急転直下
第32話 プロジェクターを使おう
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
壁にポスターを貼らないのには意味がある。真っ白な壁をスクリーン代わりにするためだ。
棚の一つを空にしてプロジェクターを突っ込み、そこから壁に光を向ける。
「ほら、こうして映せば、小さな画面を一緒に覗かなくていいでしょ?」
セッティングを終えて彼に告げれば、彼は興味深そうにしげしげとスクリーンとプロジェクターを見てにこっと笑った。
「僕としては、小さな画面をくっついて観るのもアリだと思うよ」
「それがよろしくないからアニキがわざわざ持ってきてくれたんでしょうが」
アニキは体格に恵まれていることもあって力持ちであるが、だからといってそれなりに嵩張るプロジェクターを気軽に持ってきてもらってもいいことにはならないだろう。アニキなりに意図があって運んでくれているわけだ、間違いなく。
あきれ口調で返せば、彼は不思議そうに首を傾げた。
「でも、何を観るの? すけべなものを鑑賞しながら、実践する?」
「そうはならんだろ」
ものすごく低い声が出た。
彼は苦笑する。
「こうして投映したら両手が空くことだし、ちょうどいいかなって思っただけなんだけど」
「思っても口に出さないでください」
「口に出さないと、弓弦ちゃんに伝わらないでしょ?」
それはそうだが、そうじゃない。
ツッコミを入れるだけ野暮だと思い至り、私は咳払いをした。
「……とにかく、眠くなるまで映画か何か観ます。神様さんは興味がないなら引っ込んでいていいですよ」
「僕は出たり引っ込んだりはできないよ?」
「布団に潜っていていいってことです」
「弓弦ちゃんが一緒なら布団に入るさ」
とはいえ、神様さんのふかふかの布団からはスクリーン代わりの壁が観にくいから私が入るのは却下である。プロジェクターの意味がないではないか。
私は腕を組んで思案する。
「……何か観たいものでもあるのかい?」
「特にはないんですよねえ。話題になっていた作品を観るのはアリではありますけど、そこまで興味がそそられないというか」
仕事が忙しすぎて、エンタメ情報からすっかり遠のいてしまっていた。テレビがないからドラマを追いかける気が湧かないと同期にこぼせば、最近は配信サービスがあるから見逃してもスマホで見られるよと返されたものの、そこまでして見たいものはやはりないのだ。
そんな限界状態でも頑張って続けてきたのがゲームの推しを愛でることと、アイドルの応援である。
通勤中に音楽は聴けるので、新曲は予約してダウンロードできるようにしておけば、推しアイドルと一緒にいられる。ライブにはちっとも足を運べないでいるが、くじ運は今ひとつな私だ、チケット争奪戦に敗れて配信を購入している有り様だった。決まった時間に決められた場所に行くことが叶いにくい身なので、配信はとてもありがたい。この時代に感謝である。
「――となると、ライブ映像ならアリか?」
推しているアイドルのライブ映像を観るというのは、大画面で拝めることが貴重なのでチャンスではある。ただ、お隣さんのことを思うとあまり大きな音も出せないから悩みどころだ。
「いいんじゃない? らいぶというものを知っておきたいなあ」
「心、読んだんですか?」
私がむすっとして指摘すれば、彼は大袈裟に肩をすくめた。
「弓弦ちゃんが口に出して言ってたよ?」
「む……」
一人暮らしをしていると、独り言に無頓着になる。つまり、無意識に声に出していたのだろう。
神様さんが人差し指を立てて軽く横に振った。
「気になるなら音漏れについては、僕がちょっと頑張ってみるよ」
「そういうこともできるんですか?」
「君が好きなものを知りたいからね。特別に神通力を使うさ」
「それはありがたい申し出ですけど、神様さんの体調は大丈夫なんですか?」
私が尋ねれば、彼は驚いたような顔をして目を瞬かせた。
「ありゃ、そんなに顔色が悪そうに見えるのかい?」
「私が身を委ねたのは神様さんの体調が悪くなっていたからなので、そういう特別な力は気安く使うものじゃないと思うんですよね」
「君が望むことに消費して、また補給できれば僕としてはとても美味しいのだけど」
「……それ、はぐらかすために言ってますよね?」
私が探るように問えば、神様さんは困ったような顔をした。しばらく口篭っていたが、観念したように口を開く。
「……鋭いね」
「私が力を積極的に使わないってわかったから、そういう方向に舵を切ろうってことにしたんですか?」
「そういうわけではないよ」
まだ彼は困っている。
神様さんは、私に気遣われるのは都合が悪いのかな?
彼には彼なりの都合があるのだろう。怪異と人間ではそれぞれの理(ことわり)が違うと思うし。
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