第24話 領主の館
門番に通され、執事に案内をされて俺たちが通されたのは立派な応接間だった。
壁に飾られているドデカイ絵は、領主『エクレイン・ジド・アルドニア』の肖像画。それが、他の宝飾品と共に飾られている。
「なんかキラキラした部屋だな」
カーミラが端的な感想を述べた。
俺もまったくの同意見なので、思わず頷く。
「だろう? いつも気後れするんだ」
「それはまさしく正しい反応だよソルダム。この部屋は自らの権力を誇示するために飾られている。気後れしてくれるなんて、部屋主から見たら最高の結果じゃないかな」
「すまんね、小心者で」
苦笑しながら肩を竦めた。
我ながら情けないかな? と思わなくもなかったのだ。
カーミラもまた苦笑しながら肩を竦める。
「ちゃんと『ヒト同士の力関係』に敏感な証左さ。生き物として正常といえなくもない」
「そういうものか?」
「もちろん、私はヒトではないから馬鹿馬鹿しいと笑ってしまうがね」
そう言って俺を見る目が悪戯だ。
誹謗は時に彼女にとっての親愛の示し方なのだった。それがわかっているから、俺はやっぱり苦笑する。
「あまりなぶってくれるなカーミラ、こう見えて落ち込みやすいんだ」
「すまない、キミの言い様があまりに正直だったのでな。正直はヒトの美徳であろうよ」
くっくと笑うカーミラだ。
どうやら落ち着いているようで良かった。最悪、「部屋が気に入らない」とでも言われるかと思っていた俺である。
この調子で、エクレイン領主との話も和やかに進めばいいのだが。
「この部屋自体は気に入らないが、キミのお陰で気が晴れたよ。感謝だな」
おー、あぶない。よかった、ファインプレイだった。
と、内心で胸を撫でおろしていると、応接間のドアが開く。
エクレイン領主のおでましだ。――おや?
「エクレイン・ジド・アルドニアさまの御成りである!」
そう言って最初に入ってきたのは、鎧を着て完全武装をした衛兵だった。
ぞろぞろと、同じような格好をした衛兵たちが部屋に入ってくる。
今まで何回も定期報告に来ていたが、こんなことはこれまでない。なんだろうか。
最後に入ってきたのがエクレイン領主だった。煌びやかな刺繍で彩られた黒服に、でっぷりとした太い身を包み、頬肉を振るわせて歩いてくる。
俺たちはソファから立ち上がり、目礼をした。
エクレイン領主は鷹揚に頷くと、手で俺たちに座れと命ずる。後ろにズラリと武装衛兵を並べたまま、彼もまたソファに座った。
「ふむ、その方が噂の
と開口一番、あからさまに眉をひそめながらエクレイン領主は言った。
俺は恐る恐る、横に座るカーミラの顔を見てしまう。彼女は微笑んだままだ。怖い。
「りょ、領主さま。定期報告に入らせて頂いてもよろしいでしょうか」
話題が怖い方向にいくのを避けるため、あえて性急に議題を進めていこうとしてみる。だがエクレイン領主は、俺の言葉など聞いてもいないようで。
「よくまあ人の住む街に馴染んだりしておるものよ。ソルダム、貴公この
「え? ああ、はい」
そうだ、そういう設定だった。
まさかチルディと力試しをしにきて戦った仲とは公言しにくいので、ありそうな形に整えて周りに説明していたのだ。
「どうだろう、この
「は?」
俺は目を丸くしてしまった。
いや、貸すも貸さないも――。
「そういうことは、俺に聞かれましても。当人に意志を確認してみないとなんとも」
「なにを言う。貴公がそれを『管理』しておるのだろう? 管理者に聞くのが当然ではないか」
俺は横を見る。カーミラはニコニコだ。怖い!
「エクレイン卿」
とカーミラが言った。
「突然なお話ではありますが、……私を借りたとして、なにをさせたいのです?」
「それはまあ、色々とな」
「はは。察するに、口を憚るような仕事ですか」
「なに、報酬が欲しければ弾もう、その方が見たこともないくらいの黄金を積んでもよいぞ? 悪い話でもあるまい」
くくく、と笑いながら、カーミラは黒い穴を空間に呼び出した。
右手をディメンションポケットにツッコむと、手に金貨を掴んで取りだす。
「わかりますか? 黄金の含有率が最も高いと言われる後期セディエル王朝時代の貨幣です」
ジャラリ、と音を立ててテーブルの上に金貨が広がる。
「こんなものが、この穴の中にはいくらでもあります。私が見たこともないくらいの黄金、果たして領主殿に積めるのかどうか」
エクレイン領主の顔は、たるんだ首の肉まで真っ赤になった。
「ぶ、無礼な!」
「お、おいカーミラ! 針千本……!」
「ソルダム、貴公この
「お言葉ですが領主さま、俺と彼女は別にそういう関係ではなく……」
「管理しておらんというのか!? 管理もしていない不浄の者を、私の街に呼び込んでいると!?」
「いやまあ、面倒は見ているのである意味では管理ともいえるのですが……」
思わずしどろもどろになっていく俺だった。
なんと説明していけばいいのだろう。
困っていると横のカーミラが、組んだ両手の平をテーブルの上に置いて穏やかな声で言った。
「失礼いたしましたエクレイン卿。私が言いたいのは、黄金などに私の興味はないということです。仕事とやらの内容を聞かせて頂いた方が、よっぽど話が早いのですが」
「ぬうぅ」
不満さめやらぬ、という顔のエクレイン領主だったが、彼は軽く深呼吸をしたようだ。少し落ち着いたのだろうか、一度目を瞑りカーミラに向かって語り出す。
「先日私がその方らに紹介状を書いた娘。実はさる筋からの肝入りでな」
「教会だろう? 危険物管理委員会」
「し、知っておったか! だ、だがこれは知らないだろう。実はあの娘、さる者の子孫で」
「勇者タカハシだな?」
「――!!」
さらっと答えていくカーミラ。
エクレイン領主が目を丸くする。
「全部ゆゆこ本人が喋っていたぞ。そんな秘するようなことでもないのでは」
「馬鹿を言うな。特に危険物管理委員会のことなど、そうそう口にして良いものではないというに!」
ゆゆこに言ってやって欲しい。その辺は彼女が、なんのてらいもなく語ったことだ。
「ぐぬぬ。まあいい、確かにアレは勇者タカハシの子孫だ。強大な力を持つと言われる勇者の末裔だ。私はな、アレを手に入れたい」
「ゆゆこを? 手に入れる?」
訝しげな表情を浮かべたカーミラが俺の方を見た。
俺もエクレイン領主の言葉がわかりにくく、聞いてみる。
「手に入れる、とは、どういう意味ですか領主さま」
「言葉通りだ、アレの全てを手に入れる。チカラも身体も、心までも」
エクレイン領主はなにを想像しているのか、イヤらしい顔で、むふー、と鼻で息を吐いた。
「勇者の血筋の者は、さる契約によって主従を結ばせることができるのだ。教会もそれを使ってアレを従わせているにすぎん」
ニマニマと笑いながら領主さまは語り出す。
「契約の書き換えには、一度アレを打倒することが必要だ。その為に、そなたの力を借りたいと思っておる」
「ほほーう」
あ、カーミラが興味を持った。
彼女は戦闘の類が大好きだ、ゆゆことも力比べをしたいと思っていたに違いない。
「面白い話だ。なんなら力を貸してやってもいい」
「おお! やってくれるか
嬉しそうな声を上げるエクレイン領主。
しかし俺は少し引っかかってた。ゆゆこを手に入れて、彼はなにをしようというのか。
そこを俺は聞いてみた。
「心配するなソルダムよ。別に乱を起こそうなどと思っているわけではない、アレには私の子を産んでもらう」
「は?」
俺は思わず眉をひそめてしまう。
しかしエクレイン領主はご満悦の様子で続ける。
「私の家は、この街こそ任されているが国の中央政界に進出するには今一つ何かが足りない。そこで勇者の血だよ。アレは下賎の血ではあるが、武力の後ろ盾としては申し分ない。その節には妾腹として可愛がってやろうではないか」
グヒグヒと、下品な笑いを見せるエクレイン領主。俺は呆然としてしまう。
カーミラが、そんな俺の顔を見た。
「これはキミ的にはどうなのだ?」
――と。
「私には理解できるよ。察するに勇者という召喚システムは、異世界から呼び寄せた存在を、この『世界のヒト』に奉仕をさせるため存在するものなのだろう。だから強制力を持つ『契約』などというものも存在する」
あくまで落ち着いた声で、彼女は続ける。
「だから使役する主が変われば、夜の奉仕もさせられる。それは別に不思議なことでもなんでもない。ヒトが作ったシステムだ」
「そんな……冷静な!」
「私はヒトではないからな。なのでキミに問うている、エクレイン卿のやろうとしていることは、ヒトとして……いやキミとしてはアリなのか?」
「なしに決まってる!」
俺は声を荒げた。
「強制的に子づくりさせられるとか、俺は認めたくない! 子供は、両親に祝福されて生まれてくるべきだ! そんな道具みたいな扱いをされるべきじゃないんだ!」
「似たことは、ごまんとありそうなものだがねぇ」
貴族社会には家の事情で、望みもしない結婚をし、望みもしない子を生すことも少なくないという。そんなことは知っているのだ。知っているうえで、俺はこう言う!
「知るか! 俺が気持ち悪い!」
「いい答えだ」
カーミラはにんまり笑った。笑顔のまま、エクレイン領主を睨みつける。
「前言撤回だ、貴様に力など貸さん」
「なっ! ……なんだと!? いや、それより私に向かって、きき、貴様だと!?」
「下衆な貴様には貴様でも足りんくらいだ! その汚く脂ぎった顔を洗って、出直してくるのだな!」
「ななななな、なんだとおぉぉう!?」
顔どころか目まで充血して真っ赤なエクレイン領主。
あれ? これは俺が煽ってしまったのか!? しまった、望まれず生まれてくるかもしれない子のことを想像してしまったら、熱くなってしまった。もう引っ込みが付かない。
「衛兵!」
エクレイン領主の声に応じて、後ろにいた完全武装の衛兵たちが一斉に剣を抜いた。
「くくく、この剣と鎧は全て銀製。
その程度でカーミラを止められるわけがない。
俺が心配するのは、彼女がやりすぎてしまうことだった。見ろ彼女の横顔を! 暴れたくてウズウズしているじゃないか!
「ダメだぞカーミラ! 手を出しちゃ!」
「なにを言ってるんだソルダム、ここはわからせておかないと後々面倒になるぞ!?」
そうかもしれん! いやしかし!?
俺が逡巡していると、客間のドアの向こうで声がした。
「システム・アームド。マイトハンド」
次の瞬間、ドアが吹き飛んで破られた。――なんだっ!?
「呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん」
そこには、両手にゴツいガントレットのような武装を付けたゆゆこが立っていたのだった。
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