第10話 高橋課長
理不尽な怒りに駈られた男は、おもむろに拳を振り上げて襲いかかってきた。
まさかダンジョン内で人に襲われるなんて思ってもみなかったが……そもそも探索者のほとんどはエリート。
金持ちの親に良いものを買い与えられ、豪華な食事をとり、私立の学校をエスカレーターで進学。
探索者になりたいのであればそれ専用のコースが選べ、プロのトレーナーから試験対策用のトレーニングを受けたり、学校によっては条件付きではあるものの、探索者による特別講義が行われるのだとか。
だが、恵まれた環境で育ったからこそ我が強く、思い通りにならないとなれば即座に怒ってみせる。
この男もきっとその大多数と同じような境遇なのだろう。
そうなってしまったことが逆に可哀想な気もするけど……だからってこんな攻撃をもらうわけにいけない。
「おい! 落ち着け……って!」
「なっ!?」
「おお! 力は料理人君の方がある、と……」
俺が男の腕を掴み、そのまま身体ごと地面に転がしてやると、案内役の男性は何故か楽しそうな表情を浮かべる。
なんとなくそんな気はしてたけどこの人もどこかおかしいな。
「くそっ! それなら……『紫刃魚(しばうお)』! その身体を硬化、全身にあれを巡らせろ!」
「召喚したモンスターを武器にですって!? この男、気に食わないどころじゃないわね」
「そんなこというなって、もう契約はないんだし命令はない。優秀な亜人は優しくしてやるよ。……ただその前に、お前が邪魔だ! 俺の亜人で手に入れた階層主の素材、それだけおいてとっとと帰りやがれ!」
地面に倒れた男は立ち上がるとその腰に差していた鞘から剣……ではなく予め召喚していたであろう魚型のモンスターを引き抜いた。
見た目は弱そうだが、特別な性能でもあるのだろうか?
「確かあれは人間に特化した毒を生成するモンスター……。流石にやり過ぎ、か。仕方ない、上級魔法『捕――』」
「『真空波』」
「えっ?」
案内役の男性の目の前に魔法陣が展開されたと同時に、俺は新しく取得したノーマルスキルを発動させた。
真っ直ぐと突き出した拳の先に見える木々は大きく揺れ、残念エリートの男は疑問符を浮かべたまま勢いよく後方へぶっ飛んだ。
「ぐっ!」
「『真空波』……。それ自体の威力は低いけど、相手とのレベル差があればあるほど吹き飛ばす効果が大きくなる。信じられないけど、本当に階層主を倒せるほどのレベルに、料理人なんていうダンジョンではよく分からない職業で到達できたってことか……。ただ、その恩恵なんかより……」
岩にその背中をぶつけた男は、相当なダメージを負ったのか、顔面から地面に落ちてしまった。
ピクピクと身体が痙攣しているところを見るに、死んではいないみたいだが……。
「いやぁ、おみそれしたよ。本当に階層主を倒したみたいだね。使っていたスキルからして君の強さの秘密はズバリその『テイム』にあるんだろ?」
「それは――」
「駄目。こいつも信用ならないわ」
「……。随分な言われようだね。これでも僕は探索者協会育成部サポート課の課長をしているんだけど。というかこのことは亜人さんには伝えていないけど、料理人の君には伝えてあるはずだよね? ほら、僕の名前も最初に……」
「ええっと……。すみません。他に覚えなきゃいけないことばっかりだだたのでその辺りのことはすっぽり……」
「……。まぁ高橋健太って、ありきたり感あるからなぁ」
「高橋ね。私は覚えたわ。課長だかなんだか知らないけど、あなたからは胡散臭い匂いがする」
「……。そんなに変なことをしたつもりはないんだけど……。まぁ自分の情報を簡単に晒さないのは賢明だね。階層主のリスポーンは1日4回。倒す機会が少ない上なかなかに強い。そんなのを相手に真面目に頑張るよりも人間を狙えばいいって考える探索者も少なくはないから」
「人間同士の殺し合いがあるってことですか? そうかだから機密性がって……」
「それもあるけど……。そこに関してはもっと重要なことをそのうち知ることになるだろうね。とにかく今はそんなこと考えずにダンジョン生活を満喫してくれ。2階層に侵入すれば、きっとその儲けからダンジョンの虜になるはずだよ」
「そのにちゃあって顔が胡散臭いのよね……」
「あはは……。善処します。おっとそうだ、これを君と亜人さんに渡して……。いらない素材があれば一旦代わりに買い取るし、成果の報告もしておくけどどうする?」
「じゃあお願いします」
「詐欺らないわよね?」
「やろうと思えば当然出きるけど……。正直なところこの程度の素材とお金のためにリスクを負うほど僕も馬鹿じゃないさ。そうだ、ついでにその怪我用にポーションを2つあげるよ。改めて初1階層主討伐おめでとう。それじゃあ……角は1本元々5000円だから500円で2本で1000円。眼球も同じだけで、皮はこの量だと元10000円の1000円……全部で3000円だね」
「案外安い……。家に1人連れていくのにこの額だと母さんの機嫌が悪くなるかも……」
「えっ……」
「結局のところミノタウロスでも1階層のモンスターだから供給も多くて希少価値が低い。ま、嫌でも死なない限りいずれは……。さぁて僕は召喚師君を地上に預けて他の子の様子も見てくるとするよ。ふふ、今年は豊作だからいつもより楽な【波】になりそうだ。じゃ、楽しいダンジョン生活を。あ、そうだ君の名前を聞いておくのを忘れていたよ」
「栗原です。栗原陽一」
「栗原陽一……。……。うん、覚えた。しっかり成果の報告はしておくから安心してくれ。それじゃっ!」
高橋さんは意味深な言葉を残して地上へ。
そして俺たちは一先ず母さんが安心出きるような額を持って帰還するために、少しばかり疲れた身体で2階層を目指すことにしたのだった。
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