25 気まぐれシルフ 


 こんな所でグダグダ考えても仕方がない。シルフに会いに行くのだ。

 そういう訳で支度を整えて出発する。


 アプト山をぐるぐる登ると古城があった。切り立った崖の上に建つ、ボロボロで今にも崩れ落ちそうな古城だ。

 こんな所に棲んでいるシルフって、やっぱり昆虫系かなあ。

 沢山の虫が飛んでいる。小さな羽虫。虫だよね。こんなのは素材にならないようだ。親玉がいるのだろうか。

 階段を上がっている途中で壁に触れると、ボロボロと触れた所が剥がれて落ちる。ここ崩れそうなんだけど。

 狭いボロボロの階段を何度か上って、やっと見晴らしの良い広場に出た。ここは広間だった所だろうか。所々壊れた壁から風が吹き抜ける。


「気まぐれシルフって、気まぐれなのか?」

 ニコラが周りを見回しながら言う。

「居たり居なかったりするのかな」

 ジュールの探知に引っかからない奴って、物凄い大物じゃないか?

「今日、会えないとどうしよう」

 居ない可能性も無い訳じゃないし。


 不安になってごたごた言っていると、バサリと大きな羽音がした。

「来る!」とジュールの声。

「上だ!」

 バサリバサリバサリ。段々近付いてくる。

 見回していると斜めに大きく崩れ落ちている開口部から、羽を生やしたモノが舞い降りて来た。



「何よ―! 五月蠅いわねー。アンタたちが五月蠅いのー?

 この頃うるさくて眠れないのよー、

 どう、このお肌見て! 酷くてゴワゴワよ。どうしてくれるの?

 もう、もう、もう、腹立つわね!」


 当代のシルフはコレなんだろうか?

 もう、魔王がアレだし、帝国の皇太子がアレだし、シルフもコレでいいのかな。


 どう見てもオッサンなシルフが、蜻蛉の羽みたいなのを背中でヒラヒラさせながら、お化粧ゴテゴテでマッチョな感じで、何で赤いハイヒールなんて履いて。

 ああ、僕どうしたんだろう。インパクトが凄すぎて文の脈絡がめちゃくちゃだ。頭を整理しないと。


 取り敢えず勇気を振り絞って聞いてみる。

「あのー」

「何よ」

 シルフに睨まれた。ああ、くじけそう。

「僕達、初めて来たんですが」

「あらそうなの」

「あなたがシルフさんでいいのでしょうか?」

「あら、アタクシがシルフだわ」

 ずいと一歩前に出るシルフ。いや飛んでいるんだけど。


「この美しいアタクシを見て。

 アタクシはいつもここでまどろんでいるのよ。

 夢見るシルフ、まどろむシルフなのよ、

 素敵でしょう。知的でしょう。詩的でしょう。

 アタクシは美しくありたいのよ。

 なのにどうしてアタクシを邪魔する奴ばかりなの?

 許せないわ。ねえ聞いてるの。何とか仰いよ」


 もうどう言えばいいのか。やけくそ気味にお願いした。

「それで、羽を頂けませんか。貰ったらすぐお暇しますから」

「あら、なんて薄情なの」

「いやでも、ここに来るの大変だし」

 ここには乗合馬車が通っていない。馬車も途中までで登らなきゃいけないし。

「アタクシは寂しいのよ」

「だってさっき五月蠅いって言いましたよね」

 我が儘そう。気まぐれってやっぱしそうなんだなと思っていたら、なんとシルフはさめざめと泣き始めた。

「昔はここも綺麗だったのよ。でも蜘蛛が来て」

「蜘蛛……」

 いやな予感がする。


「そうよ、あいつに壊されたのよ」

 何とここでシルフとアラクネの縄張り争いがあったとか。

「もちろんあんな女に負けるアタクシじゃないわ。追い出してやったわよ」

 ふんすかと鼻息が荒いシルフさん。

「でも、アタクシもこんな姿にされて。あの根暗の機織り風情がっ!」

「じゃあ元の姿に戻りたいの?」

「もちろんよ」

 そこで、相談タイム。


「誰か戻せるの?」

「うーん」

「あのさ、真実の糸があるだろ。アレを鏡に付けてあいつに見せたら?」

 カール君のアイデアが出た。

「じゃあ聞いてみる」

「あのさシルフさん、鏡はあるかしら」

「あら、あるわよ。持って来るわね」

 案外身軽にパタパタと飛んで、シルフのお姐さんは赤い手鏡を持ってきた。

 僕は真実の糸を手鏡に付けて同化、付与、定着。

「えと、これで元に戻れるわけではありません。これは真実を映す鏡になりますが、それでもいいでしょうか」

「そうなの?」

 恐る恐る出来た手鏡を差し出す。お姐さんは赤い手鏡を見て絶句した。

「これがアタクシ──?」

 こっちから手鏡が見えないので何が映っているのか分からないんだが。

「ちょっとカール君、これダメなんじゃあ」

 提案したカール君にすがる。

「そ、そうかな」

 びくびくしているカール君。

 いつものことなので見守る殿下と他二名。お前ら何かフォローして。

「ま、いっか」

 シルフは納得した。

 なにそれ、それでいいのか? ほんっとうにそれでいいのか!?


「羽をあげるわ」

 ぼんっと僕の頭の上に出現した羽がバサバサと頭と周りに落ちた。

「わっ、いいの?」

「まあね、ちょっとこれで遊ぼうかなー、ふっふっふ」

 赤い手鏡を持ったオッサンシルフは、にんまりと悪い笑顔で笑う。怖い。その視線を僕に向けた。シルフは目を見開いて、ぴくんと一歩下がった。

「あんた、頭に何を乗っけてるのよ。撮らないでよ、さっきの」

 シルフは僕の頭上をちょっと睨んだ。ピコに気付いたのかしら。

「水のお守りを持っているわね。あんた風の子だから、アタクシのお守りもあげるわね」

『ひゅるるん』

 何かが飛んできて僕の身体の中に入った。

「この鏡のお礼よ。じゃあね」

 シルフはパタパタと飛んで行ってしまった。何処に行くんだろう。お城の中ではなく空の彼方の方に行ってしまったが。

 羽を集めながら「いいんだろうか?」と聞いた僕に「どうしろって言うんだよ」

 ニコラとジュールも羽を拾いながら知らん顔をする。

「帰るぞ」

 集め終わると、殿下が僕の手を掴んで引っ張る。


 今日の冒険は終わってしまった。

 うう……。帰ったらお仕置きが待っているんだろうな。殿下が怖いんだけど。この手離してくれないよなあ。

 カール君がニコラとジュールを見て、二人は肩を竦めた。

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