第8話 ポータル事故

 ログアウトとログインの場所を変えることは不可能だと言う。たまたまシステム更新のせいで位置ずれが発生したのではないか? 開発陣のミスでヘカレス以外にも、同じ症状になった者が沢山居るかもしれない。


 ヘカレスは運悪く赤ネームで処刑台の上だったから、拘束されて逃げられなかったと考えるしかない。


 だがオフィシャルサイトを観ても不具合報告がない。

 もしもログイン先を変えられる不具合があるのだとして、運営が把握していないのだとしたら……。


「ログインは何処で何時?」


「21時にギルドハウスだ。ハザードと狩りの約束をしてたんだがな」


 仲間内での狩りの約束なら危険は少ない。

 だがハザードは現れなかったという。ハザードも位置ずれを起こしたのか?


「あいつ家の事情で急にログアウトする時があるんだ。きっと昨日はそれだ」


「そっち朝方でしょ。そろそろ寝た方がよくない? 調べておくから」


「今日は助かったよ。またな」


 と言ってヘカレスはログオフをした。

 調べるとは言ったものの、何から手をつけていいのか分からない。一応お問い合わせに書いておこう。何か反応があるかもしれないから……。


 そしてこの時間は誰も居ないから、1人でできることをしよう。

 ポータルブックを開き赤ネームの村であるアテマへ飛んだ。そして厩舎へ行くと青年が奥から出て来る。


「何の用ですか?」


「人参とロープが欲しいの」


 と言って3セットほど600リベルで購入すると、1、000リベルで馬を借りる。赤毛の馬がやってきて、右足をかけてまたがると、メトロノームのように揺れる尻尾が可愛い――


「ちがーーう」


「まずは左足をかけてみましょうか」


 と言われまたがると、今度は馬の頭が見える。のそりのそりと馬を歩かせて村から出ると、南へ向けて歩かせる。馬に乗るとこんなにも目線が高いことを知り、肩に力が入ってしまう。


 しばらくすると村から離れ何もない草原に出る。早速馬を走らせてみると、かなり早いなと思いながら手綱を握る手に力が入る。


 今日の目的は南の森で馬を捕まえること。こだわりはないから何色でも良く、とりあえず足となる馬が欲しいわけだ。それにはロープと大好物の餌が必要で、テイムのスキルがなくても馬なら捕まえられるらしい。ちなみにテイムは調教スキルだ。


 森に入ると木をかき分けて自動で走ってくれる。

 何て賢いのだろうと、速度を落として歩かせながら森の中を進むと、ロバを見付けた。


 ――馬じゃないんかい。


 その時だった――

 真っ白な馬が木漏れ日に照らされてたたずんでいる。馬を降りて赤毛の手綱を木に巻き付けると、音を立てずに真っ白な馬に近付いていく。


「角があるか確認してしまった。それほどに美しかったから。

 翼があるか確認してしまった。それほどに神秘的だったから。

 馬かどうか確認してしまった。天馬かと思ったから。

 仲良くしてくれる? 良い友達になれると思ったから」


 目の前まで行くとテイムのスキルを使う。小さな赤いハートのマークが浮かび上がり、人参をあげると大きくなった。すると白馬が小さな声で鳴く。


「もっと欲しいってこと?」


 人参をあげると軽く飛び跳ねて、ハートのマークが更に大きくなる。


《馬の調教に成功しました》


「よっしゃー!」


 と両手を握りしめ脇を締めると、白馬にまたがり赤毛の元へと行く。

 赤毛の手綱を掴み、そのまま低速で移動してアテマを目指す。赤ネームの村が近いだけあって、プレイヤーが少ないから穴場だったのかもしれない。


 厩舎に辿り着き赤毛を返すと、尻尾を振りながら建物の中へと入っていく。

 そして白い馬を乗馬用に整えてもらう。


 鞍や手綱に合計1000リベルもかかったが、念願の馬を手に入れた。

 白一色は高値が付くとヘカレスが言っていたが、バザーでは50万リベルで取引されている。


 ユニコーンなんかは1億リベルで取引されているから、高いと言っても所詮は馬なのだろう。だけど最初の相棒が白一色なのは幸先がいい。



 さて、ギルドハウスに戻ると椅子に座りログアウトをする。カウントが始まり10秒が経過するとログアウトができる。


 天井が見え、生暖かい風が部屋の中に入ってくる。冷蔵庫からミルクを取り出してコップに注ぐと、固くなったパンを浸して齧りつく。パンをミルクに浸すと甘くなるのは何故だろう?


 そんなことを考えながら椅子に座り、ノートパソコンの電源を入れる。

 ファンが何処かへ飛んで行ってしまいそうなほど、唸りを上げる。やっぱりクーラーかな……と見上げると使われていないクーラーのコンセントが外れている。


 クーラーに慣れてしまうと、炎天下の過酷な任務に耐えられなくなる。

 ここは我慢だろうと思いながら、ノートパソコンを操作して攻略サイトを観ることにした。


 知りたいのはログイン時の位置ずれだ。他にも居るならバグということになる。

 だけどそのような書き込みは一切なく、レアモンスターのポップ場所についての書込みで賑わっていた。


 ――今回の位置ずれはヘカレスだけなのか?


 早速、ログインするとギルドハウスの中に居て、先程ログアウトした場所とは寸分違わない。非公開のシステムメンテなのではと運営側を疑ってみる。だがログインした赤ネームが、運悪く処刑台に位置ずれするのは出来過ぎている。



 しばらくするとギルメンがログインしてきた。「はじめまして」から開始される自己紹介を、つつがなく熟し飽き始めた頃、ハザードがログインしてきた。


 ハザードにヘカレスのことを知らせると、システムバグと言う言葉が出た。

 考えることは同じようだが、出来過ぎていてあり得ないと思う。それを伝えると口を押えて考え始める。


 するとポータルが開き中からギルメン達が入ってくる。

 狩り帰りということで、傷だらけの鎧や盾は輝きを失い、前屈みになって床に座って話しをしている。


 すると違うポータルが開き、笑みを浮かべて数名が入ってくると、座っている仲間にぶつかった。これはポータル事故と呼ばれ良くあることだそうだ。喧嘩になることもなく笑って終わる。


 そして開かれたポータルは1分が経過すると自然に消滅する。

 今まで勢いよく入っていたが、これからは慎重に入ろう。入った先に何があるのか分からないのだから。


 そしてヘカレスがログインしてきた。

 ソファーに座り辺りを見回している。ギルドハウスだと分かると立ち上がり近付いてきた。


「どうだ? 何か分かったか?」


「ねぇ、ヘカレス。いつもあのソファーに座ってログアウトしてるでしょ?」


「あぁ、そうだが、何か関係があるのか?」


 やはりそうだったか……。

 周りを見て、みんなに聞こえるように話し出す。


「ねぇ、聞いて、今から実験をするから見ていて欲しいの。ヘカレスはいつも通りにソファーに座ってログアウトして、1分でいいわ。経過したらログインしてくれる?」


 何が始まるのだといった顔でギルメンの視線を集めると、ソファーに座りログアウトするヘカレス。


 ソファーの前へ行きポータルを開くと、ソファーの後ろへ行き1分を待った。


 そしてログインしてくるヘカレスの姿が見えた瞬間、ソファーごとポータルに押し込む。


「どう? これでヘカレスがバルマの処刑台でログインした謎が解けたわよね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る