異世界闇金融

六花

第1話 露店の店主①

 どこの世界でも生きる為に金が必要だ。

 人間・魔族・神族などなど、多種多様な人種が生きるこの世界『バリオス』も例外ではない。

 バリオスで最も大きな大陸『グラン大陸』。そこで一番広く人口も多い『ラジ国』の王都は活気があって華やかで賑わってみえる。

 田舎者や貧乏人がそこで一花咲かせようと夢見てやってくる事も屡々。

 だが、一花咲かせられるのは余程の才覚を持った者だけ。それ以外の者は表立って見えない貧富の差を痛感して這い上がるのに困難な程の貧困層へ落ちていく。

 人口が多く、物流も盛んな王都は他の中小規模の町に比べて物価だけでなく土地代や家賃も高い。

 態々貧しくなってまで王都に住む必要はないのだが、貧困層の者達は目の前にある富裕層の生活風景に現実を見る目を曇らされている。

 気付いた時には既に遅しという事ばかりだ。

 生きる為には金が必要。金を得る為には力がないといけない。

 力と言ってもその種類は様々。腕力であったり、知力であったり、魅力であったりと。

 何の才能も力も無く貧困層に生まれ落ちた者は悪事に手を染める。

 あまりにも腹が減り露店に並ぶリンゴを一つ盗んで走る七・八歳くらいの小汚い幼女。

 盗みを目撃した店主に追いかけられ、逃げた先の路地裏で捕まった。


「このクソガキ! 商品をダメにしやがって!」


 捕まった拍子に幼女の手から投げ出されたリンゴは地面へ転がり、少しへこんでいた。

 たったそれだけの事で店主は幼女へ馬乗りになって拳を振りかぶる。


「ご、ごめ……なさ……。や……やめ……て」

「うるせぇ! ぶっ殺してやる! テメェみたいな貧乏人の小娘が死んだところで何の問題にもならねぇからな!」


 商品を盗まれた上に売り物にならなくされたという事に託けて店主は自分より圧倒的な弱者の幼女へ日頃のストレスを発散させようとしていた。


「いや…………」

「はーっはっはっは! 嫌だと言われてやめるわけねぇだろ!」


 声まともに発せない程怯える幼女へ店主が振りかぶった拳を振り下ろそうとした時、手首を何者かに掴まれて止められた。


「おい。やめておけ」

「ああん? 誰だ、テメェは?」


 振り返った店主の目に映ったのは真ん中で分かれた右は白、左は黒の腰まである長い髪、右目に眼帯をしていて左側の額には天へ弧を描いた角を生やした肩出しの赤黒いドレスにブーツを履いた背が低い少女風の女性だった。


「俺か? 俺は金融屋のカプリスって者だ」

「金融屋? 金貸しが出しゃばってくんじゃねぇ! このクソガキはウチの商品を盗んだ挙句に駄目にしやがったから殺されても仕方ねぇんだよ!」

「商品? そこに転がってるリンゴか?」

「ああ、そうだ。わかったなら手を離せ!」

「いくらだ?」

「は?」

「リンゴを買い取るからその娘を解放しろと言ってるんだ」

「通常の値段では売れねぇな。盗まれた迷惑料も貰わないとなー」

「いいだろう」

「リンゴ一個百マールと迷惑料十万マール。払えるか? 払えねぇならアンタの体で払ってもいいんだぜ? ガキっぽいがそのデカい乳なら稼げるだろ」


 店主はジロジロとカプリスのたわわな胸へ視線を送る。


「払えるさ。ほら、十万と千だ」


 カプリスは店主から手を離し谷間に手を突っ込み、そこから出した一万マール紙幣と千マール紙幣を地面へ落とすように撒いた。

 店主は落ちた金を拾い集めて数え、金額を確認するとポケットへ金を押し込んで立ち去ろうとする。


「へへ、まいどあり。金さえ貰えば文句はねぇ。そのクソガキは好きにしな」

「ちょっと待て」


 立ち去ろうとする店主をカプリスは呼び止めて手を突き出した。


「なんだ?」

「釣り銭をよこせ」

「釣り銭? このクソガキを追いかけるのに必死で釣り銭なんて持ってきてねぇよ」

「そうか。なら、九百マールは貸しでいいな?」

「ああ、何でもいいからさっさと道をあけろ」

「契約成立だ。帰っていいぞ」


 カプリスが道をあけると店主は首を傾げつつもいそいそと帰って行った。

 路地裏に残ったカプリスと怯えて横たわったまま体を丸めて震えている幼女。

 リンゴを拾って幼女へ差し出したカプリスは優しく幼女へ話しかける。


「もう大丈夫だから、起き上がってお話してくれないか?」


 恐る恐る様子を伺いながら体を起こした幼女は差し出しされたリンゴを受け取ってカプリスをジッ見つめる。


「お、お姉ちゃんはぶたない?」

「ああ、ぶったりしないよ」


 まだ少し怯えている幼女の頭をソッと撫でて微笑んで見せるカプリス。

 その行動と表情に幼女は安心したのか震えは治まり、怯えて強ばった表情から笑顔へと変わる。


「お姉ちゃん、助けてくれてありが――」


 礼を言おうとした時に腹が鳴り、極度の空腹だった事を幼女は思い出されて言葉を途中で止めてリンゴへ視線を向ける。


「あはは。すまん、すまん。話より先に腹ごしらえだよな。そのリンゴは後にとっておいて、飯を食いに行こうか」

「え、でも……」

「いいから着いて来な」


 幼女を行きつけの飯屋に連れて行き、好きなだけ注文させて食べさせる。余程空腹だったのか幼女は脇目も振らず出てきた料理を獣の如く貪った。

 幼女が食べ終わったのを見計らってそれまでニコニコしながら眺めていたカプリスが話を切り出す。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さま。食べ終わったし、話をしようか。幾つか質問をするけどいいか?」

「うん」

「まずは歳と名前を教えてくれ」

「リズ、八歳」

「リズか。俺はカプリスだ。何故、盗みをした?」

「お腹がすいて……」

「両親は?」

「いない。ずっと前に怖い人達に連れて行かれちゃった」

「では、そこからリズ一人で生きてきたのか?」

「うん」


 リズへの質問である程度の状況を把握。リズや両親は貧困層の住人。貧困層にも差はあるがリズ達は貧困層のかなり下の方。両親は踏み込んではいけないところへ足を踏み入れ、裏組織の連中に連れて行かれたと見られる。

 両親は当然、今頃この世にはいない。ともなれば、リズはこれからも一人で生きていかなければならないが、貧困層の子供を無償で引き取る孤児院がこの国には無い。

 盗みなどを繰り返していけば、いつかは両親と同じ末路を辿る事になる。

 カプリスも小さい頃はリズと似た境遇に立っていた。

 何となく自分に重ねて助けたが、ここで終わらせれば問題を先送りにしただけになる。

 カプリスはリズの本質を見る為に質問を続けた。


「リズ。ハッキリ言うが、両親は二度と戻って来ない」

「うぅ……」

「これからも自分一人で生きていく覚悟が必要だ。わかるか?」

「……うん」

「では、聞くが。何でもやる覚悟はあるか?例えば死んでしまう程の重労働でもやれるか?」

「死…………うん。頑張る。だって、リズは一人で生きていかなきゃいけないもん」

「そうか。なら、ちょっと待ってくれ。おばちゃーん! 会計! 後、紙を二枚と書く物をくれ」

「あいよ」


 カプリスは会計を済ませ、二枚の紙に地図と文字をサラサラと書いてリズの前に会計した伝票と一緒に出した。


「俺は闇金融屋だ。タダでリズのように困ってる奴を助ける慈善団体じゃない。だから、ここの飲食代はリズへ貸付ける」

「貸付け?」

「借金って事だよ。因みにウチの金利は高いし、どんな形であれ必ず取り立てる」

「リズ、お金持ってない……」

「それはわかってる。そこで俺からの提案なんだが、この右側の地図に書かれている家の養子になれ」

「養子?」

「そこの家の子になるって意味だ。その家には子どもに恵まれなかった優しい老夫婦が住んでいる。そこの養子になって家業を手伝い、アカデミーに通え」

「でも、それじゃあカプリスお姉ちゃんにお金返せない」

「何も返すのは金じゃなくてもいい。それに見合った価値のある物でもいいんだ」

「価値のある物?」

「毎月三十日に左側の地図に書いてあるウチの事務所へリンゴを一つ置きに来い。それを一年間続けろ。これがリズへの貸付けの契約内容だ」

「それでいいの?」

「ああ、俺はリンゴが好物だからな。どうだ? やれるか?」

「うん」

「よし! 契約成立だ」


 契約を交わし店を出たカプリスはリズが手に持っていたリンゴを取る。


「このリンゴは手数料として貰っておく。これからはちゃんとした生活を送れよ」

「うん! ありがとう! またね、カプリスお姉ちゃん」

「ああ、また三十日に会おう」


 地図を手に駆けて行くリズを見送ったカプリスはリンゴを拭いて一齧りし、


「うぇ……リンゴ苦手なんだよなぁ。さーて、事務所に戻るか」


 顔をしかめて事務所へと帰っていった。

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