックはスキルツリーをひととおり眺めた後、最初に持っているスキルポイント1で、『インテリア』のツリーにある『自動開閉』を取得した。
見上げると部屋の天井はなく、研究室の天井が広がっている。
ミックが「閉じろ!」と命じると、開きっぱなしだった宝箱のフタが自動的に降りてきた。
この宝箱は中身はもちろんのこと、何もかもが普通の宝箱とは大きく違っていた。
シンラが開発した魔力によって動く装置、その名も『
そのテクノロジーの粋を集めたもので、スキルを解放することにより様々な能力を持つようになる。
「ちっこい身体になってわかったけど、まさかフタの開け閉めが苦労するとは思わなかったよ。念のため、自動開閉の機能を付けといて良かった」
しかしその笑顔に影がさしていく。
フタがパタンと閉じたあと、一寸先すら見えない闇のなかでミックはあちゃあと顔を押さえていた。
「しまった、明かりを持ってくるのを忘れちゃった」
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