6 疑心暗鬼

「小卉、これは求めたデザインと違う。さっき俺は部長にダメだしされた」黄佑恩は少しせわしなく自分の席に戻った。「ここに来て何週間経った?この会社のデザインスタイルはもうわかってるはずだ。やり直し、部長に何度も言わせるなよ」。

「Rodney……でも、このバージョンはさっき見せましたよ?」蘇小卉は丸い目を点にしながら言った。

「先は忙しいんだ。細かいところまで見る時間はない」と言う黄佑恩はついでに「仕事の質を落とさずに、自分で考えろ」と付け加えた。

 蘇小卉はそれ以上何も言わなかった。

「小卉、昨日は何時に寝た?LINE送ったけど、なんで返信しないんだ?」、数分経ってから黄佑恩は突然口にした。

「あ、仕事終わったらあまりスマホ見ないんで」と蘇小卉が答えた。

「そうか……」黄佑恩の語気は明らかに弱くなっていた。

 昨日の帰宅後、最近の職場での出来事と、蘇小卉と李亞駿のことについてあれこれ考えていたから、終始そわそわしていた。スマホを手に取って、蘇小卉に連絡する口実を考えていた。あれこれ考えていると、やっぱり仕事の話をするのが一番自然みたいだ。そこで、LINEで彼女にメッセージを送った。『小卉、セットトップボックスの動画なんだけど、まだ直すところがある。忘れないように先にメッセージを送る』

 ところが、深夜一時になるまで、蘇小卉から返信どころか、既読にすらならなかった。

 腹の中にムカムカした怒りが潜んでいた。頭の中で妄想の画面を映し出した。妄想の中で蘇小卉はベッドにうつ伏せになりながら、楽しそうに李亞駿とビデオ通話をしていて、黄佑恩のことなんてすっかり忘れていた。黄佑恩から来たメッセージの通知が表示されたが、か細い人差し指を伸ばしてスマホの画面を左から右へスライドして開けることがなく無視したのだ……

 結局、黄佑恩は一晩中眠れなかった。

「あ、Rodney、ごめんなさい。わざと無視したわけじゃないんです」、蘇小卉がそう謝ってきた。

 黄佑恩の頭の中では、蘇小卉と李亞駿が楽しそうにおしゃべりしている映像が繰り返し再生されていた。蘇小卉の声を聞こえて不意に現実世界に戻され、笑いながら「急にお願いしたいこともあるかもしれないから、これからはいつでもスマホをチェックしてほしいんだ。できる?」と言った。

 蘇小卉はほんの数秒ためらった後、「あ……はい」と返事した。


 ここ数日、黄佑恩は蘇小卉の自分への態度から見ると疎外されているような気がしてならなかった。

 昼になると彼女はよく李亞駿と一緒にランチすることになった。たまたま、黄佑恩と一緒にご飯を食べるとき、態度がそっけなくなりがちだった。黄佑恩は彼女に部長の愚痴をメッセージで送っても、返信内容はあまり関心がないようだった。

 黄佑恩はこのことをとても気にしていた──これは全部李亞駿のせいに違いない。

 出勤後、蘇小卉は少し席を離れることがあったが、黄佑恩はこれについて疑心暗鬼になってしまった。席を立ってこっそり李亞駿の席を覗いて、席にいるかチェックしていた。もしそうだとしたら、黄佑恩は二人が仕事中にどこかに隠れて「密会」していると考えたら合点がいくと思った。

 蘇小卉が席に戻った後、黄佑恩はすぐさま「さっきどこ行ってた?」と尋ねた。

 彼女の返事は、「お腹が痛いからトイレに行ってました」、「あの……生理が突然来たから、コンビニへ生理用品を買いに行ってたんです」、「コーヒーメーカーが壊れていたから他のフロアでコーヒーを淹れていました」と代わり映えのしないものだった。

 それから、黄佑恩は耐えきれずきっぱりと彼女に告げた。「これからは席を離れるときは、必ず行き先を言ってから行くように」

 蘇小卉は一瞬信じられないという表情をしたが、ぎこちなさそうにうなずいてこれに従った。


 この日もめまいがしそうになるほど忙しい一日だった。黄佑恩は仕事が一段落した後、自分をねぎらうためにオフィス下のスタバまでフレーバーラテを買いに行った。店の中に入ると、聞きなれた声が聞こえた。

「おごりますよ。遠慮しないで」。

 黄佑恩は驚いた。さっき席を離れる前に蘇小卉はまだ席に座っていたじゃなかったか?

 周りを見回すと、向こうで李亞駿と話している女性は、蘇小卉じゃなかった。彼女は、陳湘儀だった。

 話し合いに集中している二人は、黄佑恩の存在に気が付くことはなかった。

「いいですよ。今回は私がおごります。じゃないと毎回お金使わせちゃいますから」と少し申し訳なさそうな表情で陳湘儀がそういっているのが見えた。

「美しいレディーにおごる飲み物が無駄遣いになる訳ないでしょう?」と李亞駿が口にした。

「でも、申し訳ないですよー」

「申し訳ないと思わなくても大丈夫です。僕が望んでいることから」李亞駿がそう言って、ため息をついた。

「どうしたんですか?」

「どうやら誤解させちゃったみたいですね。僕がチャラチャラした奴だって……だけど、僕は本気であなたのことを想っています……」

 黄佑恩はいつの間にか鳥肌が立っていた。その話を聞きたくなかっただけではなく、ラテを買う気も失せてしまった。彼はたちまちスタバを出た。何だか逃げ出したみたいだ。

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