第4話 訓練したの、私以外のヤツと……

 俺とノアが転入してきてから一月ほどが経過した。

 この時間を使い、校内や周辺地域は一通り探索し終えた。

 が、原作主人公と思しき人物を発見することはできなかった。


 俺は師匠の言葉を思い出す。


「この世界は既に正史から外れておる。じゃから、わしの伝える展開通りに全てが進むとは考えない方がよいじゃろう。そもそも、わしも転生前の記憶を完璧に持っとるわけではないからの。特に、原作主人公は未知数な部分が大きい。気を付けるのじゃぞ」


 現状を考えるに、師匠の懸念が当たったと見て間違いないだろう。

 全ての学生を検証した以上、この学園には原作主人公が存在しないと考えるのが普通なのだが……。

 どうも何かが引っかかる。


 師匠が言っていた。


「よいか、ライトよ。二次元派であったわしは長年知らなかったのじゃが、実は『くぱぁ♡』という音は現実では鳴らないのじゃ」


 と。


 つまり、思い込みには気を付けなければならないということだ。

 俺は、何か大きなものを見落としてしまっているような気がしてならない。


 ノアにも相談してみたのだが、


「ライト、糞童貞の言葉を深読みしないで。あいつきっと病気なんだよ」


 と、軽く流されてしまった。


 解せん。

 ノアには今度、師匠の叡智を俺がまとめた本。

 通称「叡智本」を読み聞かせてやる必要がありそうだ。


 俺は一抹の懸念を抱えながら、今日も学園生活を過ごすのだった。





 昼休み。

 俺はイルゼと食堂で昼食を食べていた。

 イルゼには初対面で迷惑をかけたものの、気づけば行動をともにするような仲になっていた。

 こういった関係性を友達というのだろう。

 友達ができたのは初めてなので、俺はとても嬉しかった。


「それにしても、ライト君ってほんと不思議だよね」


「どういうことだ?」


 正面に座ったイルゼが俺に話かける。


「体術や剣術は驚くほど凄いのに、魔法がからっきしなんだもん。知識も技術も最低限。身体強化すら満足にできない人なんて、学園では初めてみたよ。それじゃあ力で押されて負けちゃうでしょう?」


「そういうものか?」


「そういうものだよ。師匠とかいう人に魔法は習わなかったの?」


「魔法か……。一度師匠に魔力操作を教わったことがあるが、才能がないと言われた」


「そうなの!? 惜しいなぁ。ライト君に魔法の才能があったら絶対に選抜クラスに入れてたのに」


 イルゼは自分のことのように悔しがっている。

 なんていいやつなんだろう。

 この一ヶ月を通して、俺はイルゼのことがかなり好きになっていた。

 もっと仲良くなりたいと思う。

 けれど、肝心の方法が分からない。

 師匠から子供の作り方は教わったが、友達の作り方は教わらなかった。

 なので、取り敢えず素直に気持ちを伝えることにした。


「イルゼ、かなり好きだ」


「ン゛ブッ!?」


 「ゲホゲホ」とイルゼはむせかえる。

 それと同時に、周囲が少しざわつき始めた。


「あれが例の――」

「やっぱりそういう関係なんだ……」

「ライイル尊い」

「もうヤることヤったって話しも――」


 そんな中、イルゼが真っ赤な顔でどなりつけてきた。


「ななななにを言い出すのさ!? 急に!! 僕をからかってるの? 君がいつもそんなだから変な噂が流れてこっちは大変なんだからね!? 僕だって怒るときは怒るんだから!!」


 どうやら何かを間違えたらしい。


「すまない。友達ができたのは初めてで、勝手が分からないんだ。不快にさせたのなら謝る。俺はただ、イルゼともっと仲を深めたかっただけなんだ」


 ざわざわ。


「仲を深める(意味深)」

「いや、仲を深める(直球)でしょ」

「どちらも同じ意味では?」


 再び周囲がざわつき出したが無視する。

 今はイルゼが最優先だ。


「うぅーー。まったくもう! 君ってやつは……。変に素直だから怒るに怒れないんだよなぁ」


 イルゼはうーうーと唸っていた。


「はぁ……、ライト君。まさかとは思うけど、こういうことをポンポンと女の子に言ってないよね?」


 イルゼはジト目で見つめてくる。


「ん? そんなことをした覚えはないな。さっきみたいなのは、イルゼにしか言ったことないよ」


「う゛っ! あーー、落ち着け。落ち着くんだ僕。友達として、友達として言ってるだけなんだから」


 イルゼは両手をパタパタとさせて顔を仰いでいる。


「ふぅ。とにかく、違うなら違うでいいんだけどさ。どうやら僕とのあれこれ以外にも、ライト君についての噂が流れているみたいで」


「あれこれ?」


「そこはいいのっ! あえてぼかしたんだから掘り返さないでよ」


 頬を膨らませたイルゼからは、プンプンという擬音が聞こえてきそうだ。


「ちゃんと聞いててよ。曰く、転入生は出会う女性を片っ端から『どしたん? 話聞こか?』で宿屋へ連れ込むヤリチン野郎だとか」


「なんだと?」


 想定外の話に驚く。


「どうしてこんな噂が流れたんだろう。失礼しちゃうよね」


 イルゼは不満げだ。


 話の出どころ。

 一つ心当たりがあった。


「イルゼ、少し席を外す」


「うん? 分かった」


 イルゼに声をかけて席を立つ。

 向かうは人目に付かない廊下の隅。

 そして、パスを通じて念話をつなぐ。


「ノア、聞こえるか?」


「ん。バッチリ。どうしたの? 私が恋しくなった? おっぱい揉む?」


「揉まない。ノア、単刀直入に聞く。俺がヤリチンだという噂を流したな?」


「……」


 奇妙な間が空く。


「し、知らない」


 そう答えたノアの声は若干震えていた。


 やはりか。


「嘘をつくな。どうしてそんなことをした」


「だって、そうでもしないとあのクソビッチがライトの所に突撃しそうだったんだもん! ライトだって今バレたら困るでしょう?」


「それとこれとは話が別だ。純愛厨たる俺がヤリチン呼ばわりされたとあっては師匠に示しがつかん。師匠が言っていた。『わしが前世で童貞だったのは、ヤリチンとかいう人類悪がおったせいなのじゃ』と」


「いや、それはどう考えてもジジイの実力不足――」


「ノア」


「うっ。で、でもぉ……」


 語気を強めたが、それでもノアは食い下がる。

 どうしたものか。

 俺は考える。

 どうも、最近のノアには少し暴走気味なところがある。

 出会った当初の、全てに絶望したような状態と比べれば遥かにいいが、それにも限度がある。

 主として教育する必要がありそうだ。


「ノア、反省する気がないのなら『お仕置き』するぞ」


「っ!?」


 ノアの様子が一変する。


「ライト? 私を殺す気? 冗談――だよね?」


「そう聞こえるか?」


 今回の俺は本気である。

 あの日ノアの主になると決めた以上、俺にはノアを真っ当に育てる義務がある。

 「童貞でも分かる子育て(全72巻)」を読破した俺に隙はない。

 時には厳しく向き合う必要があるのだと、俺は知っている。


「ひぃっ!? ごめんなさい! 謝る。二度と変な噂は流さない。許してっ! お仕置きは嫌だお仕置きは嫌だお仕置きは嫌だ――」


 よっぽどお仕置きが嫌だったようだ。

 少しビビらせ過ぎた気もするが、きちんと反省したようなのでよしとしよう。

 個人的にはいい訓練にもなるからそこまで怖がらなくていいと思うのだが。

 昔、俺もよく師匠にやられたものだ。

 当時の弱かった俺は、生死の境を彷徨い、生きて戻って来る度に成長を感じられて感動したものだ。


「HENTAIの価値観に私を巻き込まないで」


「よせ、そんなに褒めるな」


「……、私の愛する人がイかれてる件について」


 ノアは何故か気落ちしていた。

 追及しようかとも思ったが、今の俺は友達を待たせている。

 イルゼの元へと戻るため、念話を切ることにした。


「ライト君、なんだか疲れてる?」


 席に戻った俺を、イルゼはじっと見つめている。


「ああ、少しな。学園生活というものは、想像以上に大変なんだな」


 俺は集団生活の厳しさを身に染みて感じたのだった。





 その日の夜。

 俺は訓練場に残ってイルゼの剣術の鍛錬に付き合っていた。


「はぁーー、疲れた」


 最後の模擬戦を終え、イルゼは地面に倒れ込む。


「ライト君、遅くまで付き合ってくれてありがとう」


「気にするな。俺もいい刺激になった」


 技術とは、使わなければ衰えていくもの。

 最近は体術ばかり使っていたからイルゼの頼みは渡りに船だった。


 俺はイルゼの隣に座る。


「なあ、イルゼ。一つ聞いてもいいか?」


「なに?」


「イルゼは、どうして強くなりたいんだ?」


 ずっと、気になっていた。

 諦めの空気が蔓延するクラスで、どうして折れないのか。

 周囲が退廃的な同調圧力に飲まれる中、何故一人で頑張り続けられるのか。

 その原動力の正体を、俺は知りたかった。


「どうして……か」


 イルゼは少し間を置いて、


「僕はね、魔王を殺したいんだ。何があろうと、絶対に」


 そう答えた。


 魔王か。

 予想していた答えの一つではあった。

 何を隠そう、俺も同じ目標を持っているのだから。

 魔王に人生を狂わされたものは多い。

 多くの人が何かを失い、魔王を恨んでいる。


「じゃあ、イルゼが鍛えているのは魔王を殺すためか?」


「いや、僕のこれは保険だよ。もちろん僕が魔王を殺せるのなら文句ないけど、別に僕じゃなくてもかまわないんだ。一番の狙いは、僕が強くなることじゃない」


「じゃあ、一番の狙いというのは?」


「それは、うーんと……まあライト君にならいいか。これ、他の人に内緒だよっ」


 イルゼはいたずらっぽく笑いかける。


「この学園に来た、そもそもの目的。僕にはね、果たさなければならない使命があるんだ。僕は、ある人物を探し続けている」


「ある人物?」


「そう。加護という隔絶された力と、強い心を持つ選ばれし救世主。僕は、なんとしてもその人を見つけ出さなければならない」


 イルゼの瞳からは強い意志を感じる。


「イルゼの探しているある人物というのは、勇者のことではないのか? 今言っていた条件は全て満たしているように思うんだが」


「僕も最初はそう思ってた。でもね、違うんだよ。彼女ではない。なんとなく、そう感じるんだ。どうしてか分からないんだけど、彼女が勝てる未来を想像できないんだ。おかしいよね。彼女は人類の希望で勇者なのに……」


 イルゼは自嘲気味に笑う。

 一方で、俺は内心とても驚いていた。

 イルゼは「オリビアの勝てる未来が見えない」と言った。

 それは、俺や師匠にとっては当たり前の常識だ。

 この世界エロゲはそういう風にできている。

 けれど、この世界に生きるものの思考としては

 こんな考えを理解できるのは、師匠のような外界の人間か俺のような正史から大きくズレたバグだけ。


「イルゼ、お前は一体――」


「って、ごめんね! いきなり変な話しちゃって」


 イルゼは沈んだ空気を変えるように明るく振る舞う。


「あーあ、ライト君が救世主だったらよかったのになー」


 冗談交じりの口調で軽口を飛ばす。

 けれど俺には、もうそれがただの軽口には聞こえなかった。

 だから、俺も努めて真剣に答える。


「悪いがそれは無理な相談だ。俺はイルゼの言う条件を満たしていない。俺ではからな」


「うん……――そうだね。それが、世界の約束ルールだもんね」


 イルゼはどこかやりきれないという表情で、夜空を見上げている。


「だが、一つ言えることがある」


「え?」


「イルゼが探している救世主とやらが見つかろうが見つからまいが、魔王は必ず滅ぼそう。俺がそう導く」


「ライト君……」


 俺はイルゼの瞳をじっと見つめる。

 そして、


「俺は純愛で世界を救う。そのために、俺はここに来た」


 そう宣言した。


「――ふふふっ、あははっ! まったく君は、ほんとうに不思議な人だね。その言葉も師匠の受け売り?」


「いや、これは俺のオリジナルだ」


「そっか、うん。なんでかな、ライト君ならできる気がするよ」


 そう言って、イルゼは微笑むのだった。

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