美煌戦姫〜美を極める学園で勃発する少女たちの美戦〜

こばや

第1話 いってきます

「天にまします我らの母よ。今日も我らに永遠の輝きたる美の一欠片を恵みたもう。そしてどうか、明日も美しき日々でありますよう」


 目覚めと共に、私───リノ・グラッセはいつもの口上を声に出した。

 今日が平和であること。昨日が平和であったこと。そして明日も平和で美しい世界であることに感謝を込めて、母たる女神様を模した天井のステンドグラスに気持ちを込める。

 眩しい朝日に照らされた女神様は、蒼く、紅く、そして琥珀。際限なく一つの色に留まることを知らない母の姿に、無限の美を感じずにはいられない。

 美の象徴たる女神様の一柱、ネーベル様が目の前にいるのだからその通りなのだけれども。


「っと、今日はのんびりしてる場合じゃなかった! せっかくの大事な日なのに遅刻しちゃう!!」


 ふとステンドグラスから視線を下ろしてみれば、壁掛け時計。短針が真下からやや左へ傾いて、現在時刻を教えてくれる。

 おおよそ、七時を少し過ぎた頃。いつもなら、女神ネーベル様に感謝の言葉を述べながら夢の世界へといざなわれるところなのだけれど、あいにく今日からはそういうわけにもいかない。


「ひぅん! こういうときに限って、寝癖がすごいのやめてほしいなぁ!」


 鏡の前にはいつものちょっぴりだらしない私。けれど、もうおさらばしないと。

 これからの日々に、だらしなさは命取りだ。

 そう言い訳しながら、洗面台の前でぴょこんと主張する黒い前髪に水分補給させて落ち着かせていく。

 ついでに乾燥した肌に潤いを与える。ぱしゃぱしゃと水を跳ねさせながら、少しずつ美しさの土台の準備。

 私はいわゆる、平凡だ。美しさが秀でているわけでもなければ、美形手術を受けるほどでもない。本当に平凡なのがこの私、リノ・グラッセなのだ。


「……うん、よし」


 湿った髪にドライヤーをかけて、黒に艶色を出していく。たったこれだけでも美しさが高まる。

 けれど、まだ。まだ求めている美しさには届かない。

 けれど、そんなのは百も承知。だって私は平凡なのだから。美しさ際立つ人たちに近づくには相当数の時間や手間がかかるだけのこと。

 それが私の場合は、両方必要っていうだけ。


「ファンデーションに、とっておきの香水とヘアオイル。あとは───」


 人によっては、手当たり次第と思われるかもしれない。ゴテゴテと上塗りをして、はしたないと思われるかもしれない。

 けれど、私はやめない。美しさを演出したいし、もっと美しくありたいと強く思う。たとえ作り上げた美しさであろうとも、自分が満足していればそれでいい。

 そして最後に、装飾棚で大事にしまっていたペンダントを首にかける。


「───やっぱり、私には綺麗すぎるかな」


 蒼。紅。琥珀。天井のステンドグラスと同じ輝き方を魅せる虹色ペンダントに、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 平凡な自分にはあまりにも不釣り合いな輝きに、つい自虐的な言葉を口にしてしまう。

 だけど、決して首から外そうとは思わない。手に触れることはしても、体から離そうとは思わない。

 これは一つの決意なのだから。

 必ずこのペンダントに相応しい美しさを極めてみせるという、揺るぎない決意。

 大丈夫。きっとペンダントに相応しい美しい私になれるはず。


「いってきます、ネーベル様。美しくなって、あなたの元に戻ってきますね」


 なぜなら、今日から私は国際美立ヴァルガント学園の生徒なのだから。








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