第10話

「まあ、男女の区別がつきにくいのは仕方がありませんけどね。あやかしの世界では首がながーいのや、顔がないのや……いろいろいますから」

「そっか、お兄ちゃんはあやかしの世界に行ったことがあるのね」

「ええ、遣い人同士で情報交換している程度ですが。ついでに偵察がてら散歩していますよ」


 あやかしの世界はどんなのだろう。

 作り話でしか見聞きしたことがない夢穂にとっては、想像の域を出なかった。


「ところで夢穂、学校の時間は大丈夫ですか?」


 業華に指摘され、夢穂は「あっ」と小さな悲鳴を漏らし飛び跳ねた。

 今朝はいろんなことがありすぎて、この後学校があるのを忘れていた。

 まだいろいろ疑問はあるが遅刻するわけにはいかないので、とりあえず残りの食事を急いで口に放り込んだ。


「歯磨きもしなくちゃいけないのに、もう、誰かさんのせいで時間がないわ」


 居間を出る時、夢穂は恨めしそうに影雪を振り返った。

 

「早く元の世界に帰ってよ、来ることができたなら戻ることだってできるでしょ」

「俺は帰らん」


 影雪は落ち着き払いながら、おかわりのおにぎりを頬張っていた。


「……何言ってるの? ここは託児所じゃないのよ」

「飯は美味いし寝つきがいい。帰る意味がわからん」


 夢穂の襖のふちを持つ手がわなわなと震える。


「帰れーー!」


 本日二度目となる夢穂の叫び声に、森の野鳥たちが群れをなして逃げだとか、逃げてないとか。

 こうして自由気ままな野良のらぎつねは、秘境の寺社じしゃに住み着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る