第19話 魔女オルガの最良の選択のとき(1)

湖畔のレストランは、湖の保護活動はどこに行った?と言うレベルの青を基調とした貴族好みの美しい建物だった。


いや、湖畔を散歩中に見えてたけれどさ。人間って本当に不思議。本音と建前が見事に混在している。


2階建ての建物には大きなガラスの窓があり、そこから湖畔を眺める事ができるようになっている。


太陽を照り返す澄んだ湖面は美しい。

湖にはボートがいっぱい浮かんでいるけど。


湖畔の先にある緑の木々も美しい。

昔より減ったけど。


万年雪を被った青い山脈も美しい。

これは昔と変わらないわね。


私は昨夜お坊ちゃんと話したことを思い出す。


お坊ちゃんは、ヒルデガルド嬢を幸せにすることを改めて決意していた。お坊ちゃんの願いのひとつは、『ヒルデガルド嬢を相思相愛の相手と結ばせる』こと。それが自分でも大丈夫かと私に相談してきたのだ。


「もちろん構いませんわ。ヒルデガルド嬢がアウグスティン様をお好きであるならば、それで願いは叶えられますわ」


私はお坊ちゃんの部屋のソファにゆったり座って返事をした。この時の私の役割は魔女だった。侍女のオルガではない、対等な存在。


「そうですか、では好かれるように努力します!」


お坊ちゃんはふんすとガッツポーズをしていた。その姿は可愛らしくもあり、頼もしくもあった。


だから私は聞くことにした。


「ねぇ、アウグスティン様はなぜ敢えてヒルデガルド嬢の恋の成就を願ったのですか?あなたは初めからヒルデガルド嬢がお好きだったのでしょう?彼女を幸せにしたいのであれば、あなたに惚れさせれば良かったでしょうに。そうすれば経過はともあれ、好きな人と結婚できて彼女は幸せになれるのでは?」


「オルガ嬢はなんてことを言うんですか!そんな相手の心を操るようなことをしてはいけません!」


「あら?でも初めは王太子様と結婚できるように願ったでしょう?それは操ると言うのではないかしら?」


「それは……そうですね。初めは僕はヒルデガルド嬢は王太子に未練があって、仕方なく僕に付き合ってくれているのだと思ったんです。だから、一刻でも早く解放して差し上げないといけない思ってました。でもその願いを今は恥じています。あの時、オルガ嬢が願いを変えてくれて良かったです」


「そう、ではやり直しが聞いたとしたら、願いは変わるのかしら?」


「そうですね、やり直しがあるなら願いはヒルデガルド嬢の罪の真相だけかもしれません。ヒルデガルド嬢には、魔法を使わないで僕を好きになって欲しいですから。それで好きになってもらえなくても、それは仕方ないことですから」


「やり直してもヒルデガルド嬢への願いなのね。自分自身への願いはないの?そこは、無視されていた近衛騎士団での待遇改善であったり、例えば極端な話で年齢を変えるとかでも良かったんじゃない?」


「年齢ですか……それは魅力的ですね。僕はヒルデガルド嬢に少しでも早く追いつきたいですし……」


お坊ちゃんはそこで考え込んだ。ふたりの間に広がる沈黙が重くて、魔女である私でも辛くなったわ。


少しばかりの時間を置いてお坊ちゃんは前を向いた。その時には揺るぎない決意の目をしていたわ。


「オルガ嬢は僕の祖先レーヴェンヒェルム王家のことをご存知ですか?」


「ええ、確かこの国イクイルールの建国王の思想に共感して、自ら属国化したとか」


「そうです。口さがない人間は、当時周辺諸国を平定する建国王に恐れをなして、自ら首を垂れた臆病者の王族など言ったりもします。実はそれを聞いた時、僕は両親に泣きついてしまいました。僕の祖先は臆病者だったのかと……」


私はお坊ちゃんの話に頷くことしかしなかった。するとお坊ちゃんは続きを話し始めた。


「でもその時父が言ったんです。先祖は命が惜しくて国を建国王に捧げたかもしれない。もしくは本当に建国王の意思に感銘したのかもしれない。それとも人質を取られ涙ながらに譲ったのもしれない。もしかしたら、真相は全然違って仲の良い友人だったかもしれない。所詮は過去のこと。全く真相は分からない。ましてや人の気持ちは人にしか分からない。だからお前が信じたいように信じなさいと」


「それで?アウグスティン様はどう思うことにしたの?」


「僕は、国民も国も傷付かなかった。まずはその事実だけを見ることにしました。ですがその為に祖先は相当な努力をしたのではないでしょうか?現に当時のイクイルールを中心とした周辺諸国は戦禍にさらされていました。隣国でありながら戦禍にさらされなかった祖先の国は奇跡のようなものです。そう思い至った時に、これから先、どんなに困難が訪れようと自分は自分の力で成し遂げる努力をしようと……先祖に負けないようにしようと思いました。まぁ、ヒルデガルド嬢のことはなんともできる自信がなかったので、オルガ嬢を頼ってしまったのですが……」


頬を赤らめるお坊ちゃんは可愛かった……ではなく、お坊ちゃんの決意を私は受け止めた。


つまり、お坊ちゃん、いやアウグスティン様は、自分にかかる火の粉は自分で払う努力をすると言うことだ。だから私はことの成り行きを黙って見守ることにした。


私は2階のレストランの窓から景色を眺め、目を瞑った。


それが、魔女オルガとしてできる最良のことだ、そう思いながら。

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