第21話 主役は誰のもの?(7)

 ほぼ観客のけた明るい劇場内で、アミとケントが目撃したものは……。

 座席にうずもれるように泣き崩れるエリシャと、その横でオロオロと彼女の背中を擦るテオドールの姿だった。


「ちょっと! なにやってるんですか!!」


 アミは段々になった観客席の傾斜を物ともせず全力で主の元へと走り出すと、テオドールを突き飛ばすようにしてエリシャの頭を抱き寄せた。


「大丈夫ですか、お嬢様! テオドール様、一体なにをなさったのですか? ことと次第によっては、オルダーソン家が黙ってませんよ!」


 公爵家のメイドに鬼の形相で睨みつけられ、侯爵家の次男は慌てて首を振る。


「ちが……! なにもしてない。俺はただエリシャ嬢を介抱してただけで……」


「……そうよ、アミ。テオドール様は悪くないわ」


 テオドールの釈明を、エリシャが嗚咽混じりに肯定する。彼女は涙に濡れたレースのハンカチを握りしめ、


「誰も悪くないの。悪いとしたら、それは時の巡り合わせ。アルフォンスを試練へと導いた過酷な運命よ!」


 翡翠の瞳を真っ赤にして切々と訴えるエリシャに、アミの目が点になる。

 ……えーと。


「確認しますが、アルフォンスとはどなたでしょう?」


「勿論、この舞台の主人公よ!」


 ……やっぱり、そんなオチだった。

 どうやらエリシャは芝居に大感動して涙が止まらなくなっているようだった。


「あんな悲しい運命が待ち受けているなんて! ああ、でもあの苦楽があったからこそ、あの終幕にたどり着くのね。ラストの演出はそれはもう見事で美しくて、思い出すだけでわたくし……っ」


 早口で捲し立てながら、また自分の言葉に感極まって泣き出すエリシャを尻目に、恐縮しきったアミが頭を下げる。


「テオドール様、勘違いして申し訳ありませんでした。ご無礼をお許しください」


「いや、いいよ。俺が芝居に誘ったせいだし」


 令息は軽く許してくれるが、明らかに彼のせいではない。


「あのー、次の公演の準備があるので、そろそろご退出願えますか?」


 劇場係員に声をかけられ、メイドは令嬢の腕を引く。


「お嬢様、とりあえず外に出ましょう。立てますか?」


「ええ、でも膝が震えてしまって……あっ」


 座席から腰を浮かせたエリシャの身体がぐらりとかしぐ。それを「おっと」と受け止めたのはテオドールだ。


「俺に掴まって、エリシャ嬢。段差があるから足元に気をつけてね」


「あ……ありがとうございます……」


 テオドールの差し出された腕にエリシャは両手でしがみつき、よろよろと出口へと歩き出す。

 エリシャはアミより背が高いし、そのエリシャより上背も筋力もあるテオドールが彼女を支えた方が安全だ。なにより今日は令嬢と令息のデートの日なのだし。だからアミは、さしはさみたくなる口を無理やり閉じて、黙って二人を見守った。

 ……しかし。


(ライクス家の男って、みんな自然にエスコートしてくるわね)


 アミはこっそり振り返ると、後方に控えていたケントと目が合った。訳知り顔でにっこり笑みを向けてくる他家の執事が癇に障って、メイドはプイッと視線を逸した。

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