第15話 一昨日の夜のことで
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝食を片付けていると、インターフォンが鳴った。いきなり部屋の前のほうが鳴り響いたのでびっくりして画面を覗くと、警察官風の男女が並んでいる。ちらりと彼を見やって居留守にしようかとも考えたものの、なんの用事なのか気になったので出ることにする。
インターフォン越しに話をうかがうに、一昨日の深夜に起きた傷害事件についての情報提供を求める話と犯人が行方知れずなので外出時には不審者に注意するようにとの案内であった。
ドアを開ける必要はないとのことで話を終えれば彼らは去ってしまう。このアパートの部屋を一軒一軒回っているらしかった。
「一昨日の夜か……」
パトカーの音がうるさいと思ったら、つまりは犯人が逃走中なので警戒しているということらしい。迷惑な話だ。
「物騒だねえ」
黙ってやり取りをうかがっていた彼が話しかけてきた。
「そうですね。外が賑やかな理由がわかってスッキリです」
私が話をしている間に片付けは終わらせてくれたらしい。ダイニングテーブルはちゃんと拭き掃除が終わり、台拭きはいつもの場所に干されている。指示せずともそこまでやれてしまうなんてありがたい。
「お片付けありがとうございます」
「僕も食べているわけだし、当然でしょ」
本当に大したことではないと思っているらしかった。なんでもないようににこりと微笑む。
私は首をわずかに傾げた。
「どうですかね、当然だと思っていない人も多いような。それに、他人にさせるのを嫌う人もいるから、作業を率先してやるってのにも抵抗がある場合があると思うんですよねえ」
うちの母が後者のタイプであり、引き受けてやるからには母とまったく同じようにしないと小言が飛んでくる。それがキツいから家を出たようなところさえあるのだ。
私は思い出してウンザリしながら返した。
「君は僕がやることに対して嫌がっていたり困ったりしている様子はないからね。できそうなことは任せてよ」
「助かります」
いつまでこのサービスが続くのかはわからないと考えつつ、ヘトヘトになっている今だけでも手を貸してもらおうと心に誓う。彼に甘えることに対して精神的な抵抗はあるものの、これだけ実績を重ねられたら断る方が野暮というものだ。
「ところで、一昨日の夜ってことは私、泥酔して帰宅したタイミングですよね」
警察官が話していたことを思い返す。咄嗟には記憶を遡れなかったので、なにか思い出したようなら連絡をしますとだけ伝えておいたが。
私の確認の言葉に、彼は素直に頷いた。
「そうなるね」
「神様さんは何かご存知じゃありませんか?」
「不審者を見ていないかってことかい?」
彼の問いに、私は頷いた。
「私、最寄り駅からここに帰ってくるまでの記憶が曖昧なんです。タクシーが捕まらなくて歩いて帰ることにしたのは覚えているんですけどね」
どこで神様さんを拾ったのかも記憶がない。お気に入りのショルダーバッグは傷がついているし、御守りは失くしているしで、あの夜が散々だったことはうかがい知れるのだけども。
「神様さんはどこで私に拾われたんです?」
「うーん。僕もそれは良く覚えていないんだよねえ」
意外な返答だった。
「唐突に君が話しかけてきて、その君は泥酔していてフラフラでさ。このまま放っておくのはよくないと思って付き添うことにしたんだよね」
「ん? 思っていたくだりと違うんですが」
「そう? で。どうして君がそんなに酔っているのかを聞いたら、付き合っていた相手と別れて寂しいって口説かれて、一晩だけそばにいてほしいって頼まれたんだけど」
おっと、そういう展開なら想像通りと言えなくもないぞ。
「一晩の約束が二晩も居座っていらっしゃいますが」
「そこは些細なことだよ」
「些細じゃないです」
素早く切り返すと、彼は笑った。
「いいじゃない。外は物騒なんだし、男が家にいたほうが都合がいいと思うよ?」
「得体の知れない相手と軟禁生活になっておいて、身の安全が保障されているとはとても思えませんが?」
「もう僕たちはまぐわった後だし、嫌なことはしないよ」
「ま、まぐわっ……」
いや、事実ではある。
私は熱くなった顔を両手で覆って隠した。
「ちゃんと同意はもらったよ? 誘ってきたのは弓弦ちゃんだけど、自暴自棄になっているのも感じられたから、本当に望んでいることなのかは何度もきいたからね」
「その点は疑っていないです……」
連れ帰った相手に無理矢理襲われたわけではないと、そこは記憶が曖昧でも信じられた。自分は被害者であると彼が言い出さなかったことが救いのようにさえ思えて、頭が痛い。
大きく息を吐き出して、私は彼を見た。
「一昨日のことで何か気になることがあれば共有お願いします。犯人が捕まってくれないと、外出できないですからね」
「妖関係を御守りで弾くとしても、人間相手には無効だろうからねえ」
まったくその通りである。この休暇中に解決してほしい。
「まあ、僕がいる間は僕に任せてよ。警護もするからさ」
「警護については不安はないんですが、あなた、すごく目立つと思うんですよ。一緒に歩くのはちょっと……」
「問題ないと思うけどなあ。ま、どうしても外に出なきゃいけなくなったときには期待して」
「そうですね」
このまま会話を続けても不毛なので、私はスマホを手に取って連絡がないか確認する。兄から連絡が来ていてもおかしくないのに、未だなにもない。
「神様さん、私、ちょっとスマホいじってきます。こちらで待っていてください」
「またげぇむかい?」
「ええ」
兄に連絡をしたらデイリーをこなすためにゲームをしようと思っていたので嘘ではない。
「あれは浮気をされてる気分になるからなあ」
「浮気じゃないですし、そもそもあなたとはそういう関係ではないです」
私はそう返して寝室に引っ込んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます