第26話 ヒルダード・アイソン
エクレイン領主の館で大立ち回りをしてしまったその日の夜、夕食をとりながら俺はカーミラに謝罪した。
「あんなに手を出すなと言ったくせに、俺こそが争いの種を生み出してしまった」
「気にするな。むしろキミらしいと言えたよ、会ってまだ数日しか経っていないゆゆこの話であれだけ怒れるとか」
「皮肉が耳に痛い」
「褒めているんだ」
どこまで本気かわからないニュアンスで、苦笑交じりに言うカーミラ。
俺はゆゆこの方にも向き直る。
「ゆゆこもスマン。よくわからないが領主さまは教会との関係があるのだろう? 俺が手を出したせいでそっちに影響が出なければいいのだが」
「大丈夫。むしろ問題の早期収束に役立った」
ゆゆこはパンを頬張りながらブイサイン。
マイペースな話し口調は普段のままだ、本当に問題はないのかもしれない。
「問題があるとすれば、あの手の男から恨みを買うと、管理が面倒くさいということくらいだよソルダム」
「どういうことだ? カーミラ」
「今回はわからせて黙らせることが出来たが、隙を見せたらすぐ噛みついてくるだろう輩だろう、ということさ。これからキミは、あの男にチカラとか権勢を誇示し続けなくてはならない」
確かに最後まで、目の奥の暗い炎は消えていなかった。
そうか、それが『管理する』と彼女が言う意味か。俺は今後、エクレイン領主の頭を何かで抑え続けねばならないのだ。
「とーさま、シチューのオカワリを所望です!」
チルディが俺に皿を差し出してくる。
所望……? またなんか難しい言葉を使っているなぁ。
カーミラがこの家にきてからこちら、チルディの語彙はこれまで以上にスクスク育っていっている。どうもカーミラが色々と教え込んでいるらしいのだ。
そのうち俺が知らない言葉を使ってこられたらどうしよう?
「ちーちゃんさん、それはどういう意味の言葉なのでしょう?」
敬語でお聞きする日が来てしまうのだろうか。
「そういえばちーちゃん、ソワソワしたので領主の館まで来た、と言っていたね」
「はい! シチューおいしいです!」
「あれはどういうことだったんだい?」
「とーさまが困ってる気がしました!」
カーミラが俺の方を向く。
「こういうことは、よくあるのかい?」
「ん? ああそうだな、たまにあったよ。たとえば俺がギルド長との会談とかで困っていると、決まってチルディがギルドの外で待ってたり、とかさ。あれ? そういえば」
「どうしたね?」
「思い出してみれば、逆もあったな。まだチルディがドラゴンの血に目覚めてない頃、どうやって登ったのか木の高いところから降りられなくなってたチルディが居てね。そのときは、俺も胸の奥がソワソワしてチルディを迎えにいったんだ」
当時はまったく不思議に思っていなかったのだが、そのとき俺は、なぜかチルディがどこに居るのかまで把握していた。そこを疑問に思わなかったことが、不思議だ。
「なるほどね。ドラゴンの血とその護り手である
「そういうものか……」
「居候、三杯目にはそっと出し」
俺はカーミラの話に頷きながら、ゆゆこの皿にシチューを注いだ。
「ゆゆこちゃんはよく食べますねぇ」
「ちーちゃんも、今日はよく食べるね」
「動きましたので!」
「勝負、する?」
「しましょう!」
二人のスプーンの動きがチャカチャカ早くなったので、俺は目を細めた。
「おいおい勘弁しろ。寸胴でたくさん作ってはあるが、勝負なんかされたらかなわん」
「勝負は互いをよく知るための儀式」
スープをすすりながら、ゆゆこが言う。
チルディもそれに続く。
「仲良くなるための儀式です!」
俺とカーミラは目を合わせた。カーミラが笑う。
「キミら、仲がいいなぁ」
「ボク、ちーちゃんのこと、もっと知りたい」
結局、この日の勝負はチルディに軍配が上がったのだった。
◇◆◇◆
あれから一週間が経ち、いま俺は、ギルド長の呼び出しを受けて冒険者ギルドに来ている。
ギルド長室に入ると見知らぬ男性がソファに座っていた。
「お、来たね。貴方がソルダム・コニスン元S級冒険者?」
男性はソファから立ち上がり歩いてくると、返事を待たずに俺の右手を取った。
力強い握手だ。笑っている。
見れば、二重の目も力強い。整った上品な顔立ちなのに、金髪が獅子のたてがみように荒々しかった。
「はい、あの……どちらさまでしょうか」
「その方は、我が国『アイソン』の第二王子、ヒルダード・アイソン王子」
答えたのは奥の部屋から出てきたギルド長だ。いつも通りの文官姿、まだそこまでの歳でもなかろうに、長い白髪が揺れている。
俺はギルド長の言葉を反芻した。
王子? 王子だって?
どうしてそんな身分の方が冒険者ギルドになど居るのだろう。
「ヒルダード王子はギルドのスポンサーでもあらせられる。粗相なきように」
「おいおいギルド長、やめてくれ。そんな紹介の仕方をされたらソルダム殿と気楽な会話が交わせなくなってしまう」
困り顔で苦笑するヒルダード王子。
気さくなお人柄なのだろうか、その表情には嘘がなさそうに見えた。
「いいのです王子、この男にはこれくらい言っておくのが丁度いい」
「歯に衣を着せぬ物言いができる男、ということか。買われているね、ソルダム殿?」
悪戯っぽくこちらを見る目すら力強かった。
会ったばかりなのに、好印象を持ってしまう。カリスマ性とでも言うのだろうか、どうやらそういうものがある方だった。
「まあ座ってくれ。話はまずギルド長の方から」
促されて、彼らとはテーブルを挟んだ反対側のソファに座る。
ギルド長が、ごほん、と咳をした。
「どうやら領主殿のところで暴れてきたらしいね、ソルダム君」
「耳が早いですね、ギルド長」
「領主殿はあまり家人からの評判がよろしくないのだろう、もう噂で持ちきりだよ」
「いっ!?」
気がついてなかった。そうか家人から漏れてしまうものか。
今の俺は街の人々からどういう目で見られてしまっているのか。少し怖い。
「平気だよソルダム殿、貴方は街の人々から人気があるようだね。概ねが貴方の味方をしているようだ」
それはそれで、エクレイン領主からの恨みを今より買いそうで怖いのだった。
俺は溜息をついた。ギルド長が頷く。
「そう、わかっているねソルダム君。もちろん『平気』じゃない。君はより強く領主殿からの恨みを買ったことになる」
「……そうですね」
「そこで、今回の話だ」
ギルド長はソファに座ったまま、両手の平を膝と膝の間で組んだ。
「ヒルダード王子を君たちの後ろ盾としないかね?」
「後ろ盾、ですか?」
さぞ俺が訝しげな顔をしていたのだろう、ヒルダード王子はこちらを見て苦笑した。
しまった不敬だったか。またカーミラにからかわれてしまう「キミは歳の割に素直な感情が顔に出る」とかなんとか。
俺は表情を整えた。
「いや、別に改めなくていい。怪しいと思うのは当然だソルダム殿、貴方はこう思っている、『つまりなにをさせられるのか』と」
そう、当然そこに行き着く。
後ろ盾にする為に、どのような条件があるか。ここが冒険者ギルドであることを考えれば、なにか仕事を頼まれるであろうことは自明なのだ。
「まだ口外しないで欲しいのだがね、第一王子でもある王太子が失脚した」
「…………」
俺は黙って聞く。ヒルダード王子は顔こそ笑っているが、目は真剣だ。
「なぜ? とは聞いてくれるな、色々あるのが王宮というものだ。まあ『色々』あった。その結果、第一王子は王太子から降りることになったのだが、第二王子である俺が王太子になる為の条件というものを最後に残しやがった」
語尾が、ちょっと苦々しい。
思い出しているうちに少し正直な気持ちが溢れてきた、という感じだ。第二王子はまだ二十代中盤だろう。お若い。
「王家の迷宮、というものを知っているかなソルダム君」
訊ねてきたのはギルド長だ。
確か、王族が試練に使うというダンジョン。迷宮に認めてもらうことで、次代の王の資格を得られると聞いたことがある。
話が見えてきた気がする。
「説明が要らなそうな顔だね。そう、君たちに今回依頼したいのは、ここに居る第二王子の警護だ。そして共に、迷宮の試練へと挑んで欲しいんだよ」
ギルド長は横に座るヒルダード王子をチラと見た。王子が立ち上がる。
「よろしく頼めないだろうか、ソルダム殿」
完璧な所作で、王子は俺に礼をしたのだった。
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