サンタ、運ぶ。
鼻唄工房
エピローグ
モニターのブルーライトが、暗い部屋を照らしていた。その光が照らすのは、壁一面に並んでいる、ピエロの仮面だ。丸く赤い鼻、ニヤリと笑った無機質な口、囓り取った爪のような、半月型の目。奇抜な生首たちが、部屋を見下ろしている。
ピエロ達の視線の先には、汗臭い刺激臭にまみれた男が座っていた。彼の皺が刻まれた顔は、壁のピエロに酷似している。光が影を作り、皺の深さをより際立たせていた。
男は時折右手を頭部に持っていき、髪を掴んで引きちぎる。ブチッという血管を引きちぎるような音が、コンクリートの壁を伝っていく。男は自分の髪を一瞥もせず、後ろにふわっとばら撒いた。
そんなことをしているからだろうか、彼の頭、右半分の頭髪がまばらになっていた。所々は完全に禿げ上がり、発展途上国を住処にしている野犬のようだ。
彼の頭の右側半分だけが、モニターを反射している。
「ぶち殺してやる……」
男は口の端に涎を溜めながらそう呟き、今度は爪を噛んだ。口を開けた拍子に、涎が顎を滑り落ちていったが、気にする様子もない。
睨むモニターには、とある家庭のリビングが映っていた。四人家族が、食卓を囲んでいる映像だ。味噌汁にご飯、判別は出来ないがおかず。取るに足らない、普通の家庭の、普通の朝ご飯。
モニターの中と外では、あまりにも雰囲気が違う。
バタンとドアを開ける音がして、もう一人男が入ってきた。
「臭いな。兄貴、最近ちゃんと風呂入ってんのか?」
どうやら彼の弟らしい。男と顔が全く同じである。違う点と言えば、頭髪だけだろう。弟は、健全に髪が生え揃っている。
「出て行け、取り込み中だ。後で指示を出す」
「こんな暗い部屋でモニター睨んでたら、目が悪くなるぞ」
弟は男の命令も意に介さないように、ぐるりと部屋を見渡す。夥しい数のピエロにその目線が止まった。
「この仮面も気味が悪い。集めすぎだ。昔はこんな趣味なかっただろ? まぁ、顔を隠すときには使えるかもしれないけどな」
「出て行けって言ってるだろ」
低いがなり声が、部屋に響いた。弟は少し尻込みをしたが、唾を一つ飲み込んで男に問う。
「最近何してるんだ? モニターばっかり見つめて。気でも狂ったのか?」
モニターを睨んでいた顔が、ゆっくりと振り返った。その顔には、醜い笑みが貼り付けられている。依然涎は垂れ流されたままで、光を透かし、生きているようだった。
「あいつらを見つけた。今盗撮中だ」
弟の目が、一瞬見開かれた。
──いよいよか。
少しのためらいも含まれているような様子で「やったな兄貴」とはしゃいだ。
「どうだ、俺にも見せてくれないか?」と言いながら、部屋にずかずかと踏み込む。弟が二歩踏み入った瞬間──
「出て行けって言っただろ!」
息苦しい部屋に、怒声が響いた。次の瞬間、その何倍も大きい音がそれを覆った。火薬の匂いを辿ると、弟の顔めがけ口を開ける拳銃があった。それを握る男の手が、怒りで小刻みに震えている。ビタリと両手を挙げた弟の真横で、壁がパラパラと崩れていった。
「わ……悪かった。すぐ出て行く」
半ば逃げるようにして、弟は部屋を飛び出していった。
男は再び、モニターへと向き直り、「待ってろよ」と独り言ちる。それを見守る四方の壁には、不気味な笑みが敷き詰められていた。
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