四週目

「調べたぜ、文芸部な、夏休み始まってすぐにプールに行ったらしい。なんでもネタ探しに向かったとか? とはいえ三年が主体で、あと一年の女の子数人だって聞いたぜ」


 やっぱりか……園田君にお願いして良かった。

 裏が取れたと言ってもいい、間違いなく国見愛野がエナだ。


「そっか、ありがとう」

「そんで? 何か役に立ちそうな情報だったのなら、そろそろ見返りが欲しいんだが?」

「夏休みの宿題を写させてあげてるだけでも、御の字でしょ?」


 写真部の活動が思っていた以上に大変だったとか言ってたけど、単にサボってただけでしょ。

 大量の問題集を写すだけで済むんだから、感謝して欲しいくらいだ。


「これはサッカー部の時のだろ、今回こそ本命をお願いしたいんだが?」

「本命って言われてもね」

「夏休みも今週で終わるし、花火大会も野郎だけで行った俺の悲しみを理解できんのか? 高校一年生の夏が終わっちまったんだぞ? 出会いも何もねぇままに時間だけが過ぎていくこの悲しみは、彼女持ちの空渡には理解出来ねぇんだ!」


 そんな悲しみを豪語されてもね、っていうか彼女持ちじゃないけど。 

 でも、言われっぱなしもしゃくだから、ちょっと反撃。


「花火大会、女子のグループと遭遇したって聞いたんだけど」

「お、おう、そうだな。なんで奏音がそれを」

「彼女が欲しいのなら、そこで掴まえないといけないんじゃない? 何をするにも会話って大事だよ? 僕の知り合いの女の子も、顔も名前も知らない男から告白されても、絶対に付き合わないって言ってたし。まずは認知されてから。その努力を怠ってるから何も発展しないんだよ」


 胸にグサリと何かが刺さった様なリアクションを取りながら、園田君は床に寝そべる。

 まずは会話から……でも、その第一歩が踏み出せないから、みんな苦労するんだけどね。

 ……ん? スマホが震えてる? 誰かからのメッセージ、あれ、高橋さんからだ。


 ――ねぇ、いま大丈夫?

 ――大丈夫だけど、どうしたの?

 ――お願いごとしてもいいかな、とっても大事なお願いなの。


 高橋さんからのお願いごとは、聞かない訳にはいかないな。

 

 ――いいよ、僕に出来る事であればなんでも言って。

 ――ありがとう、実はね。



「えへへ……お邪魔します」

「ついさっき園田君帰した所だから、部屋が汚れてたらゴメンね」


 かなり文句言ってたけど、高橋さんが来るのに園田君を置いておく訳にはいかない。

 友情より恋愛が大事なのか! って叫んでたけど、そりゃ恋愛の方が勝つでしょ。

 終わってない部分はコピーして渡してあげたんだから、後は家で頑張れ。


「え、園田君来てたんだ? ゴメンね。邪魔しちゃったかな」

「いいよ、同じ理由で来てただけだから」

「同じ理由……うぅ、本当にゴメンね。部活を言い訳にしちゃいけないんだけど、毎日疲れ果てて直ぐ寝ちゃってたから、全然宿題終わってないの」

「ちなみにどれぐらい?」

「……え、えへへ? どれぐらい、かな?」

  

 冷や汗たらしながら、そっぽを向いてリュックの中身を取り出す。

 これはちょっと想定してなかったな。

 山のように積まれた問題集やワークの中身は、半分も埋まっていないぞ。

 

「写すだけでも数時間は掛かるね、花火大会のあと、なんか連絡減ったなって思ってたんだ」

「一人でやろうと努力したんだけど、考える時間も凄くて、あーこれ無理ーって」

「園田君以上かもしれないな……もっと早く気付いてあげれば良かった、ごめん」

「そうだよー? 夏休み二人であちこち行ってるんだから、もっと早く私のダメっぷりに気づかないといけないんだからね? 私の取扱説明書にも書いてあるんだから、熟読しておいてね?」


 なんだそれはって目で見てたら、ごめんってもう一回はにかんだ。可愛い。

 とはいえ、会話してるだけじゃ終わりが見えない、二人で分担してやるしかないな。


「英語の単語練習とかは、やらないと身につかないから、これ系は高橋さんが自分でやること。読書感想文や地理レポートは代わりにやるけど、筆跡でバレたらゴメンね」

「はい! 大丈夫です! 字の綺麗さには自信があります!」

「あとは数学の問題集だけど……うん、ほとんど白紙か」

「……ごめんね」

「いいよ、出来る限り手伝うから。まだあと二日あるからね、頑張って間に合わそ」


 作業分担も決まったし、とっとと取り掛かるか。

 まずは読書感想文だな、既読の本の感想を書けばいいか。

 映画にもなった作品もあるから、それらをチョイスすれば読書感想文は書きやすい。


 登場人物の心境や物語の背景、作者が何を考えて作品を書いたのかを羅列させれば、四枚の四百字詰めの作文用紙を埋めるのに、一時間もあれば十分。心境は映画で見たそのままを書けばいいし、戦争ものならば命の大切さを書けば大抵ノルマクリアだ。


「……うん、次行こうかな」

「え、うそ、もう終わったの?」

「感想を書くだけだからね。読書感想が下手な人は、感想じゃなくてあらすじを書いちゃう事が多いんだ。あらすじを書こうとしたら詳細に読み込まないといけないし、一言一句間違えないようにって何度も読み直したりしちゃうんだよね。僕のは感想だから、それにもう読み終わってる本の感想だからね、早くて当然だよ」

 

 なんか拍手されたけど、これぐらい当然だと思うけどな。

 次は地理レポート、それに数学か……先に地理レポートかな。


 さてとと取り掛かろうとすると、正対して座っていたはずの高橋さん。

 おずおずと真横にやってきて、ぽすんと座る。


「……ん? どうかした?」

「えっとね、勉強してる時の真剣な顔がね、普段よりも、なんか良い顔してるなって思って」


 にまにましながらそんな事を言われると、完全に調子が狂う。


「別に……普段と変わらないよ」

「そんなことない、超カッコいい」 


 普段着であろうTシャツの首回りは緩んでいて、見えちゃいけないものが見えてるし。

 短いスカートから覗く足は相も変わらず健康美に溢れていて、それがくっつく程に近い。

 意識しない方が無理ってもんだ、違う方に集中しちゃうよ。


「ほら、集中しないと終わらないよ。誰の宿題をやってると思ってるのさ」

「うふふ、ごめん、先生のいう事はちゃんと聞かないとね」

「誰が先生だよ……はい、地理レポート終わり。数学やるよ」

「え、うそ、早すぎじゃない!? 私まだ英単語三ページしか終わってないのに!」


 遅すぎでしょ……これは明日、そっちも英文の方も手伝わないとかな。

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