#28 面倒くさい女
驚くことに、陳晞の要領を得ない話を聞いて、許浩瑜はすぐに現状を受け入れた。
時間の能力も、彼女たちが遭遇した危険な状況も、小さな女の子の顔はまるですでに読んでいたかのようだ。
記憶が巻き戻されて、既に存在しないその時間を失ったというのに、許浩瑜は何ともない様子だった。挙句にうなずいた後に、気を逸らしてアイスクリームを食べている林又夏に「馬鹿なら歯もしみないのかな?」と聞いた。
陳晞は自分の体に寄りかかって、許浩瑜の言葉にムカついて跳び上がった人を宥めて「あの、もしかしてこれが冗談だと思っている?」と言った。
「あいつ」許浩瑜は人差し指で前を二回指した。その先を見ると、そこには目を細めて許浩瑜を睨んでいる林又夏がいる。「あなたより先にそういう変な話をしてたよ」と許浩瑜は言った。
この二人は仲良くなったと思ったが、どうやらそうではないようだ。
陳晞は苦笑いして、少し前に自分のために入れたオレンジジュースを取って、口に付けようとしたときに既に半分しか残ってないことに驚いた。振り向くと林又夏が笑顔で彼女に向かって舌を出してた。
すでに閉店時間なので、かき氷屋に他の客はいない。店長も陳晞が片付けを始めたら、見合いに出かけている。これは彼女たちが小声で話す必要がない理由である。
「なら、この計画はやめるしかないね」許浩瑜はそう言いながらノートの一行に打ち消し線を引いた。
「陳晞、見てよ」変顔と言える笑顔を見せて、林又夏は隣にいる人の服を引っ張って「危うく私を死なせた人が落ち込んだ顔をしてるよ」と言った。
顔に呆れた表情を見せた陳晞は、机の下で自分の制服を引っ張っている小さな手を握って、「まだ他の計画があるというのか?」とアイスの最後の一口を食べている許浩瑜に言った。
『時間』そのものに近い人の傍でこれを考えるのも変な話だが、彼女たちに残された時間は多くないということは、陳晞にはわかっていた。
許浩瑜の能力の可視範囲は二年ぐらいで、一番近い未来が優先に見える。林又夏の話によると、林又夏はとっくに『闇』に絡まれた。これが林又夏の未来が真っ暗に見える理由かもしれない。
陳晞の予想によると、自分の未来が入学式の時点まだはっきりと見えている理由は、多分許浩瑜はその後を見ようとしなかったからだろう。
全ての能力には制限がある。『未来』の能力者が見られるのは断片的なシーンで、細かいところは見えない。ちゃんと手順を踏んで能力を発動しているわけじゃないのなら、見えるものはもっと簡略になる。
魔法使いとして、いくら魔力があっても、ずっと手順を踏んで能力を発動しているわけじゃない。加えて許浩瑜の身には制約もある。適当に使うと、体に対する負担が積み重なると馬鹿にできない。
「もちろん」許浩瑜は得意げにノートを陳晞に渡して「私はあの馬鹿じゃあるまいし」と言った。
「ちょっと!」
ノートを受け取り、目に入ったのは整った筆跡だ。ページ上部にある見ると頭が痒くなる樹形図とマインドマップを無視して、陳晞は意識を下に書いてある結論に集中した。打ち消し線を引かれたあの行以外にも、まだ二、三個の選択肢がある。
「どうやらその出版社を訪ねるべきね」林又夏は隣で言った。「あの朝に見た自分の未来を思い出せるのか?」
小さな女の子は首を振って「できるわけないでしょ。あの時間は私にとっては存在しない時間だよ?」と返した。
林又夏の話によると、あの日の許浩瑜は捕まえられないことに対して自信満々のようだった。
彼女たちがあの日にしたのは犯罪行為だった。許浩瑜の性格からして、先に能力を使ってその結果を確認しないなんてあり得ない。たとえ制約のせいで予知の内容を言えなくても、危険があるとわかれば、そのような無謀な行動を取るわけがなかった。
では許浩瑜は一体何を見たか?当人が目の前にいても答えは出てこなかった。これに対して陳晞はもどかしく感じた。
「存在しないか……」林又夏は椅子の背もたれに寄りかかって何かを考えているようで、その右手は自分の太ももに置いてある陳晞の指をいじっている。
そう言うのも間違いはない。あの日起きてから、陳晞は林又夏に弓袋と他の持ち物がどこにあるか確認したが、見かけないという答えが返ってきた。よく探すと、それらは全部家にあって、陳晞に持ち出される前の状態だった。
彼女たち二人は他の人や物より、今では存在しない五時間を体験した。
五時間でも五日でも、五か月でも五年でも、陳晞は林又夏がその時間を巻き戻すことができると信じている。故に、林又夏に『エターナル』を求めることも、理解できなくもない。
何せ『時間』は文献に記されていない能力で、言い換えればそれだけ強力だ。林又夏の横顔を見て、どう考えても、陳晞にはこの女の子にそんな力を持っているとは考えにくい。
エターナルは林又夏にとってなんなのか?もし年が取ったら、時間を今この時に巻き戻せば、それも一種の永遠と言えるのだろうか?彼女は思わずそう考えている。
「どうしたの?」視線を感じて頭を振り向いた林又夏の動きで、その茶色の長い髪は彼女の肩から垂れてきた。
陳晞は首を振って「なんでもないよ」と言った。
「あのさ」許浩瑜はスプーンを持って空中で振り回して「公衆の場でイチャイチャしないでくれる?」と言った。
「あっ……」
気まずい雰囲気を改善するため、陳晞は慌てて立ち上がった。手伝おうとする林又夏に手を振って断り、一人でテーブルにある空の碗とグラスをカウンターの裏側に仕舞った。
あの日の自主練以降、彼女たちの距離はかなり縮まった。近すぎるぐらいにだ。だが陳晞はどう断ればいいのかわからない。
実を言うと陳晞も別にそんなに断りたいわけでもない。
確かに陳晞は自分が林又夏に対して友達以上の興味が湧いたことを認めるが、そのことを当事者に話したことはない。変に聞こえるかもしれないが、陳晞が林又夏に直接『あなたに興味がある』と言うのは無理の話だ。
どうせ林又夏からあんなことをしてくるってことは、心当たりはあるってことだよね?陳晞は食器を洗いながら考えていて、先に座っていたテーブルの方から女の子が喧嘩する声が微かに聞こえる。
それに、周りの人も二人の距離感に少し驚いている。
二人はそれぞれ機械使いと魔法使いだから、学校では必修科目以外、彼女たちは違う授業でよく分かれる。普通は休み時間になるとすぐに次の教室に向かわないといけない。これも前に陳晞が先輩たちに自分と林又夏の関係を説明しなくて済むもっともな理由である。
あの日以降、林又夏はいつも最後の一秒まで陳晞がいる教室に居座る。一緒にいられるなら、林又夏は全力で陳晞にへばりつく。そのせいで陳晞は偶に、クラスの男子から自分を見る目に敵意が増してきた気がする。
意外にも陳晞はそれが嫌いではない。
食器を拭いて、少し流し台の台面を片づけると、陳晞は席に戻って、じっと許浩瑜を睨んでいる林又夏が見えた。
「今度はどうしたの?」陳晞は苦笑いして「何話してるの?」と聞く。
「このちびと話したりなんかしてない!」
「この馬鹿と話したりなんかしてない」
どうやらこの三人がお互いの関係を整理する道のりは、まだまだ長いのだ。
※
ドライヤーの周りの青い光点が消えた後、うるさい音も一緒に止まった。これは陳晞が少しアップデートしたモデルだ。動かすのに必要な魔力量はかなり減って、魔力残量を気にしなくていい林又夏でもその点をはっきりと感じた。
ベッドにあぐらをかいている林又夏は、手に持ったドライヤーのかわりに櫛に取って、少しずつ目の前にいる人の黒い髪を梳かしている。
「本当に髪質が良いね」
「そう?」ベッドの縁に座っている陳晞は無意識に自分の前髪を見上げて「短くしようかと考えたんだよな」と言った。
「え?どうして?」林又夏は手を止めて、声は少し驚いているように聞こえて「何かあったのか?」と聞いた。
『失恋した』という冗談を言うつもりだったが、後ろにいる人に対してその冗談を言うべきではないことは明らかだった。陳晞は喉まで出た言葉を飲み込んで首を振った。
「ただそうすれば部活の時は、もう少し楽になるのかなって」
安全のため、部活の規則で行射する時は髪をまとめなければいけない。ただこれも陳晞の言い訳でしかない。暑いのが苦手な彼女はかなり前から髪を短くしようと思っている。夏の初めからそんな考えはあったが、今はもう秋も近いのに、未だに実行せずにいた。
自分の黒いストレートヘアよりも、陳晞は林又夏の髪のほうが綺麗だと思っている。カラーもパーマもしていないのに、自然な淡い茶色で少しの天然パーマだ。顔だけでなく、こういう部分も羨ましいのだ。神様は不公平であることが再び証明された。
「あぁ~」林又夏のうなずく動きでベッドも一緒に揺れていた。彼女の手はまた動き出した。「それなると残念だね」
「どうして?」
「あなたという人以外、あなたの髪も好きだからよ」
「そ、そうか」
またこんなことを言う。この時、に林又夏に背を向けているから、顔が赤くなったのが気付かれることはないけど。それでも俯いた陳晞は、自分の顔の熱さを感じられるぐらい恥ずかしい。何度経験しても、彼女はこの人がこんな風に簡単に好きと言えるのは慣れない。
何かを言いたそうにして、陳晞は後ろにいる人が再び動きを止めたことに気付いた。顔上げてどうしたかと聞こうとするが、机の横にある全身鏡から相手が自分の髪の先を持ち上がるのを見た。
林又夏はその真面目な手入れを受けずとも、十分サラサラな髪の先にキスをして「本当だよ」と言った。
「……ならやはり切らないでおこう」
「陳晞」
「ん?」
「ちょっと振り向いて」
陳晞は大人しく振り向いた。「どうし――」
普通の友達ならこんなことはしない。学校では林又夏も自重をしている。手を繋ぐのも、抱き着くのも、多分まだ友達もすることだ。
でも二人きりになると、時々こんなことが起きる。そして林又夏は時間が経つにつれて、どんどんエスカレートしていく気がする。
こいつは本当に私のことが好きだな。林又夏が自分にキスする時に陳晞はいつもそう思っている。
唇にキスするのは、愛情を意味している。ネットで検索した結果はそう書いてある。なら髪にキスするのはどうだ?喘ぎながら少し後ずさり、それを明日に調べると陳晞は決めた。いや、やはり後ですぐに調べようか。でないとまた眠れなくなる。
満足げな顔をしているその人と視線が合って、顔が赤くなった陳晞は顔を逸らして、「あなたは本当ずるいね」と言った。
「私に好かれると面倒臭いことになるのよ」林又夏は嬉しそうに笑って、「覚悟しておいてね」と言った。
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