#22 死ぬほど好き
なんだよ。こいつが自分は弓を引くぐらいしかできないって言ったのに、今のがすごかったじゃないか?
ガラスを隔てて、林又夏は二階から下へと見向いた。そこから部活中の弓道部の部員たちが見える。陳晞の立っている場所から三十、五十、七十メートルの所にそれぞれ的が一列に並んでいる。
目の前の室外空間はぱっと見て割と高級そうな弓道場に見える。このことからわかるように、学校側が弓道に対する注目は林又夏の想像を超えているのだ。
そういえば、陳晞がこういう体育会系の部活に入るのは、これが初めてだ。過去に林又夏が出会った陳晞は、課外活動をほとんど気にしなかった。一番参加していたのが映画鑑賞部で、その次はロボットを作る部活で、毎日他の機械使いをつるんでいた。
『つるむ』という言葉は少し聞こえが悪いかもしれないが、実は林又夏はそのほうが好きだ。ロボット部は普通他の女の子がいないし、陳晞も明らかに男子に興味がない――いいんじゃないか?お互いに好き合うようになれなくとも、少なくとも彼女が他の人に取られることはない。
林又夏は自分のそういう考えは良くないとわかっているが、自分がそう思っているのを止められない。彼女は自己嫌悪に陥りながら、隣の人がフルネームで何度も彼女を呼んでも気付かないほどに、陳晞のために弓を引くポーズを矯正している先輩を見つめている。これはその人がしびれを切らして彼女の肩を叩くまで続いた。
「気にしすぎるでしょ」林又夏の視線に沿って、許浩瑜は彼女が何を見ているのかに気付き、呆れて首を振った。「ここは初めてか?」
今日ポニーテールを結んだ許浩瑜は林又夏と同じくメッセンジャーバッグを使っている。制服の最上部までボタンをかけた彼女は他の人より引き締まっているように見える。
またしても自分を馬鹿にしたようなその口調に、林又夏は不快になって眉をひそめた。いっそ手に持った本を相手の懐にある本の山の上に置いた。「あなたのように暇じゃないから」
許浩瑜が何度も放課後に陳晞と会っているのを知って、林又夏は内心複雑な気持ちになる。しかし、彼女は何かを変えられるわけでもない。
陳晞の友達付き合いに過度に干渉して、または意見を出し過ぎると、最終的に逆効果にしかならないことを彼女は十分理解している。だからそれを広い心で受け入れると決めた。弓道部の部員たちのことも、このいきなり現れた幼馴染のことも。
ただ受け入れるのと、不愉快になるのとはまた別の話だ。
「それで?」顎でその古本を抑えて、許浩瑜は少し大変そうに喋った。「何か手掛かりを見つけたか?」
林又夏はバッグからピンクのノートを取り出した。その本を読んでいる時、林又夏は使えそうな情報すべてをノートに書き込んだ。これは彼女の習慣である。なにせ時空を越える代償の一つは、何も持ち出せないことだ。唯一消えないのは彼女自身の記憶だけで、手を動かして書き込めばもっと深く脳裏に焼き付ける。
彼女は何ページを捲って、今回取ったメモを見つけて、それを許浩瑜に見せた。
「あなた、字が汚いね」
「おい、自分で持ってよ!」
しぶしぶ手に持った本を全部廊下のベンチに置いて、許浩瑜は本の山の傍に座り、林又夏のノートを真剣に読み始めた。字のことと修正の位置について愚痴るのも忘れずに。
『底神』は何なのかを説明するのがこの本の主要の目的で、そして『底神』は林又夏が初めて聞いた概念でもある。彼女はその方向に進めば、すべての問題の根源を見つける気さえした。
一言で簡単にまとめると、『底神』は世界樹の最下層に住んでいる神々のことだ。
この本に書いてある定義によれば、世界樹は三階層に分けられている。それは北欧神話の設定と少し似ている。ただし各階層にある国々について詳しい解説はなく、神々に対する解釈も異なっている。
林又夏のノートにははっきり書かれている。第一階層にはいわゆる『正神』たちが住む国があり、第二階層は人間の居住地で、第三階層は『底神』たちの拠点なのだ。
オーディンの息子たち、光の神バルドルと雷の神トールは第一階層に住んでいるのは疑いようがないが、闇の神ヘズはとある戦争の後に長らく第三階層で暮らしている。同時にそこは『死の国』とも呼ばれている。
暫く時間を経ってから、ノートを読み終えた許浩瑜は顔を上げて、ノートを林又夏に返した。「良いじゃないか。要点をよく捉えてるね」
「さっきめっちゃ文句言ってたじゃない?」
「だから闇の力を継承したのはヘズの子孫でしょ?」許浩瑜は目の前にいる毛を逆立ちさせた猫に構わずに「その前に、まずは先にバルドルの子孫を見つけないといけない」と言った。
ノートをしまって、林又夏の頭はまた痛くなった。下の階で陳晞と密着している先輩のことも、彼女たちが本当に古い本に記された者の子孫を見つけないといけないことも、どれも彼女の脳の処理能力を超えている。
許浩瑜の顔は冗談を言っているようには見えない。いくら馬鹿げた話でも、それが彼女たちのやるべきことだって当然、林又夏も十分わかっている。
彼女の許浩瑜に対する不満はどこから来たというと、多分今の振舞いだろう。
自分の未来は目の前にいる小さい女の子と全く関係がない、林又夏もそれがわかっている。許浩瑜がそこまで頑張って解決しようとする最大の理由は陳晞だ。
陳晞の未来も見えなくなった理由は林又夏と関係していることが、まともの頭さえあれば推測できる。もし片方の問題さえ解決できれば、もう片方の問題も解決できるだろう。
少なくとも許浩瑜が自分を陳晞から引き離すのが良い方法だと思わない点について、林又夏は彼女に感謝している。そうだ、林又夏が一番気に入らないのが、許浩瑜も陳晞が大好きということだ。
そうよ、そうよね。あいつの傍には彼女が好きな人しかいないよね。林又夏は不満そうに考えて、どうしても下の階で先輩と楽しく話している人を気にせずにいられない。
その弓道着はすごく似合っているね。家にいる時は壁に掛けられている状態しか見たことないから、陳晞がそれを着る姿を見るのは今日が初めてだ。
その身長は周囲の女の子より数センチ高いせいか、林又夏の目には陳晞の姿は他の人よりたくましく映った。黒い袴はその足がより長くなったように見せた。
弓道部の部員たちは皆手に何かをつけている。林又夏は陳晞から聞いたことがある。それは『弓がけ』というもので、はっきり言えば一種の手袋だ。これに体格の差はないが、彼女はやはり陳晞が弓がけをつけている姿が他の人より素敵に見える。
その横顔を見続けることができないのは少し残念だが、林又夏は無理して自分の視線を陳晞から移して「転生でもしたのかな?」と聞いた。
本にも言及されている。弟に殺されたバルドルでもヘズでも、死後にはいわゆる輪廻した。ただし二人が通ったルートが違う。
彼らの魂はどこへ行ったのか?林又夏は気になっている。この『世界』でたった一人の自分も、最後は彼らのようになるのか?でも彼女はすぐにその考えを否定した。さすがに彼女はその神たちと違い過ぎたから。
「ありえなくもないね」『底神』の最初のページを捲って、許浩瑜は指で長い一列の作者たちの名前をなぞって、最後に一番後ろの一つ名前に止まった。「まずは作者を見つけよう。私たちがここで推測するよりも早いだろう」と言った。
それを聞いて林又夏はまた眉をひそめた。「その人はまだ生きているの?」
ベストセラーでもないのに、この本は本当にボロボロに見える。その装丁も現代のそれに見えない。林又夏がページ捲る時にいつも壊すのではないかと心配している。バッグに入れる時はいつも慎重だ。
「人を呪わないでよ?」許浩瑜はため息をした。「彼を見つけないと、先に進めないでしょ」
そう言われたらその通りだ。探すべき人がわかっていても、闇雲に『あなたがヘズの子孫ですか?』なんて馬鹿な事聞けるわけがない。それに林又夏はその者が孤児院に放火した犯人とも仮定している。さらに他の時空で陳晞を殺した者も、同一人物かもしれない。
行き当たりばったり動きたくないなら、この内容を書いた作者を見つけるのは確かに一番早い方法だ。認めたくはないが、林又夏は自分の行動が偶に無謀であることを認めざるを得ない。この時、彼女は許浩瑜に少しだけ感謝をした。ほんの少しだけだった。
人が焦ったら多くのことは考えられなくなる。林又夏はそれについてよくわかっている。しかし、今回の自分は焦ってはいけないのもわかっている。もしこの時空でのチャンスを見逃せば、次の時空でも許浩瑜の助けが得られるとは限らないからだ。
もちろん、その中に彼女がこの時空から離れたくない気持ちも含んでいる。何せ、手伝ってくれる許浩瑜が十人いても、自分の傍にいてくれる陳晞が一人いるとは限らないからだ。
「それじゃ、まずはこの同じ苗字の魔法使いから探そう」
「それなら任せて」
「ん?私も手伝うよ」
「いや」小さい女の子は首を振った。「あなたは無能力者だから、図書館での権限は私より低いでしょ?」
許浩瑜の言うとおりだ。この社会で一番非難されるのが無能力者に対する差別である。
例え本当の無能力者でなくても、林又夏もこの身分のせいで色んな制限を受けている。それは彼女が上手く孤児院の子供たちを連れ戻せない最大な原因でもある。
しかし、もし自分の能力の正体がバレてしまったらどうなるのか。林又夏は想像する勇気がない。いくら彼女でも、実際に『徴収』された者の末路を見たことはない。だが院長が必死に自分を守っている様子から見ると、恐ろしいことが起こるに違いない。
相手の言うことがもっともだとわかっていても、林又夏は力いっぱいで自分の襟につけているバッチを突いた。
「一応私もこれをつけてるよ?」
「でも、その上には何のアイコンもないでしょ?」許浩瑜は一瞥した。彼女自身のものと違い、相手の赤いバッチには何のアイコンもない。「今使える能力に何かあるの?」
「治癒」
「魔力量が低いじゃ、治癒なんて役に立たないでしょ?」
必死に我慢して、林又夏は自分の本当の能力を口にせずに耐えた。最後はただ「役に立たないなんて、試してみないとわからないでしょ?」という一言を吐いた。
弓道部の部員たちはすでに弓道場の片付けを始めた。陳晞も当然例外ではない。彼女たちの行動を見て、林又夏は少し苛ついた。その些細な顔の変化を、許浩瑜は見逃さなかった。
彼女は本を閉じて「あなたはどんだけ彼女が好きなのか?」と聞いた。
「……はっ?」
「だから、あなたはどんだけ陳晞のことが好きなのか?」
弓道場で何本の矢を拾った陳晞はまず周りを見渡して、最後に顔を上げた。彼女が林又夏と視線が合った時に、林又夏は少し固まったが、その後すぐに手を上げて挨拶した。
口角を少し上げ、陳晞は隣の休憩室を指さして、口の動きで林又夏に少し自分を待ってもらった。
許浩瑜がなぜ気付いたのを気にせず、深入りする気もない。陳晞に頷いてから、バックを持ち上がった林又夏は許浩瑜にただ一つの答えを与えた。
「死ぬほど好きに決まっているだろう」
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