おとなし男子の悪役転生!ヒロインとか興味ないので筋トレしてたら、恋愛フラグが乱立してたみたいです。
弥生ちえ
おとなし男子の悪役転生!ヒロインとか興味ないので筋トレしてたら、恋愛フラグが乱立してたみたいです。
悪役なんて無理ゲーだし、俺は筋トレだけして過ごそうと思っているんだが?
泣く子も黙る、どっかのマフィア顔負けの黒い噂のたえないブラックマン伯爵家。その家の長男として、俺は親父の妾の一人から生まれた―――前世の記憶を持って。
うちはとにかくやばかった。子供にも容赦はない。奴等の気分次第で飯を与えられない、体罰を受けるのは当たり前。悪い奴等が常に家を出入りし、血を見るのも日常茶飯事……そんな最悪な環境の中、前世大人まで生きた俺は身を守るため、食料確保のために身体を鍛え、狩りをしてたんぱく質確保に努めた。
筋トレを無心にやっている間は嫌な事や空腹も忘れられるし、話し掛けられることもない。手の掛からなくなった俺は、毒親や使用人と関わる機会が激減した。
これ、普通の子供だったら絶対にぐれてるよな!漠然とそう思ってはいたけれど、最早趣味で日常となった筋トレは、既に俺の生きがいとなっている。だから俺は今日も黙々と筋トレに打ち込むのだった。
* * *
あ……これ、昔やった「ギャルゲー」だ。
そう気付いたのは、満開の桜咲き誇る学園高等部の入学式で、正門をくぐった時だ。
前世コミュ障だった俺に、弟が「他人と話しをする参考になるかもしれないぜ~」などと、ふざけて貸してくれたゲーム『ラブ☆きゅんメモリアル~ファンタジック学園編~』……やり込んだそのゲームのオープニング風景が、アングルを変えて目の前に展開されている。
華やかに花弁が舞うオープニングで、次々写し出される攻略対象女子の登校姿――大勢の学友を引き連れて悠々と歩を進めるお姫様、弾む足取りで幼馴染みの主人公のもとに急ぐ魔術師団長の娘、高い木の枝の上からキラキラする瞳で主人公を見詰める平民出身の聖女……そんな美女達が次々に現れる。そして最後に門から正面玄関への長い通路の真ん中を堂々と歩く主人公。
キラキラしいこの風景は、画面越しで見るのは良いが、前世からのコミュ障を引き摺っている俺には眩しすぎる!息苦しすぎる!こんな時こそ無心になれる筋トレがしたい!!けど入学式の玄関前で、筋トレをする生徒なんて、ヤバイ奴じゃん。ボッチ確定じゃん。それは俺でも分かる!なので俺は生存本能の赴くまま、通路のハシッコ……ギリ眩しさを耐えられる位置を歩いている。
しかも俺の名前……ヒロイキ・アークドールって、このゲームの「悪役」兼「当て馬」キャラのアークドール伯爵令息じゃねーか!
「……(まいった)」
声には出さずに、すぐそばの桜の幹にドンッと両手をついて項垂れる。
「きゃわわっ!」
頭の上で、素っ頓狂な声と一緒に、バキバキっと枝が折れる派手な音がして、気付けば、幹に当てたままの両腕の間に女の子がスッポリと収まっていた。
は?平民聖女がナンでコンナトコロニ??
ポカンとする俺の腕の中から、頬を染めて聖女が飛び降りても、俺の思考回路はフリーズしたまんまだった。
聖女のお陰で入学式が行われるホールに俺が足を踏み入れたのは、新入生では一番最後となってしまった。まあ、もともとのゲームでも悪役の俺はこのタイミングに取り巻きを引き連れての入場だったから、ケーム補正が働いているかもしれない。取り巻きどころか友達も居ないけどな!
* * *
「ヒロイキ様!怖かったですぅ~。あたしのために危険を顧みずに飛び込んでくださるなんてぇ……。無口でいらっしゃいながら、やっぱりあたしを心配していつも見てくださっているんですねっ!」
「……」
ふわふわの綿菓子みたいに柔らかそうな銀色の髪を揺らして、平民聖女ユリーナが、俺の上腕二頭筋に顔を擦り付ける。俺の腕の中には、なぜか階段の上から降って来た平民聖女ユリーナがすっぽりと収まっている。デジャヴだ。そして持つ気はなかったんだが、ストレッチ姿勢で伸ばしていた腕の上に落ちて来たこの柔らかな物体の扱いが分からない俺は、再びフリーズしている。
俺はただ人気のない階段を選んで、横向きのまま上るサイドステップで大腿四頭筋と内転筋群を鍛えていただけだったんだが?
「まぁ!ユリーナ様。聖女の立場にありながら、そのように婚約者でもない殿方に馴れ馴れしくなさるなんてはしたないですわ!」
「ヒロイキ様はただあたしを助けてくださっただけです!ソルドレイド様こそあたしを階段の上から突き飛ばしましたよね!?風魔法で!」
俺はこんな平民聖女ユリーナと魔術師団長の娘ソルドレイドとのキャットファイトに顔を突っ込むつもりなんてミジンコの欠片ほども無い。ダメだ、思考回路が追い付かない。どうして何もしていない俺に、攻略対象の美少女が2人も絡んで来るんだ!?これもゲーム補正か!?俺に悪役らしく振舞えと云う、世界からの圧なのか!?
「ずるいですわ!それにどさくさに紛れてヒロイキ様の逞しい上腕二頭筋のみならず、三角筋にまで触れるなんてっ!うらやま……はっ・はしたないですわ!!」
この世界には魔法が存在する。だから、男達はそこそこ鍛えた筋肉……いわゆる細マッチョの状態で、華やかな見た目を維持しつつ、魔法の強化を掛けて筋肉のモチベーション以上の行使するのが一般的だ。
だが入学式以降、何故か周囲は異様な筋肉熱に目覚めたらしい。教室では、見知らぬ令息が「トレーニングメニューについて話そうじゃないか」と近付いて来るし、令嬢達にもやたら睨まれる……。悪役補正が働いて、何か知らないうちに仕出かしたかとそっちをみても、真っ赤にした顔をさっと背けられてしまう。だから彼女たちが何をそんなに怒っているのか原因は未だ不明のままだ。とにかく居心地が悪い。
そんな訳で、俺は隙間時間が出来るたびに、こうして人気のない居場所で、独り静かに筋トレをするのが日課になって来ていたと云うのに……。
「ヒロイキ!貴様、我が国の宝、聖女ユリーナと、我が婚約者ソルドレイドに汚い手を触れ、嫌がる彼女らを惑わす怪しげな振る舞いを繰り返す悪行の数々!心優しい彼女らが許しても、不正を許さぬこの『あああ』が認めぬ!」
「……(主人公の顔!初めて見た!!)」
ポカンと、目を見開いて固まる俺の視界で、主人公『あああ』の表情が憎々しげに歪む。
「痛いところを突かれて言葉もなく、ただ恨めしげに私を睨み付けるとは、
あれ?これって終盤の断罪シーンのセリフじゃね?しかもゲームだったら「
「食らえ!」
「……!!」
女子達の悲鳴が響くと同時に、ドスっと、大胸筋に衝撃が走る。
って―――!!この主人公、いきなり攻撃かよ!?問答無用かよ!ま、聞かれたところでコミュ障の俺が堂々と説明なんて出来るわけないけどね。くぅっ!
「なんだと!?木剣を振るった私の手が痺れて、お前は何故膝もつかん!?」
流石に学園内で持っているのは訓練用の木剣だった。助かった……。それにしても俺は改めて筋肉の素晴らしさを実感したぞ!理不尽な暴力に鉄壁の防御力兼攻撃で応える『筋肉』!!人呼んで
「これはなんの騒ぎだ!!……と、またお前か、ヒロイキ・ブラックマン」
そこに学友を引き連れて堂々と歩を進めて来たのは、この学園内では学園長に次いで高い地位を持ち、学園生ながら風紀と規律の番人の役割も担うクリスティアナ姫だ。
王族らしい風格を持つ心優しい人格者でありながらも、ボンキュッボンのけしからん風貌も相俟って、学園中の人気を集めるスーパーアイドルだ。眩しすぎる……!!
はっ!そう言えばさっきフルで名前を呼ばれたぞ!?こんな女神に陰キャな俺が認識されているなんて、なんて恐れ多い―――!!!眩しすぎて顔をあげることも出来ん!
キュン死にしそうで固まった俺の僧帽筋に、小さいほっそりした手が気遣わしげに添えられる。
「ふむ、怪我はないようだな。あまり騒ぎを起こすのは感心せんぞ?」
クスリと笑いながら俺の僧帽筋から大胸筋にお姫様の手が……!なんだこれ、なんのご褒美だ!?主人公が俺に向かって謝ってる気がするが、そんなことよりこの手――!幸せすぎる、俺、死ぬんじゃね!?
「私もいつも庇い立て出来るとは限らんからな。あまり心配させてくれるな」
ボソリと、そう耳元で囁いてお姫様は離れて行った。
「―――だな!」
「……?!」
いきなり主人公に力強く広背筋をぽんっと叩かれて、固まっていた俺の思考もようやく動き始める。
ってか、この主人公、今、何て言った?
「だから!お前のこと、モテなくて僻んでるだけの嫌な奴かと思ってたけど、戦ってみた俺にはちゃんと分かった!お前って良い奴だな!!だから俺たちは今日から親友だ!」
ナニコノ主人公……。
「いえ、間に合ってるんで……」
取り敢えず、まだ何か言って大臀筋に触れてこようとする主人公からは、猛ダッシュで逃げた。
ヒロイン達の声が更に俺を追い掛けてくる。
俺の『ラブ☆きゅんメモリアル~ファンタジック学園編~』悪役生活はまだまだ序盤。気を抜けば、今背後を追って来る主人公に断罪されて僻地の強制収容所送りになるか、男娼に堕とされるか……とにかくゲーム通りならロクでもない未来が待ち受けている!!
事あるごとにゲーム補正が働く学園生活を無事に過ごす事が出来るのか!?
俺の穏やかな筋トレライフの破滅フラグ回避生活は、まだまだ始まったばかりだ。
《完》
―――――――――――――――
お読みくださり、ありがとうございます!
短編集として、これまで執筆した「おとなし男子の悪役転生!」シリーズを短編集としてまとめさせていただきました。✩°。⋆⸜(ू˙꒳˙ )໒꒱
引き続き、お楽しみください!
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