#17 あなたを待つから
どんな死に方も、彼女はよく覚えている。
目の前が真っ暗になって、光が見えてきたその時に、銃声はその広くない空間に広がり、そして倒れたあの子の顔は青白くなった。
鮮血は白い制服を赤く染めて、その鼻はもう息をしていなくて、微かにその目尻に涙が見えていた。千切れた蝶ネクタイに傷だらけの両手は、先ほど足掻いた痕跡を表していた。
林又夏の手が震えていた。周りを見渡すと、子供たちの笑い声が周りから聞こえていたはずなのに、今この瞬間に誰もいなくて、ただ彼女とその死体――いや、彼女はそう呼びたくない。
彼女は陳晞を抱えて、その体に残った体温を感じていた。その白いシャツが血に染まることも気にせずに、ただ精一杯そのいくつの時空を越えても大切に思っている人の名前を呼んでいた。、しかし、その聞き慣れた声が返事することはなかった。
二人の周囲に青い光点が浮いて、林又夏の目の前に半透明の糸で紡がれたチェス盤が現れた。彼女はその震えた人差し指を伸ばし、点滅している丸い点を次のマスに移動させた。
その瞬間、懐に抱いている者は消え、代わりに彼女と同じような高さの茶色をした大きいクマのぬいぐるみが現れた。自分の位置もリビングの床ではなく、ふかふかなベッドの上に移った。
陳晞は林又夏の机の前に座って、手に小説を持って、顔にめったに使わないメガネをかけていた。
「起きた?」
「私の名前を呼んでくれる?」
相手は首を傾げて、困惑した顔をしていた。「又夏?」
林又夏は嬉しそうな笑顔になって、懐に抱いている大きいクマのぬいぐるみを置いて、ベッドの縁を手で押して立ち上がった。陳晞はその動きを見て少し躊躇って、それから手に持っている本を閉じて、彼女をハグした。
気ままにこの時にまだ独占できる温度を、そしてその自分と似た匂いを感じていた。林又夏は後悔していないが、ただ申し訳ないと思っている。
林又夏の気持ちを察したか、陳晞の手はその茶色い頭をポンポンと撫でた。
「金閣寺ってすごく綺麗らしいね。いつか一緒に見に行きましょう?」
彼女はつい声を出して笑い、陳晞をさらに抱きしめた。もし良かったら、場所を変えよう。そう言いたかったが、林又夏はそれを口に出していなかった。ただ相手の肩に埋めている頭を縦に振った。
「もし私が死んだら、あなたはどうするの?」
「なんで急にそんなこと聞くの?」
「面倒くさい女だからよ」
「あなたを忘れないよ」
忘れられることこそが本当の死を意味する。陳晞がそう言いたいのはわかっている。だが彼女にとって、死は消失と同じである。この世界はそんなに美しくない。映画やドラマのようにロマンチックじゃない。
林又夏は自分が離れることが、陳晞にとっては自分が死んだと同じだとわかっている。例え帰ってくることができても――彼女はその可能性を考えないようにした。そうでないときっと離れなくなる。
彼女は反論をするつもりがなく、ただ一歩下がった。
「多分もう行かなくちゃいけないの」
「えっ?」
「この前に言ったことを覚えてる?その時が来たようだ」
眉をひそめた陳晞はしばらく沈黙し、「突然すぎるよ、又夏」と言った。彼女は林又夏の手を掴んで、放す気がなかった。
彼女が理解できないはずがない。この時空にいる陳晞は、林又夏と一番近しい関係になったのだ。何せ付き合うことになっていたから、林又夏はいくつか彼女の知るべきことを詳細に話した。
最初陳晞は半信半疑だった。いくら気が利く性格でも、所詮根は理科生である。魔法の存在する世界にいても、そのような非合理的なことを簡単に受け入れることができなかった。
時間の経過と共に、好きの気持ちの上に築いた信頼は深まり、陳晞も自分からこの時空ではまだ起きていない孤児院の火事に関心を持つようになった。
何事も無かったら、陳晞は彼女と一緒に孤児院に残り、いくつかの計画を立てる。もし何かが起きたらすぐに止められるように行動できる。林又夏はそんな陳晞のことが大好きだ。多くは語らずとも、すべてを行動で示してくれている。
もちろん『死ぬかもしれない』という話もすでに陳晞に教えた。林又夏はその顰め面を見て、なるべく楽しそうに語っていた。どうせ暫く時間が経てば、陳晞は火事のことのように受け入れられるだろう。陳晞は優しいからだ。そして陳晞は物事を弁えているから……どんな風に考えても、林又夏には彼女を利用しているような罪悪感を感じた。
でもそれも仕方のないことだ。彼女はただ陳晞の安全を確保したいだけ、たとえこの時空から自分が消えても問題ない。彼女はそれで死なないから。林又夏は誰よりもそれをわかっている。しかし、陳晞はそうではなく、院長も違うのだ。彼女を除いたすべての人はそうならないのだ。時間の管轄内に捕らわれた魂とはそういうものだ。
陳晞は生きなければならない。どんな時空であれ、生きなければならない。
「晞、聞いて」彼女は陳晞のメガネを外して、その涙に満ちている両目を見つめた。「私たちはまた会える」
「でもそれは私じゃないじゃん」陳晞は首を振った。
涙を零している恋人を見ると、林又夏は言葉に詰まっていた。
彼女にとって、どの時空の陳晞でも陳晞だ。ただ違う成長過程を経ているから、成長の途中で違う選択肢をしたから、最終的に違う性格となっただけ。
自分と違う関係になった陳晞といる時、林又夏は違和感を感じたことがない。その瞳の中に常に好きなその人と会えるから。
それは一つの純粋な魂である。どの時空でも同じだ。
陳晞の顔を見て、彼女はかなりの間止まっていた。自分の残された時間が僅か少ないということを忘れるぐらいに長かった。
「愛してるよ、陳晞」彼女は小声で言った。残された時間が少ない。このまま未練に引っ張られたら、また自分の止められないことが起きてしまうかも。
林又夏はそうなってほしくない。できれば、彼女は陳晞がずっとこのまま健康で、安全でいられると願っている。
相手は彼女の手を放し、一つ深呼吸をしてから、「探しに行くよ、又夏」と言った。
「待ってるから」
次の時空で、先に見つかってくれるの待ってるから、待ちきれなかったら、あなたを会いに行く。
*
「そうか」機械のようにその言葉を吐いて、陳晞は少し驚いた。
どうすればお付き合いの関係になれるのか?林又夏が入浴している隙に乗じて、陳晞はパソコンを起動して検索欄で『どうすれば 付き合い 始める』を入力した。これは見られていたら絶対に突っ込まれるワードだ。
どう考えても、林又夏が付き合う相手はテレビに映っているような背丈の高くて格好いい男子だろう。或いは大学生の可能性もあるかもしれない。自分の中学のクラスメイトたちを思い出すと、少し見た目の条件が良くても、林又夏とは大きな差がある。誰を彼女の傍に置いても違和感しかない。
少し嫌な気分になった。そんな考えが頭に浮かぶと、陳晞は首を振っていた。正直を言うと、林又夏が誰と付き合っても、彼女とは関係のない話だ。
そうだ。関係のない話だ。
ネットでそういう経験を共有する者達の口調はどれも気楽に見えて、方法も様々で、どうやらこれが決まった答えのない問題のようだ。これに対して、陳晞は不快感を覚えた。彼女はこういう答えの見つからない感覚は好きじゃない。
「気がついたら一緒になっている?そうはならないでしょ?」彼女は思わず呟いた。
「何してるの?」
バタンっと、陳晞はびっくりしてパソコンのモニターを閉じた。しかし、彼女は忘れていた、これはノートパソコンではないことを。タオルを持って髪を乾かしている林又夏は彼女の後ろに戸惑った顔で立っていて、暫く迷ってから、「……大丈夫?」と声を出した
「大丈夫だ」
さっきの慌てふためく中で、パソコンの後ろに繋いでいたコードが抜けていて、画面も暗くなった。それに気づいた陳晞はモニターを立てた時にほっとした。少なくとも林又夏にバレる可能性はない。
「今日のバイトで疲れてるの?明日はゆっくり休んだほうが良いよ」
「私は大丈夫だよ」
明日は孤児院の手伝いに行く日だ。大体はすでに片付いていたけど、まだ何枚の壁にペンキを塗っていない。林又夏は少し焦っているようだ。
陳晞は彼女の気持ちを理解している。いつでも子供たちを連れ戻せるかもしれないから、一刻も早く彼女たちに過ごしやすい住処にしないと。
彼女は心の中のある悪い考えを認めたくないが、自分を騙すことはできなかった。林又夏がペンキを塗るのに夢中になる時、彼女はまた何か事故でも起きないかと願った、それでまた少し孤児院の片付けの完成日を遅らせるから。
でもこの世界にそんな不可能なことを実現できる能力を持つ者はいない。進捗は着々と進んでいた。それはつまり林又夏が自分の家で泊まる時間が減っていることを意味している。
自分が援助者でなくなった時、林又夏とはどんな関係になるのか?陳晞は思わず考え始めた。友達ではいられるだろう。ぎりぎりまだ友達なんだろう。そうでなくてもクラスメイトではあるが、同じクラスになるかどうかはまた別の話だ。
いや、機械使いと魔法使いは同じクラスになれるのか?彼女はうるさく騒いでいるドライヤーの騒音の中で、自分が考えたことのない問題を思索していた。
この問題に答えはあるのか?彼女はさっきの検索結果の中で見た一つの項目を思い出した。そこには「人と人の間の関係は二人だけの話」と書かれていた。先ほど彼女が考えた問題に対して何の役にも立たないが、今抱えている問題の答えにはなっていたようだ。
彼女は椅子に背持たれていて、じっくり林又夏がその長い髪を乾かしているのを待っていた。陳晞は林又夏の髪色が結構好きだ。それは普通のアジア人の黒髪と違って、少し目立つ茶髪だが、十分自然に見える。
髪を染めたことがあるかっと好奇心で聞いたことはあったが、その答えは否定だった。これに対して彼女は神様が不公平であることをさらに確信した。神様であろうとアラーであろうと、或いはオーディンでも、この男たちはひいきし過ぎている。
彼らがきっと男性であることは誰も言っていないけどな。
林又夏がドライヤーの電源を切った瞬間、陳晞は口にため込んだ言葉を出した。
「私たちはこれからどういう関係になると思う?」
「はっ?」林又夏は手に持ったブラシを床に落としてしまった。「いきなりどうした?」
「ちょっと聞きたくなってさ」
陳晞は真面目な顔だけど、その相手は笑ってしまった。陳晞はその笑顔に少し見覚えがあると思ったが、なぜそんな見覚えがあるのかを考えるより、今は林又夏がこの問いに対する答えのほうが気になっている。それが正しい答えになるかもしれないから。
「お互い好きになる関係に?」これは林又夏が少し真剣になって考えた後に出した答えだった。
それが正しい答えなのかどうか、陳晞は見当もつかなかった。どこかおかしいと感じたが、何がおかしいのかわからなかった。或いは自分がおかしくなったのかもしれない。
答えが見つからない問題がさらに増えて、しかもおかしくなった。でも陳晞は今のこの感覚が嫌いじゃない。
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