第7話 アイドルだった私、初めてのお出掛け
婚約披露パーティーの準備は着々と進んでいた。
私はダンスの先生と、毎日のようにレッスンを重ね、体力も大分付いてきたように思う。
当日は、父が選んだどこかの伯爵だか子爵のご子息数名と踊ることになっている。
伯爵だの子爵だの、私にはあまり興味もなかったけれど、エイデル家には男子がいないのだ。娘である私とアイリーンは、いわば家を守るために政略結婚をさせられる。そして男子を儲け、歴史を繋げということらしい。
良縁を。
そう言えば聞こえはいいが、お相手はどこぞの貴族の次男や三男。アルフレッドの件もあり、あまり期待は出来なそうだと思っている。
それより、私はずっと気になっていた。
この、転生についてだ。
本物のリーシャはどうなったのだろう?
私はこのまま、リーシャとしてここで生きていくことになるのだろうか…、
そもそもアイリーンがリーシャに食べさせたものが何なのかもわからない。何かしらの毒なのだとすれば、リーシャは眠っていたのではなく昏睡状態だったのかもしれない。
そして、そのまま……?
私、元の世界に戻れるのなら帰りたい。帰って、私の人生をきちんと歩んでいきたい。諦めたくない。だから、リーシャとしてここで生きることは、きっと出来ない。
ダンスレッスンを受けたのも、乃亜としての感覚を無くしたくなかったからだ。いつか本来の自分に戻った時、あの感覚を……舞台で踊るあの素晴らしさを忘れてしまわないように、始めたのだ。
「お嬢様、本日は……、」
マルタが朝食の準備をしながら予定を確認してきた。
ああ、そうだ、今日はあまり乗り気ではないけれど、アイリーンと買い物に行かなければならないんだった……。
その旨をマルタに伝え、外出用の服を見繕ってもらう。
街へ出るのは初めてだ。
楽しみでもあるが、アイリーンと二人きりで出掛けることへの緊張というか、何かされるのでは、という疑いもあり、若干憂鬱でもある。
継母であるシャルナが一緒でないのは有難いのだが……。
*****
「お姉様、参りましょう!」
馬車に乗り込むアイリーンは楽しそうだった。買い物は若い女の子にとって、明日への活力だ!(?)私も、馬車に乗り込む頃には、さっきまでの憂鬱な気分は半分以上どこかに飛んで行ってしまっていた。
案内されたのは、継母シャルナの御用達にしているという大きなブティック。いつもなら屋敷に布やドレスを運ばせ、その中から選んだり作らせたりするらしいが、今回は作っているほど時間に余裕がないため、こうして店に足を運ぶことになったのだった。
「うわぁ、ゴージャス……、」
店内はきらびやかで、私は気分が高揚していくのを感じていた。
「お姉様、こちらなどいかがですか?」
アイリーンが勧めてきたのは真っ青なドレス。まずはジャブ、ということか。私は慌てることなく受けて立つ。
「あら、自分の婚約披露パーティーに青いドレスを進めるなんてどういう了見かしら? 確か『水に流す』という意味が含まれているから、青い色はいけないのではなかった?」
記憶がないから引っかかるとでも思ったのだろうが、そうはいかない。パーティーで恥をかかせようという魂胆がみえみえなのだ。
アイリーンは一瞬悔しそうに眉間に皺を寄せたが、すぐに開き直って、
「ああ、そうでしたわ! 私ったら、うっかりしておりました」
と、満面の笑みを浮かべた。
「アイリーンは何色のドレスを着ようと思っているの? それと、お母様も。私は二人と色が被らないように、最後に選ばせていただくわ」
こちらも負けじと満面の笑みを返し、アイリーンを見つめた。
すると、店の奥からケバケバしい夫人が現れ、アイリーンとアイコンタクトをした後、私を一瞥した。そう、あなたもそっち側の人なのね。
「これはこれはお嬢様、いらっしゃいませ。リーシャ様は、お店においでいただくのは初めてですわね」
「そうなんですね。すみません、私何も覚えておりませんので」
私、自分が記憶喪失であると周りには隠していない。というか、可能な限り、広めようと思っていた。その方が都合が良さそうだし。
「あら! それは……大変ですわね」
同情を装った興味津々な眼差しを向けられる。少なくとも、初耳という感じではないのが分かった。つまり、記憶喪失の私を店に連れて行く、とアイリーンなりシャルナなりが店側に公言しているということだ。
「では、リーシャ様はこちらへ。採寸をさせていただきたいので」
「はい」
案内されたのは店の奥。いわゆる、更衣室のような場所だろう。私は着てきたドレスを脱がされ、コルセットにペチコートのような格好で待たされた。鏡に映る自分を見る。コルセットはフランス映画で見るようなものに似てはいるけれど、あそこまで窮屈ではなかった。ペチコートは、スパッツに近い感じ。真夏の日本なら、この格好で外に出ても違和感がなさそう……。
私は鏡を見ながら、意味もなくポージングなど決めていたのである。
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