第12話 勝手

「おやおや、荒井さん、あなたはいつから目が見えなくなってしまわれたのですか?」

「高橋……。なんでお前が邪魔するんだよ」

「当然彼らが私のサポート対象にあたる新人探索者だからですよ」


 振り下ろされた剣はミークではなく、いつの間にかそこに存在していた高橋さんによって受け止められ静止した。

 もしかしてあの後もずっと俺たちの様子を見ていたのか?


「新人探索者……。あ、良く見ればそいつ亜人……。しかも、その汗……。殺気は違う奴か……。あははは……すまん。戦いになるとどうしても盲目になってさ、角だけは確認できたんだけど……」

「まったく……。それで、その様子だと下の状況は良くないみたいですね」

「ああ。まだ【波】は起きてないはずなのに、敏感な個体がそわそわしててさ、5階層以降はそんな個体が移動してきたことでモンスターどもがてんやわんや。いつもより獰猛になってやがる。それ以外の階層は見回った感じ、そんな個体は始末しきれたと思うが……。新人をこれ以上侵入させるのは個人的に反対だ」

「でもそれだとモチベーションの維持が難しいですから。それと今【波】の話をすると怖がって辞めようとする人も出てくるので、給与という形で堀を埋めてから――」

「ずっと思ってたんだけどさ、そんな奴ら辞めたってよくないか?根性がねえと結局はただの足手まといになりかねえよ。おーい!ここにいる奴らにお知らせだ!下層のモンスターが突発的に増えて、その階層に止まるのが不可能になると、順々に1階層、さらには外へ向かおうとする。それを通称【波】って呼んでいるんだ!実は私たちのメインの仕事はそれを命を落としてでも食い止めることだ!」

「あ、ああ……。もう僕たちの計画が……。その、この情報は探索者同士でもしばらくの間黙っていてください」

「続けるぞ! 【波】の発生源となる階層はその度に深くなっている。つまりはより強いモンスターが浅い層を目指し始めるってことだ。場合によってはお前たちが浅い階層でそれ、それらの相手を務めることもある。前回はそれで2人死んだ。死にたくなければ急いで強くなれ!そんでもって……強くなれば【波】なんて簡単に大量に宝の山が手に入るようなイベントでしかなくなるさ」


 その場にいた探索者たちの息を飲む音が響く。


 ただ楽に金を稼ぐため探索者になった人、その肩書きに憧れただけの人、有名になりたいという一心だった人、そんな人たちが急にモンスターの被害から人々を守るために死ぬ覚悟をもてなんて言われても、当然返事はできない。


 俺だって確かに苦労してここまで来たけど、そこまでの覚悟があるかと言われれば微妙なところだってのに……。


「あ、あの……。それって強制参加ですか?」

「もちろん! 来ない場合は家や出かけ先まで探索者協会の誰かが迎えにいく」

「【波】の前に探索者を辞めることは……」

「できる。だけどまだお前たちは新人だろ? 強くなる可能性が十分ある。安心しろ。……そうだ。2階層から3階層への階段。あれを下る条件を追加……特訓&安全配慮で特別にこの私が面倒を見てあげる」

「そんな勝手に……」


 項垂れる高橋さん。

 だけどそれを強く否定できないということは、この荒井さんという名前の通り荒々しい人の方がそういった裁量権を――


「あの荒井さんに特訓をつけてもらえるなら……。その胸借ります!」

「おお! いい新人がいるじゃないか。それじゃあまずは職業を言ってみ」


 重たい空気を一掃するかのように、さっきまで俺の威圧で膝まずいていた探索者の中から1人の女性が飛び出し、持っていた剣で荒井さんに斬りかかった。


 まだダンジョンの入口付近を見て回っていない俺からすると、実剣の入手に驚きを感じずにはいられない。


 きっとこの人も金持ちの娘とかなのだろう。


 ただ実力で試験を突破したのは間違いないようで、斬りかかる姿は様になっているし、重たそうな剣をもて余している感じもない。


 不意を突いた形だし、相手がいくら強くても戦いにはなるかも……。


「剣士! 荒井さんと同じです! 打ち合ってください!」

「同じねぇ……。あのね、そんな切っ先の震えた剣士なんていないんだよ。新人ちゃん」

「あがっ……」


 そんな俺の予想を裏切って荒井さんは女性の剣をさらっと避け鳩尾に1発。


「剣を振る前にまずはモンスターを1匹その手で、素手で殺してきな。それがあんたへの課題だ。さて……。他にいないなら私はしばらく2階層で野営……。いや、その前にさっきの殺気、あれを放ってた奴の具合も確かめたいな。……。弱そうなみてくれだけど、あれあんただよね」


 荒井さんは、唯一その場で地面に膝をついていなかった俺を凝視してきた。

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