第4話 お別れをしましょう
お姉様の優しさに触れて私が覚悟を決めた翌日から、学園では私は「王太子の権威を利用するだけして、さらに好き勝手やっていた悪女」として噂の的になっていた。
クロード伯爵令嬢にはそれはそれは酷いいじめをしたと勝手に噂が広まり、私は廊下を歩いていても教室にいても好奇の目に晒される。
婚約破棄をされたともあって、私を皆避けていく……。
そうよね、『悪女』となんて関わりたくないわよね。
そんな日々が数日続いた頃、内々に進めていたある事の準備が整ったようで、私は王宮の謁見の間へと向かう。
しばらく経つと、マントを着て髭を蓄えた我が国の王がやってきて玉座に座る。
そのお姿はなんとも凛々しく堂々となさっており、威厳に満ち溢れていた。
「待たせたな、クラリス」
「いいえ」
そんな国王に跪きながら礼を尽くすと、面を上げるようにと言われる。
そのすぐ後に、扉が突如開きそこには何も知らされていないディオン様とクロード伯爵令嬢がやってきた。
「父上、お呼びでしょうか。──っ!」
ディオン様は私の顔を見るとなんとも卑しいものを見るような目で私を見つめる。
それは横に一緒にいたクロード伯爵令嬢も同じで、上品に笑って私に形式だけの挨拶をするが、目が笑っていない。
そんな再会を果たした後に、玉座に構えた国王は状況を理解できないでいるディオン様を見つめて話し始めた。
「ディオン、お前は先日このクラリスとの婚約を自らの意思で破棄したな。なぜだ?」
「それはここにいるクロード伯爵令嬢への陰湿な嫌がらせの数々をおこなったからです。それらは万死に値し、そして私の婚約者、さらには未来の王妃に相応しくないと判断したからです」
それを聞くと国王は大きなため息を吐いて少し目を閉じた後、覚悟を決めたように目を見開いて言う。
「お前は間違いを犯した」
「なっ?! 私が何の間違いを起こしたのですか?! ただの一度きりも私は人生で正しくないことをしてはおりません!」
「その驕りこそが自惚れで愚か! お前は自分で誤った未来を選択したのだ」
「それは一体どういう意味でしょうか?」
ディオンは自分の置かれた状況、そして国王の言ったことに不満を持ち、抗議をするように国王に詰め寄ろうとする。
「お前は不合格だ」
「へ?」
何を言われたのかわからないと、呆然として手が垂れ下がるディオン様。
詰め寄ろうと迫っていた彼を牽制するように、「下がれ」と低い声色で国王は告げる。
その凄みに恐れをなしたディオン様は一歩引きさがるが、まだ壇上にあがって国王に近づこうとするのをやめない。
私はディオン様の諦めないその様子を見て跪いていた足を上げると、そのままゆっくりとディオン様の横を通り抜けて国王の横に立つ。
「なっ! クラリスっ!! お前父上から離れろっ!!」
「離れるのはお前だ、ディオン」
「父上……?」
国王はすくりと立ち上がると、そのままディオンの前に立って言った。
「お前は王太子ではない、マリエット侯爵令息だ」
その言葉にディオン様もそして少し離れたところにいたクロード伯爵令嬢も目が点になる。
「お前はマリエット侯爵令息として生まれてまもなく王家に引き取られて『王太子』として育てられたのだ。そして国王に相応しい者かどうか、さらにここにいるクラリスの婚約者として相応しい者かを見極めるためにな」
「クラリスの婚約者……?」
そうだ、私は──
「クラリスはこの国の王女である」
国王がそう言うとディオン様は信じられない、何が起こっているんだと呟きながら目をきょろきょろとさせる。
そう、私こそがこの国の正統なる王家の血筋を引く者であり、まぎれもない今私の隣にいる国王の娘。
マリエット侯爵家は私の育ての家であり、お父様は育ての親、そしてお姉様もローランも義理の姉弟だった。
全ては世継ぎに恵まれずに困った国王、そしてそれに協力したお父様──マリエット侯爵が仕組んだこの国の未来を守るための戦略であり、この国をより長く続けるために考えたもの。
「クラリスは病でもう永くないのだ。だからこの国を立派に支えてくれる人材が必要だったのだ」
そう。私はもう永くないから王妃として夫となる王を支えることはできても、仮に私が女王として立つことになっても未来の国王は必要になる。
だから、王家からも一際人望が厚かったマリエット侯爵家の子息を王太子として育て、そして未来の国王として育てることにした。
立派な王太子として育ち、ディオン様の20歳の誕生日に全ての真実を打ち明ける予定だった。
「お前はそこにいるクロード伯爵令嬢にうつつを抜かしてここ数ヵ月は勉学を怠り、そしてクラリスと婚約破棄をした。さらに私欲のために国庫金に手を付けたな? よって、お前にこの国の未来を預けることはできない」
「なっ! 待ってください、父上!」
「ディオン様、私は何度も忠告したはずです。このままだとあなたは王太子でいられなくなってしまう、と。でも、あなたは学ぶことをやめ、そして悪事に手を染めてしまった」
そう、あなたは私の願いを聞いてくださらなかった。
「残念だ、行こう。クラリス」
「はい」
ディオン様はどうしていいかわからずにその場にへたり込んだ。
ああ、もう彼は立ち上がれないだろう。
すると、謁見の間の扉の近くのほうから聞きなれた声がした。
「国王陛下、ご無沙汰しております」
「ああ、マリエット侯爵。全ての真実はディオンに話したよ。ディオンの処遇に関してはお前に任せる」
「かしこまりました。当家といたしましても、国家に不義を働いた者を後継ぎにはできません。よって、ディオンは勘当とし、当家の後継ぎは弟とローランをします」
「なっ!!! マリエット侯爵! この私を勘当するというのか!」
「口を慎め。私はお前の実の父親だ、お前はもう王太子でもなんでもない。即刻王宮から出て行きなさい」
「くそおおおおお」
ディオン様は叫びながら泣き喚いて床を何度も叩きつけている。
彼の真面目だった頃の記憶がよぎって切なく感じるけど、彼は間違いを犯してしまった。
私とディオン様の婚約に隠された真実を打ち明けたあの日からしばらくが経った頃、クロード伯爵令嬢が王太子でなくなりただの平民になったディオン様からすぐに離れていったのを伝え聞いた。
彼女にとっては結局『王太子』であるディオン様にしか興味がなかったみたいね。
でもまあかなりディオン様との遊びに家のお金を使い込んだそうで、クロード伯爵にしばらく謹慎を言い渡されたらしいけど。
ディオン様の不正や悪い行いが目立つようになってから国王はディオン様に直接話をして私との婚約解消を話す予定だったそうだけど。
その前にディオン様は私に婚約破棄を勝手に宣言してしまった。
もしかしたら、素直に不正などを謝っておこないを見直せばよかったのだろうけど、婚約破棄後の加速する横暴ぶりに国王もしびれを切らしたみたい。
そして私はまた新たな生活を始めることになる──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます