第3話 ヒロインさん、世界の真理に触れる
おかーさんは夕方頃に帰ってきた。
私の作った夕飯を食べながら今日の出来事を報告し合う。
「王城は相変わらず華美よねぇ。廊下に飾ってある壺を売ればいくらになることやら。私たち二人が何年生活できることやら」
「……盗んで来ちゃダメだよ?」
「娘からの信頼が厚すぎる……。まぁ会議自体はいつも通りの中身がない話し合いだったんだけど、そのあとリッツが声を掛けてきてねぇ」
リッツさんとはおかーさんの冒険者仲間であり、私は会ったことがないけどよく話題に上る人だ。かつては『勇者』として魔王を討伐したらしい。
「リッツは今『魔法学園』で学園長をやっているんだけどね? アリスちゃんもそろそろ15歳だし、学園に通わせたらどうかって話になったのよ。もちろんアリスちゃんが通いたければだけど」
「魔法学園、ねぇ……」
魔力を持つ貴族の子息子女は必ず通わなければならない学園であり、乙女ゲームの舞台となる場所だ。
正式名称、魔法学園。
この国で魔法を教える学園は一つしかないから、わざわざ『○○魔法学園』的な固有名詞を与える必要がないらしい。
学園の大図書館には興味があるけど、貴族しかいない学園に通う勇気があるかっていると……。いくら前世日本の知識があるとはいえ、十年もこの世界で暮らしていれば身分制度の厳格さと面倒くささは身にしみているものなのだ。
本編の『ヒロインさん』ならそんな身分の壁に負けずに奮闘して、結果を残し、だからこそ攻略対象たちから認められるのだけど……。
「興味ない感じ?」
「うん。魔法ならおかーさんに習えばいいし」
「嬉しいこと言ってくれるわねぇ。まぁアリスちゃんはもう基礎も学び終わっているし、生活魔法の扱いなら私を越えるものね。わざわざ学園に通う必要もないか」
と、おかーさんはニヤニヤとからかうように目元を緩めた。
「今の学園には第一王子と第二王子が在籍しているわよ? 『王子様との身分違いの恋!』には興味ないのかなー?」
「…………」
いや、お母さんが生きていた頃は(そして前世の記憶を思い出す前は)そういう夢物語に憧れてはいたし、遊びに来ていたおかーさんにそういうお話を聞かせてと要求したこともあったけど……。現代日本の知識がある今となっては、王妃なんて絶対無理と断言することができる。
むむぅ、と唸っているとおかーさんはゴメンゴメンと軽い調子で謝ってきた。
「アリスちゃんの方はどうだった?」
「うん。今日は転移魔法について考えていたんだけどね」
「転移魔法ねぇ。問題なく使えているんだからわざわざ研究する必要はないと思うけど……」
「おかーさんみたいな『銀髪』の人は魔力もたくさんあってごり押しできるのかもしれないけど、私みたいな平凡な魔力しかない人は少しでも効率的にしなきゃいけないんだよ。術式の改良ができればもっと多くの人が使えるようになるかもしれないし」
「我が娘ながら、真面目さんよねぇ」
けらけらと笑うおかーさんだけど、馬鹿にしたりはしないし、止めたりもしない。私が好きなように研究するのを邪魔しないでいてくれるのは……とても、とてもありがたいことだった。
そんなおかーさんに対して私は熱弁を振るう。
「今日は視点を変えて、物理学の観点から転移魔法を考えてみたの。理論上は惑星ほどの重さを作り出すことができれば空間を曲げることができるはずなんだけど、個人の魔力ではそんなことは無理に決まっているからね。もうちょっとアプローチの方向を変えてみないと――」
「う~ん、私には物理学とやらはよく分からないのだけど……」
おかーさんは顎に人差し指を当てながら、何でもないことのように、言った。
「無理に物理学とやらに当てはめる必要はないんじゃない?」
「……え?」
「なぜならば! 自然も物理も乗り越えて! 魔力で世界を
自分に酔うように両手を広げるおかーさんだった。
「…………」
自然も、物理も、乗り越えて?
――
…………。
………………。
……………………。
「――
私は椅子から立ち上がり、天に向かって両手を捧げ上げた。神に対して賛美の気持ちを表すかのように。世界に対する感謝を表現するかのように。
「あ、アリスちゃん?」
戸惑うおかーさんに『ごめん、またあとで』と断ってから私は部屋に戻った。今のひらめきを忘れる前に書き留め、さらに検討するために。
「……血のつながりはなくとも、親子って似てしまうものなのかしらね? いや変人なところは似て欲しくなかったけど……」
◇
そうだ。
個人が使える程度の魔力量では物理法則を変えることなどできない。飛行魔法は重力に負けるし、水魔法は大量の水を生成できないし、転移魔法は空間をねじ曲げることなどできない。
――だとしたら、物理法則は変えていないのだ。
物理法則を乗り越えて。
物理法則を
一旦『自分の世界』を作り出してしまえば、その上であればどんなことでもできるはずなのだ。
時間とは途絶えることのない連続したものではなく、静止した時間が積み重なっていくものだという説がある。あたかもパラパラ漫画のように、次々と。
もしも
その上に、ページを一枚……『自分の世界』を積み重ねることもできるはずだ。
積み重ねるにはどうすればいいのか――?
必要な魔力は――?
呪文は、魔法陣は必要なのか――?
そもそも誰が『観測』しているのか――?
どうすれば『世界』を作れるのか――?
分からない。
分からないことだらけだ。
――でも、だからこそ、面白い。
「ふっ、ふふふふふふふふ……っ!」
自分でも気づかぬうちに笑いながら。私は休むことなく机に向かい続けて。
その日はどうやら、気を失うようにして眠りに落ちてしまったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます