第6話 美味しいブランチをあなたと



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 家の鍵をかけて振り向くと、彼は紙袋の中身をダイニングテーブルに並べていた。


「作戦会議は終わったのかい?」


 彼はこちらを見ずに尋ねた。私は彼の隣に並ぶ。


「状況報告だけですよ。アニキは一般人ですから」

「その口ぶりだと、君のまわりには一般人じゃない人間もいるってことかな」


 シリアスな口調で告げた彼は、私を探るように見据えた。

 私は肩をすくめる。


「そうですね。あなたに張り合えるかはわかりませんが」

「僕は争いごとはしたくないなあ」


 にこっと笑うが、口元は笑っているように感じない。威圧。ゾクっとする。


「私から手を引けば済む話ですよ」

「君が僕に堕ちてくれれば問題ないんじゃない?」


 誘惑するような視線。私は彼から咄嗟に目を逸らした。


「やっぱり神様じゃなくて悪魔の類じゃないですか」

「君がそう思うなら、それでいいよ。この地域でいう神様って、畏怖される存在の総称みたいなところがあるし」

「畏れられていたんですか?」

「その辺のこともうっすらとしちゃっているからなんとも言えないかな」


 はぐらかされたような気持ちになったが、あまり触れてもいい内容でもない気がして口をつぐむ。彼の正体を探るのは食事を済ませてからにしよう。


「ところで、ざっと見たところ二人前あるような気がするんだけど、二食分ってことかい?」

「一人で食べられないこともないですけど、私だけ食事をするのは気が引けたので形だけでも、と。無理して食べなくていいですよ。オヤツにしますから」


 そう答えると、彼はなるほどと頷いて椅子の前に並べていたバケットサンドとコーヒーフロートの一人前を椅子の反対側に置いた。


「もう一脚、椅子はあるので出しますね」

「自分で出すよ。さっき見かけたから」


 掃除の際に見つけていたのだろう。彼は私が説明せずともパントリーから折り畳み椅子を取り出し自分で組み立てた。服を出すみたいに椅子も出すんじゃないかと期待した自分が恥ずかしい。


「じっと見つめてるけどどうかしたかい? なにか間違ってた?」


 ふふ、と妖しく笑うので私は慌てて首を横に振って着席した。ついつい見すぎてしまったと反省する。


「ああ、いえ。すごく自然に椅子を出されたので」

「前の男は君が用意しないと椅子も出せない男だったのかな」

「出せなくはないですけど、私がもてなすことが多かったので」


 彼は不思議そうな顔をして私の正面に着席した。

 元カレことケイスケもこの部屋を訪ねてくることがしばしばあったので、二人で食べられるように家具を配置している。だが、当然のように彼に正面に座られると、なんとなく気まずい。そこしか座れないから位置は正しいのだけど。


「ふぅん。僕は神様を名乗っているけど、自分のことは自分でしたい神様なんだよ」

「別に、神様が誰かの手を借りることを常によしとしているとは思っていないです。神様かどうかというより、あなたみたいなイケメンがそういう庶民じみたことをしていることに違和感を覚えるといいますか……」


 私がモニョモニョと返すと、彼はあはっと屈託なく笑った。


「なんだ。見た目の話かあ。君の言ういけめんだって、自分のことは自分ですると思うよ。人間なんだからさ」

「それはまあ、そうでしょうけど。イメージの話です、イメージの」


 そう答えて、私はごまかすように手を合わせていただきますをした。彼も真似をするように手を合わせていただきますを言う。なんか面白い。


「僕も食べていいのかい?」

「苦手なものとか禁忌がないならどうぞ。ちなみに、肉に見えるのは大豆なので殺生はしていないです」

「それって僕に気をつかってる?」

「いえ。流行りなのと、私の好みですね。人気のお店の一番メニューなんですよ、このバケットサンド」


 簡単に説明して、私は大きな口で頬張った。たっぷりの野菜と大豆から作られた擬似肉、パリパリのバケットが口に入ると、それらを引き立てるドレッシングの味が広がる。美味しい。


「ふふふ」

「な、なんですか」

「すごく幸せそうな顔をしてるから」


 柔らかく微笑まれるとちょっと照れくさい。なんだ、この感情。


「お腹が空いていたんです。好物なんですよ」

「そうなんだろうなあって思った。お兄さんのことも大好きなんだね」


 私は食べる手を止めて彼を睨む。

 彼は朗らかな表情をしていて、何かを企んでいるような気配はない。だが、相手は神様だ。油断ならない。


「アニキに手を出さないでくださいよ?」

「しないよ。君を悲しませるのは本望じゃないからね」

「それならいいんですけど」


 単純な感想だったのだろうか。そう考えるのは早計な気はしたが、まずは腹ごしらえだと割り切ることにする。

 彼も見ているのに飽きたのだろう。おもむろにバケットサンドを手に取って、大きな口で頬張った。バケットからバリっといい音がする。


「んー。なるほど、こういうのが君の好みなんだね。食べにくいけど」

「多少パン屑がこぼれますけど、落ちるくらいバリバリなのが美味しいんですよ」

「そっかぁ。ふふ。君のことが少し知れて嬉しいな」


 彼は嬉しそうに笑って、バケットサンドをもう一口食べた。バケットからはみ出した具材をうまい具合に押し込んで落とさずに食べている。器用だ。

 美味しそうに食べるなあ。

 見ていて気持ちがいい。一緒に食べるなら、私が好きなものに興味を持ってくれる人がいいと思う。どうも彼は人間じゃないらしいが。

 私は胸があたたかくなるのを感じながら、バケットサンドを夢中で食べた。

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