夜は素敵な時間だから、少し夜歩きをしましょうか

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夜は素敵な時間だから、少し夜歩きをしましょうか

 夜の街。

 繁華街というのは昼間とは全く違う顔をしているものだ。

 深夜営業の飲食店の看板には明かりが灯り、客引きの声や酔っぱらい達の笑い声などが響いている。その中を、一人の女性が一人歩いていた。

 長い黒髪で眼鏡をかけた20代前半くらいの女性だ。

 顔立ちも整っており、服装はシンプルなブラウスとロングスカートだが、上品な物を身につけている。

 身長は、それほど高くはないがスタイルが良いためスラッとして見える。

 彼女の名前は木我冴子と言った。

 冴子は今日も一人、夜の街を歩いている。

 夜の散歩。

 と言えば、そうかも知れない。彼女が歩いている場所は、いわゆる歓楽街と呼ばれる場所だった。

 ネオンサインが煌々と輝き、露出の多い服を着た女性たちが通り過ぎる男達に声をかけていた。

 そんな中を冴子は一人、夜の街を歩いている。

 夜遊びを取り締まるためだ。

 冴子がこの仕事に就いた理由は至ってシンプルで、単に人と話すのが好きだったから。

 それだけである。

 だがそのお陰で、今ではこうして毎日のようにパトロールをする日々を送っている。

 彼女はいつもと同じ道を歩いた。

 すると道端でスマホをいじっている少女を見た。

 冴子は足を止めると話しかける。

「ちょっといいかしら?」

 話しかけられた少女は驚いたように振り返る。

 見た目はまだ高校生ぐらいだろうか?幼さを残した可愛らしい女の子だった。

 茶色い髪を肩まで伸ばしており、大きな瞳をした愛くるしい表情をしている。

 彼女は、不思議そうな目をしながら口を開いた。

「はい、なんでしょうか?」

 冴子は笑顔を浮かべると質問する。

 この辺りの治安を守るためにパトロールをしていたことを説明して注意を促した。

 少女は納得したのか素直に謝った後、名乗ってくれる。

 どうやら彼女は女子高生らしく、学校帰りに友達と遊んでいたのだという。

「高校生が居てもいい時間じゃないわ。早く家に帰った方がいいと思うけど」

 しかし、その言葉を聞いた途端に少女の顔色が変わった。

 どこか怯えるような表情を見せると、急に早口に喋り始める。

 まるで何かを恐れるように。

 それはまるで、自分が何者であるかを知られたくないかのように…………。

「放っといて下さい。これからデートに行くんですから!」

 少女は吐き捨てる様に言うと、冴子は背後に人の気配を感じた。

 振り向くとそこには若い男が立っていた。

 年齢は冴子とあまり変わらないだろう。

 背丈は高く細身ではあるが筋肉質であり、やや癖のある髪型をしていた。

 男は無言のままジッとこちらを見つめてくる。

「何してんだ。お前がいたら客が来ねえだろうが」

 鋭い眼光を放つ切れ長の目と、冴子の視線が合うと冴子は鋭い眼を向ける。

「ふーん。そういうあんたは、高校生の娘に何をさせているのかしら?」

 冴子は微笑みながら答える。

 男は答えず、代わりに舌打ちをして睨んできた。

「あぁ!?なんだとテメエ!やんのか!!」

 冴子の言葉にキレた男が殴りかかってきた。

 しかし、冴子はその拳を左片手で受け止めてしまう。

 そのまま男の胸ぐらを右手で掴むと、男の体を軽々と持ち上げてしまった。

 そして、地面に叩きつける。

 武術や格闘技と言った洗練されたものではない。重機や大型トラックが暴走するような圧倒的なパワーで男を投げ飛ばしたのだ。

 少女は冴子のその姿を見て震え上がった。

 しかし、冴子自身は手加減していたつもりだ。

 投げ飛ばされた男は受け身の取り方も知らなかった為に、背中から落下し悶絶している。

 それを見て冴子は思った。

(やり過ぎたかな?)

 と思いつつも、男の懐からスマホを抜き取る。

 冴子は慣れた手つきで操作をする。画面に表示されているのは写真アプリのようで、その画像を見れば一目瞭然だった。

 そこに写っていたのは、明らかに未成年と思われる女子生徒の写真。

 つまり、この男はこの娘を雇って客引きをさせていたということだ。

「案の定ね。貴方、警察で話を聞かせてもらうから覚悟しなさい」

 冴子は通報をすると、警察官が駆けつけ男の身柄を拘束した。警官の事情聴取を冴子は躱す。

「私、忙しいの。じゃあね。もうこんな時間に出歩かないように。分かった?」

 少女に、そう言い残して冴子はその場を後にした。

 冴子は、散策するように街を歩く。

 すると焼き鳥屋台の店先で、見知った背姿を見かけた。

 冴子は声をかける。

「こんばんは」

 すると、やはり知り合いだった。

 冴子に声を掛けられた男性は、驚いたような表情を見せる。

「冴子さん」

 男は、冴子の名前を口にする。

 冴子は男が手にしているモノを見る。焼いた鶏もも肉の塊を両手で掴み、豪快に噛じりついていた。

「相変わらず豪快な食事ね」

 冴子は呆れたように言った。

「はは。日本じゃ火葬だから墓を掘り起こしても骨しかねえし、人間を喰いはしねえが、やはり喰い方だけは変わらねえもんでな」

 男はそう言って笑った彼の口の中には、牙が並んでいた。

 冴子は、ちょっとお邪魔をすると屋台の主人に、焼き鳥を1本注文する。

 それを頬張りつつ冴子は話を切り出した。

「夜回りですかい?」

 男はもも肉を頬張り訊く。

「まあね。夜こそが、私の時間だから」

 冴子は焼き鳥の串を横から咥えると、横に引き抜く。

 どことなく色っぽい仕草に見えた。美人というものは、所作に品があるものだ。

 男は、そんな冴子を羨ましそうに見つめている。

「そう言えば見ねえ顔を見たぜ。ありゃ、新参者だな」

 男の言葉に冴子は、眉をひそめる。

 この辺りは、繁華街だけあって人通りも多い。

 そのため、冴子は夜の散歩を日課としていた。

 だが、最近は妙に物騒だと聞いていた。

「へえ。どんな奴?」

 冴子が興味を示すと、男はニヤリと笑う。

「獣臭え奴だよ」

 それだけ言うと、彼は再び鶏肉を食べ始めた。

 冴子は男から、連中を見た場所を訊くと勘定を済ませようとするのを、男が出した。

「あら。いいの?」

「構わねえよ。それより、今度は酒でも一緒にどうだい? 冴子さんの奢りでさ」

 男はそう言うと、冴子は不敵に笑って見せた。

「私は、安い女じゃないわよ。じゃあね、屍食鬼グール

 冴子は手を振って立ち去ると、男・屍食鬼グールは彼女を見送った。

 

 ◆

 

 冴子は、街の路地裏へと入る。

 そこは昼間でも薄暗い場所で、人目につきにくい。

 そこで、冴子は鼻を効かせる。

 スンスンと犬のように匂いを嗅ぐと、すぐに反応があった。

 獣臭を感じた。

 すると、路地の片隅で男が会社帰りのOL風の女性に絡んでいる現場に遭遇する。

 男は冴子に気付くことなく、そのまま絡んだりして楽しそうにしている。冴子はしばらく様子を見ていたが、流石に見過ごすわけにもいかないと思い、声をかけた。

「すいません。その人嫌がっているように見えるんですけど……?」

 男は驚いた表情を浮かべながら言った。

 冴子と同い年くらいの男だ。

 背丈は高く180cm以上はあると思われる。

 体格が良く筋肉質だ。

 服装はジーパンにTシャツにジャケットといったラフな格好をしている。

 髪型は短めだ。

 目つきは鋭く、ワイルドな雰囲気を感じさせる。

 肌の色は褐色で彫が深く整った顔立ちをしており、どこか外国人のような雰囲気がある。

 男は冴子を一睨みした後、舌打ちをしながら言った。

「あぁ!?なんだテメェ! 口説いてんだから関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」

(これは厄介なことになったわね……。)

 冴子は心の中で呟きながらも冷静さを保ちつつ話を続けた。

「確かに私は関係ないかもしれないわね。でも、見て見ぬふりはできないわ」

 冴子はそう言いながら一歩前へ出た。

 もしここで自分が引いてしまえば、きっとまた同じことが起きるだろう。

 すると、男が動いた。

 冴子の目の前まで来ると、冴子を睨みつける。

 冴子は動じることなく微笑む。

 男は拳を振り上げる。しかし、冴子は避ける素振りを見せない。

 男の拳が冴子の顔面に向かって放たれる。

 その瞬間、男の身体が宙を舞った。

 冴子は男の懐に入ると、男の足を払ったのだ。

 一瞬、宙に浮く。

 そこを狙って冴子は蹴りを放つ。

 ロングスカートから白い脚が露になる。

 冴子のキックは、男の顎に直撃、吹き飛び地面に叩きつけられた。

 一瞬の出来事であった。

 冴子は男を睨むように見下ろしていた。

 男は悔しそうに蹴られた顎を手で押さえて睨み返す。

「テメエ。何者だ」

 男はそう言って立ち上がる。

 冴子は、少し考える素振りを見せた後、答えた。

 その声音は、先程までの冴子の声とは違ったものになっていた。

 それは、普段の冴子よりも大人びたもの。

 閉じていた目を開いた時には、冴子の眼に赤い光が宿り口元には牙が生えていた。

 男に絡まれていた女は、冴子のその顔に恐怖に引きつった声をだすと逃げ出す。

「貴方と同じ、闇の住人よ」

 冴子はそう言うと、男は納得したよう笑う。

「そうかい。じゃあ俺も、本気を出させて貰うぜ」

 男は、上着を脱ぐ。

 肌から剛毛が生えた。

 腕や足も太くなり爪が伸びる。

 口元が裂け、口蓋が前へと突き出し牙が生えた。

 瞳孔が縦に割れると、全身から獣臭を放つ。

 その姿は、まさに獣。

 人狼ワーウルフと呼ばれる魔物だ。

 冴子はその様子を見ても動じることなく彼を見据えている。

 人狼ワーウルフは鋭い爪を冴子に向けると、一気に距離を詰めてきた。

 冴子は咄嵯に身をかわす。

 しかし、人狼ワーウルフは冴子が避けたことを見越していたのか、素早く回り込むと、冴子を壁際へと追い詰めていく。

 冴子は逃げ場を失い、身構えた。

 そんな冴子を嘲笑うかの様に人狼ワーウルフは、拳を振り上げると冴子を殴ろうとする。

 だが、その攻撃は冴子に当たることはなかった。

 冴子は宙を舞っていた。

 まるで水面から飛び出した魚のように。

 人狼ワーウルフは目を剥いて驚いていた。

 冴子は空を舞う感覚を楽しみつつも、人狼ワーウルフに狙いを定める。空中で姿勢を整えると、冴子はそのまま人狼ワーウルフに向かって急降下する。

 人狼ワーウルフは口を歪めて笑う。

 冴子の空中の不利を嘲笑ったのだ。

「甘ぇんだよ!」

 叫びながら人狼ワーウルフは、両手を広げて迎え撃とうとした。

 冴子を爪で切り裂くつもりなのだ。

 冴子は笑みを浮かべる。

 人狼ワーウルフの爪が、舞い落ちる冴子を捉える。

 だが、その瞬間に冴子は白い霧となって爪は突き抜ける。

 消えてしまった。

 そして、冴子は人狼ワーウルフの背後へと現れる。

 冴子の眼は光り、口には牙が生えている。

 その表情は獲物を狙う獣だ。

 冴子は人狼ワーウルフの頭と肩を掴む。

 狙う場所はただ一つ。

 首筋の頸動脈だ。

 その一撃は、見事に決まる。

 牙が深々と食い込み鮮血が溢れ出す。

 人狼ワーウルフの血が恐ろしい勢いで抜き取られていく。一飲みごとに冴子の喉が嚥下しているのだ。

 血を飲み続けた。

 冴子は喉を潤す。

 やがて、冴子は牙を引き抜く。

 それと同時に、人狼ワーウルフは膝から崩れ落ちた。

 人狼ワーウルフは身体を痙攣させ、人の姿へと戻っていく。

 冴子は口元の血を手の甲で拭った。

 殺してはいない。

 あくまでも戦うだけの力を奪ったに過ぎない。

「これに懲りたら、もう無茶なナンパはしないことね。私は人間と争うつもりはないの。人間と闇の住人は共存できるわ。お互いに理解して、尊重すればいいだけなのよ」

 そう言って、冴子はその場を立ち去った。

 冴子は吸血鬼ヴァンパイアだ。

 冴子にとって日中外に出れないことはそこまで苦ではなかった。

 なぜなら昼間は昼寝ができるからだ。

 そんな彼女だからこそ、夜に活動し闇の住人のみならず人間との共存を考えた。夜の街を散歩することで、様々な種族と出会い、話をした。

 冴子の散歩は明け方近くまで続く。

「良い散歩だったわ。明日は、どんな住人と会えるかしら?」

 そう呟き、冴子は帰路につく。

 冴子の夜は、こうして終えていた……。

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