第28話 王都アイソン


 アルドニアから南下すること一週間。

 いくつかの小さな街を経て、王都アイソンへと到着したのは昼を過ぎたころだった。

 アルドニアも大きな街だが、王都はそれと比べ物にならないくらい大きな街だ。


 特徴的なのは王都の中にある三重の壁。

 これは長い歴史の中で、街が大きくなるごとに作られてきた壁である。


 街を守るために新しい壁で囲いなおす。だがまたその壁の外に人が増えて、街が広がる。その繰り返しでアイソンは大きくなっていったのだ。


「今また、新しい外壁を作っている最中なのだよ。十年事業でね」


 馬車を降りながら、ヒルダード王子が紹介してくれた。

 大きな壁を大勢の職人で建築している。

 活気のある光景だった。羽振りのいいことだ。


「羽振りよくしているのだ。事業を作り職人を集め、金の動きを良くすることで人が集まってくる。すると街への税収が増える。なのでまた羽振りの良いこともできる、これが良いサイクルとなるんだよ」


 細かいことはよくわからないが、なにか計算尽くらしいことは察することができた。

 俺の隣でカーミラがしきりに感心していた。


「金の流動を促進する目的で仕事を創出しているのか。なるほど景気よくなるわけだ、皆の顔も明るい」

「わかってもらえるか、さすがはカーミラ殿」


 頷きあいながら先に行く二人を横目に、俺は残された二人の方を見る。


「わかるか? おまえたち」


 頭をフルフルと左右に振るチルディと、ゆゆこ。


「ちーちゃん、わかりません!」

「わかんない。謎の呪文」

「……だよなぁ」


 俺も同意した。

 旅を始めてこちら、カーミラとヒルダード王子は息が合っている。

 話題が合うのだろう、よく二人で談笑していた。

 初めて顔を合わせたとき、王子はカーミラに言ったのだった。


「ああ、やはり」


 と。


「あのとき俺を助けてくれたのは、カーミラ殿、貴女だった」

「呆れる。キミたちヒトにとってはだいぶ昔のことだと思うが、よく覚えていたものだ」

「ヒトだからこそ覚えているのだ。貴女は俺の人生を変えた女だからね」

「大袈裟な。私の介入がなくとも、キミはきっと変わらぬ人生を歩んでいたと思うぞ。あの場面だってきっと、『私以外の何者か』が助けに入っただろう。キミはそういう星の下に生まれてそうだ」

「でも、実際に助けてくれたのは貴女だった」

「まぁね」


 握手を交わした二人は、すぐに意気投合していたものである。


「大丈夫ですよ、とーさま! カーミラちゃんはとーさまのこと大好きですから!」

「べ、別に俺は、なにも言ってないのだが!? チルディ!?」

「ちーちゃんはなんでも知っています!」

「ソルダムさんはわかりやすい。ボクでも考えてることがわかる」


 そう言って得意げに胸を張る二人だ。

 先を歩いていたカーミラが「はやくこい、おまえたちー」と手を振ってきたのを良いことに、俺は会話を打ち切って歩き出すことにした。


「ほら、下らないこと言ってないで俺たちも行こう。今日は王子が歓待してくれると言ってた、きっと御馳走だ」

「御馳走ですか!?」

「おー御馳走。ちーちゃん、また勝負する?」

「しましょう、どちらがたくさん食べられるか、勝負です!」


 嬉しそうに二人がパタパタと走っていく。

 俺は少ししょぼくれた気持ちを抱えたまま、二人の後に続いたのだった。


 ◇◆◇◆


 正門の通行は、さすが第二王子というべきか、並ばずともほぼ顔パス状態だった。

 カーミラが少し衛兵に訝しがられるも、王子が「俺の恩人だ、粗相をするなよ?」と笑うと恐縮されて通される。


「さあここが王都だ。ちーちゃんとゆゆこ殿は初めてらしいね? どうだい感想は!」


 正門を抜けるとヒルダード王子は両手を広げて二人を煽ってみせた。


「すごい! 人だらけです!」

「のっけから大混雑。見たことがないほどの」


 正門前広場の人混みが、俺たちの住む街の比じゃない。人混みで手を広げた王子が、


「おっと、おっとっと」


 ドン、ドン、と通行人にぶつかられる。


「おい、邪魔だぞおまえ」

「すまんすまん」


 苦笑する王子。謝りながら俺たちの方を見た。


「今は年に二回の大市の真っ盛りでな。特に人が多い」

「以前来たときよりも段違いに人が多かったのでビックリしましたよ」

「ビックリしたかソルダム殿? それはよかった、馬車を急がせた甲斐があるというものだ」


 大市は今日でオシマイらしい。

 この景色を見せたくて、馬車を急がせたのだと王子は笑った。


「世界には幾つも『絶景』と呼ばれる景色がある。アユレト山脈の峰々、フンザ砂漠の大オアシス、グルグの大滝」

「確かにあの辺は素晴らしい景色だったな」

「さすがカーミラ殿、実際に見たことがあるとは。残念ながら俺は見たことないのだが、我が国のこの大市、これだけ人が多いというのも『絶景』の一つだと思っているんだ」


 そう言って、ヒルダード王子は人だらけの広場を見渡した。

 人、人、人。大通りの先の先まで、人の頭がひしめいている。


 確かに。

 この数は驚きに値した。見たことのない人の数、熱気とざわめき、活力のるつぼだ。

 カーミラが笑った。


「ヒトが集まり作り出した『絶景』か。面白いことを言うものだ、図々しい言いざまにもほどがあるが、わからなくはない」

「俺はこの絶景を後世まで残したくてね。俺の使命だとも思っている。俺が王太子になるため力を貸してくれること、改めて貴方たちに感謝したい」


 王子は俺たちを見渡し、最後に俺のことを見た。


「よろしく頼む。リーダー殿」

「微力を尽くします」


 俺たちは握手をした。その後王子は一人づつと握手をしていく。

 皆と握手を終えたあと、「さて」と顎に手を添えた。


「皆をどう歓待するか悩んだのだが、せっかく大市の最終日に間に合ったんだから、それにちなんだ形をとるのが一番だと俺は考えた」

「どういうことですか!?」


 声を上げたチルディに、ニッと笑いかける王子。

 そのまま、広場中央に据えられていた演説台の上へと駆けあがった。


「みんな聞け! 俺はアイソン第二王子のヒルダード・アイソンだ!」


 王子の声は雑踏の中でも不思議とよく通るものだった。

 力強いのに、耳に心地いい。

 ざわついていた広場が、だんだん静かになっていった。王子は続ける。


「この広場の屋台の食品は、全部俺が買い取る! 今から全て俺の奢りだ、皆好きに食べろ、飲め! 唄を奏でて歓声を上げろ! 大市の最終日を大いに楽しもうじゃないか!」


 一瞬の静けさ。そして次の瞬間に、歓声が巻き起こった。


「大通りの店からも食べたければ食べろ! 全て俺が持つ!」


 わああ、わあああ、と盛り上がっていく人々。

 彼らに手を振りながら、ヒルダード王子は俺たちの下に戻ってきた。


「さあ食べようか。ちーちゃんたちは大食いなんだって?」

「はい! たくさん食べますよー!?」

「奇遇だね、俺もたくさん食べるんだよ」

「ほんとう? ボクたちと大食い勝負する?」


 チルディとゆゆこが食いついた。

 なぜかガッツポーズを作っている二人だ、やる気満々だなおまえら。


「ははは。いいね勝負しよう、さあいくか!」


 三人は屋台に走っていった。

 カーミラと二人、取り残されてしまう俺。


「行ってしまった」


 カーミラが肩を竦める。


「ちーちゃんたちは元気だな。不思議だよ、見てると楽しい気分になってくる」

「おまえも一緒にいかないのか? 負けないくらい食べられるだろう」

「やめておくよ。私まで混ざったら、それこそ一瞬で店の在庫が尽きそうだ」

「違いない」


 苦笑しながら肩を竦めていると、カーミラが不意に俺の手を取ってくる。

 そのまま俺のことを、屋台へと引っ張っていく。


「それに、今日はキミと食べたい気分だ。なんだい、このところ少しショボくれてなかったか? 面白そうだから私にその胸のうち、話してみたまえよ」


 俺はドキッとした。

 話せるわけもない。さすがに自覚している。どうやら俺は、ヒルダード王子に嫉妬をしているのだ。彼女と知恵ある話を交わせる彼に。


「別にショボくれてるつもりはなかったが、少しダンジョンのことについてカーミラと話をしたい気はするな」

「お? 良いじゃないか。実はあれから『生きているダンジョン』についての話を、ディメンジョンポケット内にある本から読み返してみたのだが……」


 楽しそうに語り始めるカーミラだった。

 この話ならば、彼女と対等に話ができそうだ。俺はホッと胸を撫でおろす。


 この日、食事をしながら、カーミラとダンジョンの対策を色々な方向から話し合った。

 王家の迷宮はここから南の谷にあるという。

 三日後、俺たちは迷宮を目指して王都を発ったのであった。



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