第14話 アイドルだった私、ハプニング続行

 音楽は続いている。なのに、誰もホールに出てこようとはしなかった。

 ドレスの裾を引き千切るような女とは踊れない、ということか。


 遠くからアイリーンがいやらしくほくそ笑んでいるのが見える。継母シャルナは汚らしいものを見るような眼で私を睨み付け、父マドラは頭を抱えていた。

 ああ、やっちゃったかな。

 そう思った時、ふと、手を握られる。


「え?」


 前を向くと、そこにはランスの顔があった。

「ランス様っ?」

「俺はお前みたいに上手くはないからな。お前が適当に合わせろよ?」

 緊張した面持ちで、私の腰に手を回す。ぐっと引き寄せ、動き出す。ぎこちない動きに、思わず笑ってしまう。

「どうなっても知りませんよ?」

 私は組んだ手にぐっと力を入れると、勢いよく足を踏み出した。


 外野が何を言おうと知ったことか!


 アイリーンが唇を噛みしめて私たちを見ているのを、心地よい優越感と共に噛みしめる。

 私に恥をかかせたかったのでしょう?


 裾の破けたドレス。

 元婚約者の兄とのダンス。

 しかも、私がランスを引きずり回すみたいなノリで踊っている。


 私は満面の笑みで、右へ、左へ、ランスを振り回す。

 女性がリードを取るって、きっとなしなんだろうけど、そんなことは構わない。時に激しく、時に優しく、時にお道化て、フロアを、舞う。ドレスが短くなった分、大きくターンも決まるし、何ならジャンプだって出来る。


 楽しい!


 こんなことしでかして、ただでは済まない気もしてるけど、私達のダンスを見る貴族たちの視線が、最初の

『汚らわしいものを見る目』

 から

『興味の対象』

 に変わっていくのを感じる。


 そうよ!

 みんな、見て!!


「ち、ちょ、リーシャ、飛ばし過ぎだっ」

 翻弄されてるランスを見るのも楽しかった。困ってるけど、嫌がってるわけじゃない、ってバレてるんだからね!


 いつしか壁際にいた貴族たちは私とランスを囲むように、ホールの真ん中へと寄ってき始める。目をキラキラさせて私達のダンスに見入るその視線は懐かしく、私は心が満たされていくのを感じた。


 回れ!

 跳ねろ!

 優雅に、美しく、流れるように……、


 ——曲が終わる。


 私とランスは肩で息をしながら深く、お辞儀をした。

 ホールからは割れんばかりの大拍手である。

 貴族って、派手なこと好きだもんね。


「ノア……いや、リーシャ」

 ランスが改めて私に向き直る。と、

「え? ちょっと、なに?」

 私の前で、ひざまずいてみせたのだ。


「リーシャ・エイデル嬢、私の妻になってくれないか?」

「はぁぁ?!」


 公開プロポーズ!?


「な、なななにをっ、」

 後ずさる私の手を、ランスはしっかりと握っていた。そしてこの公開プロポーズを聞き、さっきまで拍手していた貴族たちがまた騒ぎ出す。


「そこまでだ!」

 大きな声で一喝したのは、父マドラ。

「二人とも、こちらへ来なさい!」

 そう言ってホールから出ていく。私とランスは、黙ってその後を追うしかなかった。


*****


 で、怒られた。


「どういうつもりだ、ランス!」

 怒鳴られているのは私ではなく、ランス。目を吊り上げて真っ赤な顔をしているのは、ランスとアルフレッドの父、バルト・ダリル伯爵である。


 怒るのも無理はない。弟であるアルフレッドの婚約披露パーティーで、よりによって弟が婚約破棄をした令嬢……私と踊ってしまったのだから。しかも、調子に乗ったランスは、踊り終わった後、公衆の面前で私にプロポーズまでしてしまう始末。これはもう、格好のゴシップネタだ。


「皆の前で申し上げた通りです。私はリーシャと結婚したい」

「なに言ってんのよっ!」

「なんだとっ?」

 何故か私とダリル卿でハモってしまう。私、慌てて手で自分の口元を塞いだ。


「リーシャ、どういうことだ?」

 今度は父マドラが私に訊ねる。

「どういうことか、とは?」

 どう答えていいかわからない。

「リーシャ、お前は妹の婚約をぶち壊すつもりなのかっ?」


 え? なんでそうなる?!


「私はアイリーンの要望を受けてダンスを披露しただけですが?」

 冗談じゃない。婚約をぶち壊そうとなんかしてないし! 変な濡れ衣はごめんだわっ。


「ではどうしてアルフレッドの兄であるランスとダンスを踊ったのだっ? なぜ大勢の前で求婚を受けたっ?」

「受けてません!」

「いや、受けろよ!」

 ランスが突っ込む。


「ええい、黙れ!」


 今度はダリル伯爵が声を荒げる。そうこうしているうちに激しく扉が放たれ、鬼の形相のシャルナと、半ベソをかいているアイリーンが現れた。


「リーシャ! あなた一体どういうつもりなのっ?」

 あらら、めちゃくちゃ怒ってる。

「お姉様、あんまりですっ。酷すぎるっ」

 アイリーンがシャルナにしがみついて、ワンワン泣き始めた。カオスだ……。


「あの、私はアイリーンの婚約を邪魔する気などありませんし、ランス様の求婚はただの気の迷いだし、みんなちょっと落ち着いてくださいよ!」

 ちょっとだけ声の音量を上げて言ってみる。が、逆効果だった。


「気の迷いなんかじゃない!」

 ランスが私の肩を掴み、じっと見つめる。

「俺はお前と結婚したい。アルフレッドとアイリーンには結婚を諦めてもらおう」

「は?」

 なにを言っているのかわからない。私への求婚と、アイリーンたちの婚約は別の話でしょうが?


「伯爵家では姉妹が同じ家と縁組みをすることは出来ないのだから、仕方ないだろう」


 ……へ?


 えええええ!?

 なによその変な決まりは~~!!

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