第72話 アイドルだった私、新たな問題勃発

「どう……なってんだ?」

 アルフレッドが眉間に皺を寄せる。ランスも天を仰いでいた。ニーナとオーリンは互いの手を取り合って震えているし、ルルとイリスは遠巻きにこちらを見て目をまん丸くしていて、ケインは面白くなさそうに腕組み。アッシュは……言わずもがな。


「うん、だからね、ルナウが研究生として参加することに……、」

「反対です!」

 声を上げたのは、アッシュ。


「なんで王族関係者がシートルに? 危険ですよ、そんなの!」

「危険って、」

「陰謀渦巻く王宮の、末端とはいえ関係者ですよ? 何が起きるかわかったもんじゃない」

 陰謀渦巻いてるかは知らないけど、まぁ、厄介だなぁ、って思っちゃう気持ちはわかる。


「大丈夫ですわ! ルナウ様は自分を取り戻すためにシートルに入るのですから!」

 希望に満ちたアイリーンの言葉に、ケインが小さく溜息をつく。


「自分を取り戻す?」

 アルフレッドの質問に、アイリーンが大きく頷いた。

「ええ、ルナウ様は今、ご自分に自信が持てず、悶々としていらっしゃるようなのです。私たちの舞台を見て感銘を受けた、と仰ってましたので、だったらいっそ、立ってしまえばよろしいのでは? と提案いたしました」

「アイリーンが連れてきたのか!」

 意外そうに、ランス。


「ええ。ルナウ様は見た目もよろしいですし、向いていると思って。それに私達が王都で公演をするにも、ルナウ様が居たら、公演を行えるのではないかと」

 にっこり笑うアイリーンは、なんというか、私の何倍も策士で……。

「利用する、と?」

 アッシュが小さな声でそう言う。

「あら、そんな言い方あんまりですわ。ルナウ様はご自分を取り戻すためにシートルに入り、私たちは、王都で公演を成功させるためにルナウ様を受け入れる。相互利益というやつです」

 スン、とした顔で言い放つ。


「……な、なるほど」

 アルフレッドが頭を掻いた。アッシュも、それ以上口を開くことはなかったし、ケインですら納得したようだ。


 アイリーン、恐ろしい子!!


「まぁ、賛否両論あるとは思うんだけど、ルナウの加入は一時的なものなの。キディ公爵家での公演に出るだけだから」


 そう。

 やはりキディ公爵から強く反対されたようで。由緒正しき王族である人間が大道芸人のようなことをするな、って言われたみたい。けど、それでも何とか説得してきたあたり、ルナウも生半可な気持ちではない……のかなぁと。


「明日から練習に合流することになってるわ。ミズーリ様のお屋敷にご厄介になるそうよ」

 この話を聞いたミズーリは大喜びで、自分の甥が舞台に立つ姿を楽しみにしているらしい。基本、ミーハーなのよね。


「まぁ、そういうことなら面倒見るか」

 アルフレッドが溜息交じりにそう言う。

「うん、彼は研究生として入るんだから、遠慮は一切いらないわ。ガンガンしごいて、モノにならなきゃそこで終わり。そのくらいの感じでよろしくね」

「手厳しいな」

 苦笑いで、ランス。

「あら、舞台に立ったら爵位なんて関係ないもの。他のみんなも遠慮なんかしないでちょうだいね」

 釘を刺しておく。

「それに、本当に時間もないじゃない?」


 キディ家での公演まで約一月。今いるメンバーだけならまだしも、ルナウをある程度形になるように仕上げるって……可能なんだろうか? 今のところ、適正もなにもわからないのに。


「以上、報告おしまい。そんなわけで明日からまたよろしくね!」

 王都での報告を終え、解散。

 とはいえ、キディ公爵家でのプログラムを纏めなきゃだし、やることは沢山あるんだ。


「リーシャ様、少し、よろしいですか?」

 そう、声を掛けてきたのは、

「珍しいわね。イリス、どうかした?」


 マーメイドテイルの歌姫、イリス・ザック。ルルも一緒だ。この二人は幼馴染なこともあり、仲もいいし息もピッタリ。いつも一緒で、まるで双子みたいだった。

「少し……その、お話が」

 何やら深刻そうだったので、私は二人を自室に招くことにした。アイリーンが心配そうに私を見たけど、大丈夫、と目で合図する。きっと夜には事情を聞かれるんだろうな。


 自室に案内すると、マルタにお茶を淹れてもらい、窓際のソファに落ち着く。

 俯いて拳を握り締めたままのイリスと、そんな彼女を心配そうに見つめる、ルル。


「どうしたの? すごく深刻な話?」

 私、口を噤んだままのイリスを促す。

「あの、私……、」

 イリスは私の顔をチラチラ見ながら、なんと言い出せばいいのか迷っている風。

「もぅ、どうしたのよ。大丈夫だから、話しなさいって」

 努めて明るくそう言うと、ルルが

「そうだよ、イリス。リーシャ様ならきっと力になってくださるわっ」

 ルルが隣で後押しをした。

「……こんなことを、リーシャ様にお話するのって……どうなんだろうって思って。でも、他に相談できる人もいなくて」

「うん」


「私……婚約しなければいけないかもしれなくてっ」

「ええっ?」

「とある伯爵さまがいたく私をお気に召したとかで……」

「ちょ、ちょっと待ってよ、でもイリスはマーメイドテイルのメンバーなんだから、それってマクラーン公爵の名前を出せばなんとかなるんじゃないの?」

 そう。私たちはマクラーン公爵と契約を交わしているのだから、勝手に結婚させられて辞めさせられるなんてことは、ないはずだった。そのための後ろ盾だもの。


「活動は続けて構わない、と」

「え?」

「このまま活動は続けていいとのことなので、契約に引っ掛かるようなことはないんです」

「なんだ、そうなのね」

 ホッと胸を撫で下ろす。が、


「私、婚約なんかしたくないんです!」

 そう言うと、泣き出してしまう。


「ええっ? ちょっと、イリス!」

「私、好きな人がいますっ。例え叶わない想いだとわかっていても、どうしてもその人のことが好きなんですっ。なのにっ」


 ……ああ、そういうことか。

 婚約なんかしたくない、の意味。


「好きな人がいるのか。そっか。で、その人と結ばれることは叶わないの? もしかしてまた、階級がどうとかそんな話?」

「いいえ、私がお慕いしてる方は子爵同士で我が家とも良好な関係です。ただ……」

「ただ?」

「その方の心にいるのは、私じゃないので」

「そんなの、気持ちを伝えてみなきゃわからないじゃない!」

「わかりますよ! なんですから!」

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