第33話 狼煙 

 いつ起こるかわからない付喪神の反乱―――


 自爆による大火の危機を防ぐため、日夜警備を強める警察や消防と清瀬達の疲労がピークとなった頃、計ったかのように。


 ドゥオーン ドドン!


 東京の夜は太鼓の振動に揺さぶり起こされた。


「始まったようですね」


 式神の鴉、慧紀けいきを呼び出しその背に乗った一聖が手を差し出す。


「清瀬、行きますよ」

「おお」


 狼煙を上げる前に説得することが出来れば……そんな願いを抱いて空を舞う。


 楽の音は更に増え、円を描くようにピーヒャラドンドンと広がっていく。


 寝ぼけ眼の人々が驚いたように家々から顔を出し、音の理由を探し始めていた。


 東京はもともと湿地を整え人が住めるようにした場所。海へと続く平たい大地に、今ではたくさんの家屋が立ち並び、人々が生活している。


 それを見渡せる眺めの良いところと言えば『愛宕山』。一聖と清瀬はそう当たりをつけていたのだが……いくら探してもそれらしき兆候は見つけられなかった。

 既に愛宕神社の周辺には人員の配置も済ませてあったので、見落とす可能性も少ないはず。


「おかしいですね。狼煙と言えばと、相場が決まっているのですがね」

「うーん」


 唸っていた清瀬が「旦那様」と呟いた。


「何か思い付きましたか」

「もしかしたら……いや、あり得ないとは思うんだけどな」

「何でも言ってみてください」

「八重洲町にある警視庁消防署の火の見櫓の屋根の上……なんて、な」

「それは! あまりにも大胆不敵な挑発ですが、あり得ないとは言い切れませんね。早速行ってみましょう。慧紀けいき、お願いします」



「ありゃ、見つかっちゃった」


 火の見櫓の屋根の上で膝を抱えて頬杖をついていたのは、銀髪をなびかせた少年姿の付喪神。


「御苦労様なことだね」 


 ふんと鼻で笑った。


「『つむじ風』ですね」

「ああ、そうだよ」


 真正面から問う一聖も大概だが、馬鹿正直に答えるつむじ風も根はいい奴なのだろうな、と清瀬は思った。


「狼煙を上げて帝都を火の海にする計画、止めて頂けないでしょうか。ここにはたくさんの人間だけでなく、妖や霊、そして貴方の仲間の付喪神が暮らしています。仲間を危険に晒してまで伝えたいことがあるのでしたら、私に話して貰えないでしょうか。こう見えて、それなりに術も使えて話もわかるいい奴ですよ」


 一聖の自己紹介に、大きく頷く清瀬。


「旦那様が温かい奴だって事は、私が保証する。なんならこの命かけてもいい」

「清瀬!」

「あっ」


 不味い。この言葉は『抱き枕の刑』案件だった……


 慌てて口を噤む。


「なんだよ。夫婦漫才かよ。つまんね」


 一方の銀髪少年は、呆れたように口の端をあげる。


「でもまあ……こんなところまでわざわざ話を聞きに来てくれたんだからさ。ちょっとは気持ちに応えてやらねぇとな」

「ありがとうございます」

「ありがとう」


「別に。ただ、ちゃんと言葉にしないと伝わらないこともあるのかなって、思ってさ」


「ああ、そのとおりだ。心を込めて聞くからな」


 清瀬の言葉に、またふんと笑った少年だったが、ふいに寂しそうに目を伏せた。


「俺はこいつの付喪神さ」


 懐から取り出したのは、黒く煤けてぼろぼろになってしまった紙で作られた風車だった。

 

「祭りの屋台で売られていた安い風車。特別に綺麗でも、何の役に立つわけでもない俺が、こんな付喪神にまでなれたのは何故だと思う?」


「大切にしてくれる人がいるんだろ」


「ああ、大切に大切にしてくれたんだ。まるで、この世で唯一無二の存在であるかのようにな」

「大切にしてくれた……その方はもう、亡くなってしまったんですね」


 一聖の言葉にくしゃりと顔を歪めたつむじ風がぽつりと呟く。


「ああ、十年前の大火の時にな。何で俺だけ生き残ったのかわからない」

「それは、悲しいですね」


「それだけお前を大切に思っていたということだろ」


 熱い思いのこもった清瀬の瞳を真っ直ぐに見返しながら、彼は「そうだよ」と頷いた。


「貧しい家族だったよ。今日食べる飯も危ういくらい。祭りの日、兄弟は饅頭を我慢して俺を買ってくれたのさ。妹が泣いたから。俺の事を欲しいと言ってね」


「優しい家族だったんだな」

「ああ。買ってからも大切にしてくれたよ。まるで宝物みたいにさ」

「だったら、その命、これからも大切にしたほうが」


「俺だって、そう思っていたさ。家族の思いで生かされているんだったら、自分の事を誇りに思っていいんだなって。でも」


 つむじ風は懐に風車を戻すと吐き捨てるように言った。


「近頃の連中ときたら、簡単に物を捨てるんだよね。古い、遅れているってさ」

「欧化政策のせいで人々の生活が大きく変わってきているのは確かですね」


「ああ、そのせいか。今までは、やれみやびいきだと褒め称えていた物を、手の平を返したように、洒落てないとか時代遅れとか言い始めてさ。勝手だよね」


「面目ない。それは確かに、私達人間の配慮と感謝が足りていませんでしたね」


 我がこととして頭を下げた一聖。共に頭を下げる清瀬。


 そんな二人の姿に、またふんと鼻を鳴らすと「まあ、俺だってわかっているんだよ。本当はさ」と言って先を続けた。


「古い物が見捨てられ移り変わっていく。それは仕方がない。世の中便利な方へ流れていくものだからさ。だから、俺たちが怒っているのはそこじゃ無くて、さっきあんたが言ったみたいにさ、大切に作って大切に使う、そんな気持ちが薄くなっていってることが問題だと思うんだよ。こんなんじゃ、この先、もう付喪神は生まれてこれないだろうね」


「それは……」


 そんな彼の悲しい予想を、否定する事が出来なかった。


「なら忘れ去られる前に一花咲かせてやろうってさ。みんなと話していたんだよ。俺達の力で夜空を真っ赤に染めて終わりにしようってね」


「弔いの火、なのですね」

「そ、お兄さん、やっぱり話がわかる人で良かったよ」

「そんな、自らを弔うなんて、悲しいこと言うなよ。いずれ時が来たら私達がちゃんと弔うから」

「へー、お姉さんも俺達の供養をしてくれるんだね」

「ああ、約束する。だから」


「二人が良い人たちで助かったよ。じゃあ、後のこと、任せられるね」


 少年はトンと屋根の外へ飛び出した。


「俺はもう、あいつらのところに行きたいんだ」

「待ってください!」

「待て!」


 引き止める言葉は瞬時に術へと変わる。


れい!」

「雪花の舞!」


 だが、一気に燃え散ったつむじ風の身体を救う事は出来なかった。


 油断した……


 ショックと後悔に固まる清瀬。


 彼を救えなかった―――


 そんな気持ちに向き合う間もなく、事態は最悪へと転がり始めた。


 狼煙が上がってしまった!


 地上では次々と火の手が上がり半鐘が激しく叩かれた。人々が恐怖の叫びをあげて逃げ惑っている。


 くそっ、防げなかった!


 


 


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