第22話 ゆゆこ・タカハシ

「こちらのちーちゃんとカーミラさんを、処分しにきました」


 ゆゆこと名乗った女の子が宣言する。

 処分? 処分てなんだ? 俺は目を丸くしながら言葉を反芻してしまった。

 俺の横に立つカーミラが、片眉をひそめて口の端で笑う。


「ほう、処分。処分ときたか。どうやるのだい?」

「決まってます、こんな感じに。シャオーッッッと」


 部屋に転がった酒瓶を蹴飛ばしながら、両手を伸ばしてカーミラに躍りかかるゆゆこ。

 狭い部屋の中で戦いが始まり、――そしてすぐに終わった。


「しゅびません。ちょうし乗りまひた」


 顔をボコボコにされたゆゆこが、セイザをして座っている。

 セイザとは足を畳んで座ること。一部の文化で、あらたまった場にて使われる座り方だ。


「女の子の顔を殴るなよカーミラ……。かわいそうだろう」

「可哀想なのはいきなり襲い掛かられた私の方だが」


 不満げな目を俺に向けてカーミラが口を尖らせる。わからなくはないが、実力に差があると悟った時点でもうちょい手加減してやれと思う。


「カーミラさんの言う通りれふ。ほんとしゅびません、この通り」


 ゆゆこは深々と頭を下げてくる。

 これもまた、一部の文化で使われる「ドゲザ」という謝罪の所作だった。心の底よりの反省と謝罪を表しているという。


「だいじょーぶですか? いたいのいたいの、とんでけー」


 チルディが奥から塗り薬を持ってきて、ゆゆこの顔にペタペタ塗り始めた。


「カーミラちゃんは強いんですから、弱い人が挑んじゃダメです!」

「ボクは弱いですか」


 なかなか容赦ないことを言うな、我が娘。

 まーでもさっきカーミラが使っていたのは単純な腕力だけだった。その程度の戦いで後れを取る者が、彼女に喧嘩を売るのは確かに間違いだ。

 なにせカーミラは最強種である吸血鬼ヴァンパイアなわけだし。


 さめざめと嘆くゆゆこを眺めながら、俺はハタと気がついた。

 そういや彼女が言っていた『危険物管理委員会』とはなんなのだろう。

 俺が問うと、応えはゆゆこでなくカーミラから返ってきた。


「教会の組織だよ」

「……教会の? 聞いたことないが」

「トップシークレットって奴さ、一般の冒険者で知る者はほとんど居ないだろうね」


 そんな秘密組織が軽々名乗っていいのか? と俺は思ったが、そこはとりあえず横に置いておいた。具体的にはどういうことをする組織なのかを聞く。


「この世界の危険物を管理・監視しているんだ。それは今の我々には理解できない原理で作られた古代の工芸品アーティファクトだったり、教会由来の聖遺物レリックであったり。だろう? ゆゆこ・タカハシ」

「ふぁい」


 ゆゆこがチラリとチルディの方を見る。

 カーミラは、ふふん、と笑う。


「そう。その視線が示す通り、果ては『最強種』であったりな」

「チルディ?」

「そうだよ。彼らにとって『最強種』は危険物だ。これまでもきっと、キミら親子は管理・監視をされていたはずさ」


 そういえば、領主さまにチルディとの生活を定期報告する際「報告した内容がわかりにくいと言われた」と領主さまがポロリと漏らしたことがあった。

 あの時は深く考えなかったが、『誰に』そんなことを言われたのか。


「間違いなく危険物管理委員会の者からだろうね。教会は国ですら手を出せないチカラを持っている、領主を通じてキミらを監視していたのだろう」

「そうだったのか……」


 確かに、なんでそんなことまで報告が必要なのか、と思うような項目もあった。

 チルディのデータを取るためだったというならば、それも納得がいく。


「で、その『危険物管理委員会』さまが、なぜ今さら直接赴いたのだろう?」

「それは、本人に聞いてみようさ」


 セイザしたままのゆゆこを、俺たちはソファに座りながら見下ろした。

 ゆゆこはちょっと目を逸らしながら、ボソボソと喋り始める。


「そりゃーあれです、ちーちゃんという最強種に、カーミラ・ウィルキナスという最強種が接触したんです。教会だって慌てます」

「にしても、いきなり処分というのは乱暴じゃないかね?」

「ナメられたらいけないので、ちょっとイキった。本気で言ったわけじゃない、許してほしい」


 ペコペコと頭を下げるゆゆこだ。銀と黒に分かれたショートカットが揺れている。

 カーミラは目を細めながらそんな彼女を見つつ、


「本気で言ってくれてもよかったんだがな。勇者の子孫なんだ、闇の者を屠るのは使命みたいなものだろうに」


 と、顎に手を添えた。……勇者?

 カーミラの言葉に、ゆゆこが驚きの顔を見せた。


「どうしておわかりで」

「わからいでか。自分で『タカハシ』を名乗っていたじゃないか」

「ああそうか、その昔に魔王を打倒したという勇者の名前が確か……」

「タカハシです!」


 声も大きく応えたのはチルディだった。

 カーミラがチルディの頭を撫でる。


「そう勇者タカハシだ。さすがだねちーちゃん、本を読んでるな」

「えへへー、さすがでした!」


 褒められて喜ぶウチの娘。

 俺もチルディの頭を撫でてやった。カーミラが話を続ける。


「異世界から召喚されたという彼はその不思議な力で、この世界に眠る古代工芸品アーティファクトを十全に使いこなし、あらゆる強敵を屠っていったという」


 楽しげに目を細めたカーミラが、ゆゆこの方を見た。


「その血を引いたキミのことだ、本領は古代工芸品アーティファクトを使った戦いなのだろう? どうだい、こんな茶番はやめて、外に出て本気の戦いをしてみるというのは」

「冗談やめてください、ボク殺されちゃいます」


 慌てた様子で両手を振り拒絶するゆゆこだ。

 俺は助け船を出してやることにする。


「もういいだろカーミラ、許してやれ。それよりも俺が気になるのは、あなたがここに来た理由だ。『処分』でないのなら、なにをしに?」

「同居しに」

「え?」


 いまこの子、なんて言った?

 俺は聞き返す。


「だから、同居しに」

「は!?」


 思わず大きな声を出してしまった。同居? 同居って言った?


「なんだ同居って? どこからそんな話が出てくるの!?」

「『危険物管理委員会』は、危険物であるお二人が一緒に居るということに警鐘を鳴らしている。なので、同居してボクが監視してこいと」

「無理、絶対無理! カーミラだけで手一杯、ウチにこれ以上の居候なんて無理!」

「狭いのですか? 増築代程度なら委員会で負担しますが」

「なんか前にも似た言葉を聞いた気がする!!」


 カーミラのときとデジャヴだ。

 こいつら二人とも、図々しいのか謙虚なのかわからない!


「ダメったらダメ」

「でも既に決まったことなので」


 スッと、封書を出してくるゆゆこ。


「なんだよこれ」

「ご拝読ください」


 俺はそれを手に取り中身を見た。


「うぐっ!」

「どうしたソルダム、なにが書いてあったのだ?」

「……領主さまからの令状だ、最大限この子の便宜を図れ、と」


 俺は面食らった。だがこの街に住む以上、領主さまの言葉は無視できない。


「ゆゆこちゃんもここに一緒に住むのですか!?」

「うん」


 ゆゆこが指でブイサインを作る。チルディもブイで返した。


「ちーちゃんは歓迎ですよ! 人がたくさんは嬉しいです!」

「ボク歓迎されて嬉しい」


 両手でブイブイ。

 こうして俺の家に、居候がもう一人増えたのであった。



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