怪異喰い 尾々間くみ子のご馳走

宮塚恵一

Prologue 怪異喰い:尾々間くみ子

 本屋が好きだった。

 スーパーの本屋、駅前の大きな本屋、マニアな本が揃っている町外れの中古本屋。


 だけど、今やそのほとんどが残っていない。


 電子書籍なら置く場所を考えずに何冊も買える。ネット上では小説や漫画の連載をプロアマ問わずに読むことができる。


 本屋という存在の意味が、昔ほどなくなってしまったのは、間違いない。


 それでも僕は、本屋が好きだった。

 所狭しと本が並ぶあの空間。それも、ほぼ全て“買ってもらう”為の本だというのも、図書館と少し違うところだ。


「だから本屋というのは実は独特の場所だよね。そこに書かれている物語を、そこに書かれている情報や知識を購入して自分のものにする」

「紙の本はあたしも好きっすよ。特に古本は持ち主の来歴によって色々な味がするっす」


 僕が呼んだ彼女は、そんな風に少しズレたことを言う。


「でも、そんなでも、怪異は怪異っすから」


 彼女は大きく息を吸い込んだ。彼女はまん丸と風船のように膨らんでいったと思うと、ぱぁんと大きく破裂して、僕の目の前に人の背丈の二倍はあろう巨大な“バク”が現れた。


「遠慮なくっす」

「ああ、頼むよ」


 僕と貘の目の前には本屋があった。


 児童書に小説、絵本、学生の為の参考書からアダルトな書籍まで、僕が店主として客の為に何でも揃えた本屋だ。


 しかしそれは幻だ。

 そして僕もまた。


「人の想いが強く宿った場所は、それそのものが未練となって残る。は、愛されていたんすね」


 巨大な貘が開けた大きな口に、本屋と僕は吸い込まれていく。


 彼女は怪異喰い。

 僕らのような、忘れ去られたモノを喰うことを生業とする。


 彼女に喰われ、目の前が真っ暗になった。


「ご馳走様」


 暗闇の中、彼女の声が聞こえた。

 きっとは幸福だった。


 街の人々に惜しまれ、未練を残すくらいには。

 僕は貘の身体の中で、消えゆく書店と共に、ゆっくりと目を閉じた。

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