第5話 侍女頭オルガでございます

お坊ちゃんは従者達と遠乗りに出かけて、自分だけが私……魔女オルガの館に辿り着いたと言っていた。


『魔女の施し』を受ける人間は一様に突然魔女の館に招き入れられ、魔女の館にいる間は時間が止まり、外の人間には気付かれない。これがこの世界の常識だ。つまり魔女に願いを叶えてもらっていることを、魔女はもちろん契約者(契約が成立したら訪問者から、契約者となるのよ)もあえて公言しないし、してはいけない。


その為、お坊ちゃんは従者達と遠乗りに行って、イクイルール国の王都にある屋敷に帰ってきた。そしてそんなお坊ちゃんを何くわぬ顔で出迎えたのが、侍女の服に身を包んだ私、オルガだ。


自慢じゃないけど私は美人だから侍女服だって着こなせる!


「オ――オルガ嬢?どうしてここに⁉︎」


「アウグスティン様?どうしたんですか?侍女頭のオルガじゃないですか?」


「そうですよ。相変わらず美人ですよね。アウグスティン様が羨ましいです」


侍従達の言葉にお坊ちゃんは大きな目をパチクリと瞬いている。


ああ、本当にかわいい。変な道に目覚めてしまいそうな可愛さだわ。なんてことがバレたら、魔女の恥。


私は目と唇に妖艶な光を宿し、極上の笑みを漏らす。この時ばかりは美人に産んでくれた両親に感謝する。


「おかえりなさいませ。我がアウグスティン様」




◇◇◇




「びっくりしました。屋敷に戻ったらオルガ嬢がいるんですから!」


「あら?後でお会いしましょうと申し上げたはずですが?」


私はお坊ちゃんの部屋で侍女の様に着替えを手伝っている。少年から青年になっていく成長途中の彼の手足はスラリと長く、きめ細かい肌がまるで赤ちゃんのようだ。

これは……ぶっちゃけ役得じゃないだろうか?どうしよう……本当に変な道に目覚めちゃうかも……。


なんて心の中のピンク色は見事に隠し、私はお坊ちゃんのシャツのボタンをひとつひとつ丁寧に留めていく。

本当に貴族ってやつは自分で着替えないらしい。役得だから良いけど、これが気に入らないやつなら、魔法で指パッチンで終わらせてやるところだわ。


「そうでした。でもオルガ嬢のことを皆が侍女頭と思っているのはなぜですか?僕には乳母はいても、侍女頭はいなかったはずです」


「アウグスティン様のお近くにいるために、皆に私が侍女頭だと言う嘘の記憶を刷り込んだのです。こんなことはどの魔女でもできることですわ」


「ああ、だから皆は『魔女の恩返し』を知っていてもその魔女の存在は分からなかったと言うんですね」


「その通りですわ。魔女は煩わしいことを嫌いますの。ですから私がアウグスティン様の願いを叶えて去った後も、他言無用で宜しくお願いしますわね?」


「もちろんです!それが『魔女の恩返し』を受けることのできた人間の掟ですから!」


お坊ちゃんが胸を張ってドンと叩く。

あらあら本当に可愛らしいこと……、思わず笑みが漏れてしまうわ。


それにしてもさすがレーヴェンヒェルム公爵邸、王都にある別邸とはいえど豪華だ。


そうここは別邸。本邸は王国の東にあるレーヴェンヒェルム公爵領にある。しかし邸宅とはいえども大きいし、イクイルール王城の近くにあるので、いつでも登城できる。王城の近くにあるほど名家の証となるので、その力の程が分かると言うものだ。


お坊ちゃんの職場は王城だから、通勤時間は徒歩で20分程だろうか。とは言えど屋敷から正面門まで徒歩で15分ほどかかるし、王城に至っては正面門から王城まで徒歩で20分ほどかかるから、馬車か馬での移動になりそうだけど。


今いるお坊ちゃんの部屋も庶民の家がすっぽり入りそうな大きさだ。

部屋は3部屋。お客様が来た時に対応する客間と、仕事をする執務室、そして寝室がそれぞれ扉で繋がっている。私たちが今いる寝室には大きなクローゼット。着替えを取りに行く時に見たけれど洋服はオーダーメイドの一点ものばかりだった。寝室備えつけの大きなバスルームは私も入りたい……と思えるほどに豪華だった。しかも横目にチラリと見えるフカフカのベッドは、ダイブしたい!と思えるほど大きい。


お坊ちゃんは現在はオーケシュトレーム子爵を名乗っているけれど、それだってレーヴェンヒェルム公爵家に準する数ある貴族の名家の一つだった。

かつて王国だったレーヴェンヒェルムの忠臣の家系の一つ。いやいや今回の訪問者……もとい契約者は驚くほどお金持ちだ。今度魔女集会に行ったら、マウント宜しく自慢しよう。


「ところでオルガ嬢、早速ですが明日、ヒルデガルド嬢の邸宅に招かれているのですが、ご一緒しできますか?」


「ええ、もちろんですわ」


ふふふと笑いながら、もっと早く言わんかい!と心の中で突っ込んでみた。

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