国民的アイドルを目指していた私にとって社交界でトップを取るなんてチョロすぎる件

にわ冬莉

1章 デビュー編

第1話 アイドルだった私、転生しちゃったみたいです

 目が覚めたら、天蓋付きのベッドで寝ていた。


 それがどういうことか、私にはわからなかった。

 白い蛍光灯が眩しい、機械音のする無機質な部屋での目覚めを想像していたんだもの。

 なのに、まさかの天蓋付きベッドって……


 私は恐る恐る体に力を入れる。激痛が走ると思っていたから。

 でも、実際はそんなこと全然なくて、すんなり半身を起こすことが出来た。


「なんで……、」

 声に出して、そして異変に気付く。

「え? 声、変……?」

 聞きなれない声なのだ。

 少なくとも、よく知る自分のソレではない。

 私は薄暗い中、そっとベッドから足を下ろした。


 改めて部屋を見渡す。


 そう。この部屋、ホテルのスイートルームなの?ってくらい、広い。

 天蓋付きベッドのサイズはダブルより大きい感じだし、応接セットみたいなものもあるし、窓に掛かるカーテンは巨大で、天井、なんでこんなに高いわけ?

 私、夢でも見てるのかもしれない。


 ……刺されたのだ。


 目を覚ます前、私は刺された。

 あの男が誰かは知らない。でも、犯人が誰かは、なんとなくわかっている。

 練習終わり、いつもの帰り道。

 暗いからタクシーで帰りなさいってマネージャーには言われたけど、結局口だけ。タクチケくれるわけでも、お金出してくれるわけでもない。

 駆け出しのアイドルに、タクシーに乗るだけの余裕なんかあるわけないじゃない。


 だから私は歩いた。

 いつもと同じ、駅からの道。


 時間も時間だったから、暗かったし人通りもなかったけど、仕方がないもん。

 そして、角を曲がったところで、男に刺されたのだ。

 薄れていく意識の中、男がうすら笑いを浮かべて言った言葉を覚えてる。


『マーメイドテイルのセンターはお前じゃねぇんだよ』


 あれは…誰のシートルだった?

 ……私は水城乃亜みずきのあ。マーメイドテイルという、駆け出しのアイドルをしている。そして私たちマーメイドテイルを応援してくれるファンのことを、sea turtleウミガメ、略してシートルと呼んでいた。


 私達マーメイドテイルは全部で五人のアイドルグループで、国民的スターを夢見て活動を始めた。オーディションを勝ち抜き、メンバーに選ばれた時は本当に嬉しかったけれど、芸能界ってそんなに簡単じゃない。デビュー出来たから全てが上手くいくなんて甘くはなくて、どちらかといえばデビューしてからの方が大変だった。


 歌、ダンス、演技。あらゆるレッスンを受けながら、小さなライブ会場で公演。雑誌撮影や写真集の販売、サイン会に至るまで、すべてを同時進行でやっていかなければならないのだから。


「ここ、何処なのよ?」

 耳慣れない声でも、自分が発していることだけは間違いないのだ。

 私は窓にかかっているカーテンに手を掛け、ひらりとめくってみた。

「……は?」

 そこに見えたのは、学校の校舎みたいな建物と、中庭。

 どうやらこの部屋は中庭を向いて窓があるようだ。辺りは暗く、すべてが見えるわけではなかったが、とても大きな建造物であることだけはわかる。

 そしてここは、都心ではない。だってビルがひとつも見えないのだから。


「ほんと、何処よ?」

 ひとりごち、それからハッとする。


「傷!?」

 私、刺されてたんだ!

 慌てて刺された場所…確か脇腹の当たり…に手を当てるが、痛くない。っていうか、この服、なに?

 ゆったりとはしているけど、ハイウエストで体のラインが綺麗に見えるシルエット。胸元はレースがあしらわれていて、ナイトドレスのような感じ。

「胸…大きくなってる…?」

 私、自慢じゃないけど形はいいの。でもこんなに大きい胸じゃなかった。


「ちょっと待って。刺されて、運ばれた病院で治療を受けて、その時何故か豊胸手術もされてるってことなの?」

 そんなおかしな話があるわけないとわかっていても、このリアルで意味不明な夢から目覚めるまでは、適当にこじつけるしかないじゃないか!


「やめた。寝よう」

 私は考えるのをやめ、もう一度眠ることにした。目が覚めれば何かわかるはずだ。現実は痛く、辛いかもしれないけど、受け入れて頑張るしかないのだ。

 もぞもぞと天蓋付きベッドに戻る。


 そのまま、スコン、と眠ってしまったのである。




*****


「お嬢様、おはようございます。お嬢様?」

 誰かが誰かに声を掛けている。

 お嬢様、呼ばれてるよ。早く起きなよ。

「お嬢様、起きてくださいな」

 ほら、お嬢様、起きなって!

「お嬢様っ」

 耳元で声を出され、飛び起きる。

「んもぅ、お嬢様、起きなさいってさ!」

 思わず叫ぶ。


 と、何故かビックリした顔で私を見てるメイド服のおばさんが目に飛び込んできた。上品な物腰と、優しい顔立ち。髪は白髪交じりだけど、とてもきれいに結ってある。


「あ、ごめんなさい、大きい声出しちゃって」

 私、咄嗟に謝る。


 あれ? 私の声、変?


「お嬢様っ」

 おばさん、何故か私を見てそういうと、見る見る間に目にいっぱい涙ためて私の手を握った。感極まってる風。


 え? お嬢様、私?


「お目覚めになられたんですね!」

 さっきまであんな大声で叩き起こそうとしていた張本人が何を言っているのか。突っ込みたかったけれどやめておく。

「あの、えっと」

 状況が把握できないから、しどろもどろになってしまう。でも、おばさんは興奮しながら私の置かれてる立場をいちいち説明してくれた。


「お嬢様、ご気分はいかがです? お加減は悪くございませんか? お嬢様が眠ったまま目を覚まさなくなってから丸三日でございます。あのようなことがありましたものね、ショックで倒れたと聞いたときには本当に心配いたしましたよ。そのまま目を覚まさず、毎日こうしてお声掛けしておりましたが……どうなることかと思いましたが、ああ、本当にようございましたっ」


 なるほど。


 お嬢様はショックで倒れて眠りから覚めなかったわけね。

 で、そのお嬢様が……私なの?


「えっと、こんなこと聞くのどうかとは思うんだけど…その、私、誰なんですかねぇ?」

 半笑いで訪ねると、おばさん、目を真ん丸にして固まってしまった。

「もしもーし」

 顔の前で手を振る。

 おばさん、ハッとしたように私を見て、信じられないことを言ったのだ。


「お嬢様はエイデル伯爵家のご息女、リーシャ・エイデル様ですよ!」


そう言って私の手に握らせたのは、鏡。

そこに映っていたのは、私の知る、私ではない私。


「……こ、こ、これ……夢じゃないのっ?」

 私、何度か頬を抓ってみたけど痛いだけで何も起きない。

「ちょっと待ってよ、もしかして転生ってやつ? 豊胸手術じゃなく、この胸、本物なわけっ?」

 思わず自分でむんずと掴む。あ、マジでデカいんですけどっ。


「お嬢……様?」

 おばさん、わなわなと震え出した。

 いや、震えたいのはこっちなんですけどっ。



 てなわけで、私、多分これ、転生ってやつしました!

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