第23話 前世、という名の呪い 3
<カズト視点>
「アイナ!」
「!? え、嘘……。カズト!」
アイナの姿を見た瞬間、俺は駆け出していた。
アイナは驚いた表情で固まっていたが、すぐに
力いっぱい抱きしめ合う。痛いくらいに。
アイナの美しい黒髪は健在だった。いや、よりしっとりとしなやかな肌触りになっている。
抱きしめた腕の中で、胸に顔をうずめるアイナ。切れ長の目から涙が
ずっと走っていたのだろうか。はぁはぁと
たった一月半、会えずにいただけなのに、アイナはすっかりと大人びて見えた。
少し
身体の
熱を帯びて汗ばんだ肌は、
幼馴染の目から見ても間違いなく、少女から大人の女性へと
「アイナ。会いたかったよ」
「私もよ、カズト。本当に会いたかった」
この瞬間だけは、俺がアイナのすべてを独占している。
もうそれだけで、今までの不安やわだかまりが、スッと消えていくようだった。
フェイクト「アイナ様……急ぎましょう」
ショウ「おい、イチャイチャすんな! さっさと離れろ!」
シラソバ「カズト様!? だ、誰だ、その女!」
周囲から雑音が聞こえてくる。
「―――仕方ない。アイナ、続きは後で。今どういう状況か説明して」
「あっ、そうね! ごめんなさい。えっと、簡潔に言うわね。ユーメィを救出したんだけど、敵の増援が来てて追い付かれそうだったから、それをハルローゼたちが対処しているの。それで、私とフェイクトは、ユーメィを連れて先に都市に戻る途中だったの」
アイナの説明でなんとなく状況は理解したが、いくつか疑問はある。
勇者ミランダと勇者リズベットは? 他にも女騎士2名が行方不明だったはず。
それに、敵とは?
だが、それ以上の疑問があった。それは―――。
「―――それで、ユーメィはどこ?」
樹海の中から現れたのは、アイナとフェイクトの2人のみ。
ユーメィを連れて都市に戻ると言っておきながら、肝心のユーメィの姿が見当たらない。
「そ、それは……」
アイナが言いづらそうにしながら、フェイクトを見る。
フェイクトは
「まさか……」
フェイクトの背中にいた―――両手両足の無いユーメィが。
小柄だったユーメィが
こちらからはユーメィの顔が見えない。反応が無いことから気を失っているのだろうか。あるいは―――。
「
俺の問いに、フェイクトが
「生きてはいます……」
フェイクトから
手は震え、
―――まるで、今にも消えてなくなりそうだ。
「フェイクト……」
アイナが心配そうにフェイクトの肩に手を乗せる。
そんなやり取りを見て、軽く嫉妬してしまう自分が少し嫌だった。
「おい、アイナ。今度は従者とイチャイチャか? それで、ミランダとリズベットはどうした?」
ショウが大声で尋ねると、アイナはハッとして肩から手を離す。
「ミランダの死亡をハルローゼが確認したわ。見つけた時にはもう既に死んでいたって……。リズベットはまだ行方不明。でも、ハルローゼの従者が、リズベットの反転の
反転とは、神核の暴走を指す。正気を失ってただのモンスターのようになってしまう、と聞かされたことがある。
「そうか、勇者が反転したか……。それは面白そうだ。そいつはオレがやる!」
ショウがニヤリとすると、全員に指示を出した。
「アイナとカズト、それにクズオはユーメィを連れて都市に帰還しろ。オレはハルローゼの元へ行く。アイナ、お前たちはあっちの方角から真っ直ぐここに来た、でいいんだよな?」
ショウは、アイナが来た方角に指をさす。
「ええ、そうだけど……。でも、待って! ハルローゼが『偽ゴブリンと名付けた亜人には神がいて、それは倒せないから、亜人の数を減らしつつ撤退する』って言ってたの。だから
「そういうのは、どうでもいいんだよ。オレとハルローゼは、領主から
ショウはそう言うと、従者を連れてアイナが来た方角に向かおうとする。
それを今まで黙っていたクズオが止める。
「待ってくれ、ショウ君。ボクもそっちに行くよ。このまま成果も無しに帰るわけにはいかない」
「ダメだ。ユーメィたち3人の女勇者は、従者枠が2人だった。その3人の勇者が敵に負けた事が確定した。ここから先は、従者枠が同じ2人のお前には荷が重いんだよ」
「で、でも、それじゃあ、あのエルフの従者が手に入らない! あいつはボクのモノだ」
エルフの従者……? 何の話かは俺には理解できないが、クズオはショウにしつこく食い下がっていた。
「
そう言い残すと、ショウとその従者は樹海の奥深くへと消えていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
不機嫌なクズオを先頭に、俺たちは都市への帰還の
帰りのメンバーは、クズオとその従者2人、俺、アイナ、フェイクト、シラソバ。
俺の目的は、アイナと余力があればユーメィを助けることだったので、このまま帰還できればそれで十分だ。
帰り道の途中、久々に再会したアイナと、色々と話したかったことを語り合った。
勇者地区での
そして肝心な時に、近くで支えてあげられなかったことの無念。
それら一つ一つを、お互いを
―――ただ、従者の話題は出ても、アイナの従者であるフェイクトの話題に関してはなかなか切り出せなかった。
すぐ後ろにフェイクトがいるから話題にしづらかった、というのも切り出せなかった理由ではある。が、何よりも『なぜフェイクトを選んだのか?』という疑問をアイナにぶつけるのが怖かった。
アイナの口からフェイクトの魅力を直接聞かされるのは、やっぱりしんどい。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、アイナはすまなそうに言う。
「―――あのね、フェイクトのこと……なんだけど……。私の従者ってことになってるの……カズトは……知ってる?」
こちらの表情を
罪悪感を感じているのだろうか。逆の立場なら、俺もそうなると思う。
「―――気にしてないよ。仕方なかったんだと思う……。俺もおなじだから」
そう……俺も今、おなじ状況にいる。
まだ従者を持たずに済んでいるが、このままの状況が続けばどうなっていたか分からない。
「えっ、おなじ? ちょっと待って! もしかして……カズト、従者いるの??」
ん? ああ、意味が伝わらなかったらしい。誤解されたようだ。
「いや、誤解しないで。別に俺に従者なんていな―――」
「そういう事ね! カズトの従者って、あのシラソバって人でしょう? 最初は勇者クズオの従者かなと思ってたけど、さっきからあの人、カズトの方ばっかり見てるんだもん」
「はい? アイナさーん、ちがいますよ? 誤解でーす」
「べ・つ・に、いいんだけどね! あの人、すっごい美人ね!! 胸も、私より大きいしね!!! へぇ……カズトって、ああいう女性が好みなんだぁ~。ふーん、私とは全然タイプが違うわ、ね!」
あれ、これはまずい。こっちの話を全然聞いてくれない。
さっさと誤解を解かないと、ひどいことになりそうだ。
そんなタイミングで、こちらに聞き耳を立てていたシラソバが割り込んでくる。
「カズト様、先ほどから勇者アイナと何を話しているのだ? それに、
シラソバから俺とアイナの関係を指摘され、
恋人だと知れ渡ると、より会うのが難しくなるからだ。
だが、抱き合っている様子を見られているため、これ以上は
俺がどう説明するべきか迷っていると、代わりにアイナが答えた。
「従者シラソバ、あなたには関係ないわ。これは、恋人同士の話よ。引っ込んでてくれるかしら?」
アイナ!? 笑顔のアイナから、冷たい空気が放たれているのは気のせいか……。
「アイナ、待ってくれ! シラソバは従者じゃな―――」
「恋人だと! い、いや、関係ない! そうだとしても、私のカズト様への思いは変わらないぞ」
シラソバは俺の隣にくると、腕を組んでくる。
腕に胸を押し付けてきて、その柔らかさに思わずドキリとしてしまった。
「こ、こらっ、離れなさい、シラソバ! カズトも振り払いなさい!」
アイナがシラソバに対抗心を燃やして、俺の逆側の腕にくっついてくる。
指を絡ませ、腕に胸を押し付けながら、俺を挟んで反対側にいるシラソバと睨みあう。
そんな様子を先頭を歩きながらチラリと見たクズオが、従者ネネに言う。
「おい、ネネ。あいつら殺してこい」
「駄目ですよ、クズオ様。勇者同士での私闘は禁じられております」
「はぁ……。こんなことになるなら、捜索部隊なんて志願するんじゃなかったな」
「そんなことありませんよ、ユーメィ様の救出に協力できたのですから。それよりも、なるべく早く帰還しませんか? なんだか、嫌な予感がします……」
「お、おい、昔からネネの
クズオは舌打ちをすると、少しだけ歩みを速めた。
その後、シラソバに疑似神核が無いことに気が付いたアイナは、俺とシラソバに従者契約が行われていないことを知り、誤解が解けた。
「そっかぁ……。カズトには従者がいないのね」
「ああ、いないよ」
「ふんっ、私はカズト様の従者になることを
「シラソバ、これ以上話をややこしくしないでくれ」
先ほどのような険悪さは無くなったが、依然として両腕は2人に取られたままだった。
「カズト、ごめんね。私ってまだ勇者としては未熟みたいで、他の人の神核とか、……存在感って言うの、あんまりよく分からないんだよね……」
そうなのか。そういう感覚は、他の勇者も当たり前に持っていると思っていた。 もしかしたら、個人差があるのかもしれない。
それに、アイナと再会してからずっと感じていたことだが、アイナの神核はかなり弱い気がする……。
ショウはもちろんのこと、クズオと比べてもかなり弱い。
従者がフェイクトだけなので、そんなものか、と感じていたが、よくよく考えてみると、同じ従者が1人のギーセクとかと比べてもアイナはだいぶ劣っている気がする。
では、俺との比較では、どうだろうか……?
これに関しては、俺自身も
自分以外の相手なら、なんとなくだが優劣がわかる。
でもその中に、俺自身がどのくらいの立ち位置なのか、がよく分からない。
勇者地区で他の勇者と交流すると、その神核の力強さに驚くことはよくある。それで言えば、ショウがダントツだった。あの存在感の
―――でも、本当にそうだろうか……?
いや、むしろ―――。
どうやら、何かを伝えたいようだ。真剣な表情で、語り掛けてくる。
「ねぇ、カズト……。聞いて欲しい事があるの。実は、フェイクトのことなんだけど……。その、今ここでは言えないんだけど―――信じて欲しいの」
フェイクトに対する愛情無い、ということだろうか。
少しモヤモヤする気持ちを押し留め、俺は
「―――ああ。大丈夫だよ、アイナを信じているから」
「ありがとう……。できれば、この事は2人でいる時に話したいの。私たちだけの問題じゃないから、これ以上は迷惑を掛けたくないの……。都市に帰ったら、なんとかして2人きりで会えないかな?」
「そうだね。じゃあ―――」
勇者地区内で会えるとしたら、中央にある中庭だろう。
中庭内で、人目のつきにくい場所を伝える。それとだいたいの時間も決める。
こうして、『日付が変わる頃の夜遅くに、中庭内の
「それと、ね……。カズトの従者のことなんだけど……。いいよ。カズトには従者を従えて欲しいの」
アイナが言う。その表情は、読み取れなかった。
「―――どうして? 俺は別にこのままで問題無いよ」
「無理よ……。今のカズトの立場は、私には分かるの。それに……今回のユーメィの件で、私自身も思い知らされたわ。肝心な時に
そう言って、フェイクトをチラリと見るアイナ。
フェイクトは後方で青ざめた顔をしながら、とぼとぼと歩いていた。
「何かあってからでは遅いの。だからお願い……」
「だ、だが、俺はアイナのことが―――」
「うん、嬉しい……。私も同じ気持ちよ。でも、私のような状況にはカズトはならないと思う。いえ、そもそもならなければよかった……。そのせいで―――」
「アイナ、よく分からないよ」
「ごめん……。後で全部話すから」
「わかった。じゃあ、その時にきちんと話し合おう」
「うん……。それと、シラソバ、一ついいかしら?」
今まで黙って聞いていたシラソバに、アイナが話しかける。
「うむ、なんだ?」
「―――さっきはああ言ったけど……。カズトの事よろしく頼むわ」
「話を聞いていて、なんとなく2人の関係が分かったよ。それにカズト様が従者を従えなかった理由もな。だが、いいのか?」
「ええ。ただし、少し待ってくれないかしら。できれば、都市に帰ってから私とカズトが会うまで。―――初めては、
俺を挟んで、アイナとシラソバが見つめ合う。
「―――そうか、了解した。約束は守ろう。だが、カズト様から求めてきたら遠慮はしないからな」
「いいわ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あれから1日が経過した。
行きの強行軍とは異なり、帰りは無茶はしなかった。
夜はきちんと野営を行い、しっかりと休すむ。
シラソバの体力は限界だったし、フェイクトの様子もずっとおかしかったから。
ユーメィは意識こそ戻っていないが、危険な状況ではないらしい。
ハルローゼの従者にアーガルム教の高位司祭がいて、処置は終わっているようだ。
今後意識が戻るかは不明だが、今のところ悪くなることも無いらしい。
夜が明けてから出発した。今日中には帰れる予定だ。
クズオは従者たちとべったりだったので、こちらとは最低限のやり取りしかしていない。フェイクトは、ユーメィにつきっきりだった。
そのせいで、俺とアイナとシラソバでずっと行動していた。
3人で一晩明かしたからか、アイナとシラソバはかなり打ち解けた様子だ。
アイナもシラソバも、久々に勇者や従者といった関係を気にせずに話せる相手を得られたからだろうか。
勇者地区にいる時とは違って、シラソバの笑顔が見れたことに安心できたし、アイナも気を楽にして同性の相手との会話を楽しんでいるようだ。
そうして、
―――突然、神核が活性化した。
何の
クズオ「まて! なんだこれは!」
アイナ「えっ、何これ!」
俺と同じ状態に、クズオとアイナも
いや、フェイクトに背負われているユーメィも同じだった。
俺を含めた4人の勇者の神核が、いきなり活性化し、青白いオーラが
ネネ「クズオ様、私の疑似神核にも影響があります。力が
クズオの従者2人とフェイクトも、力が
変化が無いのは、シラソバのみ。シラソバは、戸惑いながらも周囲を警戒していた。
この場で一番冷静だったネネが言う。
「強制的な神核の解放……。クズオ様っ! もしや―――」
ネネの言葉に、クズオが何か思い当たることがあるのか、顔を
「まさか―――厄災となる敵が現れたのか!?」
全員で周囲を警戒する。ユーメィを背負ったフェイクトとシラソバを中心に配置して、それ以外の者で囲む。
ここは深く暗い樹海の中。絶えず木々がざわめき、奇妙な鳴き声が
物音がどこからか聞こえてくる。足音か? それにしては音が大きい。
周囲の温度が、
ふと、すべての音が消えた。
背後から突風が吹いてくる。たたらを踏み、
そこには―――奇妙な女性が立っていた。
全裸で、肌は緑色。細長い体型に、長い髪が上に逆立ってロウソクの火のように揺らめいている。
瞳の全部が真っ黒で、眼球があるのかすら分からない。
神秘的な
その女性が、一切動かずに、俺をじっと見つめている。
目が合った瞬間、俺の神核が限界を超えて活性化した。
さっきまでの神核の活性化は、無意識にセーブされたものだった。
その押さえつけられていた本来の力が、すべて解き放たれたのだ。
それと同時に、封印した記憶すら無いはずの封印を、強引に解き放たれたこと唐突に理解する。
強制的に頭に流れ込んでくる記憶、知識、その集合体である人格。
それは、俺ことカズトの前世、
あの日―――成人の儀で、手に入れたばかりの神核の力のほとんどを使って封印したはずだった。
―――けして
急に2つの人格が混在し、
「カズト!」「カ、カズト様!」
意識を失って地面に倒れ込む
『ようやく自由になったか。じゃあ、さっさと交代しろよ』
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