第13話 ゴブリン

 森の中、開けた場所にある泉を目指した俺たちはゴブリンに遭遇した。

 彼らは人間と同じようにテントを張っている。材質は動物の皮を繋げたもので、見た目は汚らしい。

 泉のほとりにテントが二つ。

 その近くを緑色の肌をした大小のゴブリンたちが動いている。火を熾して、なにかを調理しているようだ。


「あれがゴブリンさんですか……! 初めて見ました」

「しーっ。あまり大きな声を出すなチルディ、見つかってしまう」


 ゴブリンは普通もっと大所帯で行動する。

 テントが二つとは如何にも少なかった。近隣の村でも襲うために出された斥候だろうか。ともあれ奴らは人を襲う魔物だ、見て見ぬフリもできない。


「この森は俺たち人間も狩りや薬草収集にくる。そこにゴブリンが繁殖したらコトだ、カーミラ手伝ってくれるか?」

「それは構わんが……」

「よし、チルディはここに残れ。いくぞカーミラ」

「まあ待て」


 護身用に携えていた腰の小剣を抜こうとした俺は、カーミラに制された。


「まず対話を試みてみないのか? 私はゴブリンの言葉もわかるぞ」

「相手はゴブリンだぞ!? 人を襲うんだ」

「呆れたな、私だってヒトを襲うくらいするぞ」


 カーミラは、言うほどは呆れた顔をせずに肩を竦めてみせた。


「言語を使い意志の疎通が図れるならば人と変わらない、キミはそう言ってたではないか」


 俺は思わず言葉に詰まってしまう。

 言った、が、ゴブリンは知能が低い。対話をしたという事例を聞いたこともなかった。

 冒険者時代にゴブリンと戦ったときのイメージが払拭できない。奴らは獰猛で、残忍で、集団で人の村を襲う。


「それは、人間がゴブリンを敵視して蹂躙しているからだ。私の視点からだと、こう映っているよ。お互い様というものだな」

「しかし……」

「ヒトの立場として、敵の勢力が小さいうちに叩いておきたいという気持ちもわかるが、まずは話を聞いてみてからでもいいのではないか? 私に寛容を示したのだ、奴らに寛容を示せぬキミではあるまい」


 俺は冒険者として、ゴブリンの怖さを熟知している。

 だから「買い被りだ」と言いたかったのだが、それを言うにはあまりにカーミラの目が真摯だった。なにかを期待している目だった。それに。


 なにより横にいるチルディが、カーミラと同じような目をして俺を見つめていたのだ。

 それは俺に期待を寄せている目だった。俺は大きな溜息をついた。


「わかった、まずは対話してみることにしよう。だけど決裂したときには」

「そのときは私が責任持って対処するさ。あの程度、別にキミらの手を煩わせるまでもない」


 カーミラはクスリと笑って続ける。


「だがきっと、対話の結果はキミの目からウロコが落とさせることになると思うがね」

「……?」


 どういうことだろう。

 視線でカーミラに問うが、彼女はもう一度クスリと笑うだけだった。

「じゃあ行ってくる」と、カーミラは一人で茂みから出て行った。


「ハピ、ハピ! アラガード、デルザ!」


 両手を上げて無抵抗の意を示しながら彼女が声を上げた。

 ゴブリンの言語だろうか、俺にはわからない。二匹のゴブリンが、棍棒を構えて緊張した姿勢をとる。テントの中からも慌てた様子のゴブリンが出てくる。

 ゴブリンの数は、大小合わせて六匹か。


「エルデ、ハブ、グライム!」

「ハピ、ハピ、アラガード、デルザ」


 ゴブリンが返した叫びのような声に、カーミラが少し落ち着いた声で応じる。

 同じ言葉を繰り返しているのか?


「とーさま、カーミラちゃんはなんて言ってるのですか?」

「わからない。とにかく今は様子を見よう、戦闘になってもチルディは出てくるなよ?」


 二匹のゴブリンはカーミラを前後に挟みこむように位置取ると、なにやら強い語調で詰問を続ける。カーミラは穏やかな調子で応えているが、ゴブリンたちの語調は一向に弱まらない。ほらみろ、ゴブリンと対話なんか無理なのだ。


 不意にカーミラが、空に向かって闇の魔法を放った。

 それはチルディと戦ったときに見せたものと同じだった。一条の闇が空に浮かんだ雲に大穴を開けたかと思うと、それを巻き込むように吸い込んでしまう。雲が消滅した。


「デルアード!」

「デルアード!」


 ゴブリンたちが、手にした棍棒を地面に置く。

 カーミラが、俺たちの方へと振り返った。


「出てきていいぞ。最初の対話は終わった」

「結局、武力による対話じゃないか」


 茂みから出つつ、呆れた声をぶつける俺。カーミラが笑う。


「なにを言う、これもヒトの知恵だろうが。武力誇示による抑止、理性的な対話といえる範疇だと思うがね」

「どこぞの大国が言いそうなことを」

「カーミラちゃんはすごいですねぇ」

「あ、こら! 出てくるなと言っただろうチルディ」

「戦闘になってませんですから、とーさま!」


 むう。それはそうだが、あの顔は俺が「とにかく出てくるな」という意図で言ってたのをわかってて出てきてるな?

 年々知恵がついて、良くも悪くも賢くなってきている気がする。困ったものだ。


「平気だよソルダム。奴らも子連れだ、ここに及んで危険を冒してまで我々と事を構える理由なぞない」

「子連れ……?」


 カーミラが、クイと顎でしゃくった先には、一匹のゴブリンの背に隠れた二匹のゴブリンが居る。言われてみれば、その二匹は身体がとても小さい。


「確かに小さいのが二匹。子供とはな、気づかなかった」

「なぜ気づかなかった?」

「遠目だったから、かな……? いや違うな、大きさの違いには気づいていた気がする」

「単純にゴブリンにも子供がいる、とは想像してなかったのではないか?」

「む」


 俺はカーミラの指摘に、思わず唇を尖らせてしまった。

 たぶん、図星だ。俺たち冒険者は、ゴブリンの大小を、戦力の違いくらいにしか認識していなかった。

 考えてみればゴブリンに子供が居たとしても不思議ないのだが、そんなことを想像したことはない。


「少しは目からウロコを落とせたかな? まあ、敵のことを知り過ぎると戦意が鈍るからな、冒険者というものが必要としない認知なのもわかるよ」

「……カーミラは、なんで俺にこんなことを教えたんだ?」

「キミはもう冒険者じゃなく『元』冒険者なんだろう? 知っていても良いのではないか、と思った。これが一つ」


 俺たちは二匹のゴブリンに連れられて、泉のほとりへと来た。

 目の前では火が焚かれており、ボコボコの鍋が掛けられている。


「そしてもう一つは、事情を知らずに今『ゴブリン一家』を殺してしまったら、いずれちーちゃんが苦悩するときがきてしまうかもしれない、と思ったこと。まあ、概ねちーちゃんの為だと思ってくれていいよ。キミへの礼の気持ちがなかったわけではないが」

「礼?」


 俺は首を傾げた。


「キミは私に新しい価値観を教えてくれた。最強種を無闇に怖がらぬ人間もいる、というね。だから、その礼だ。私も、私の価値観をキミたちに伝えたい」

「……なるほど」


 闇に近しい者であるカーミラの目から見た世界。

 それを俺にも見せたかったわけだ。

 そういうことならば、俺も無碍にはできない。


「降参だカーミラ。子連れであると知ってしまった以上、俺にはもうこいつらを殺すことはできない。腰を据えて『対話』とやらに臨むよ」

「そうこなくてはな!」


 カーミラがニンマリと笑う。

 俺たちはゴブリンの『親子』と話し合いをすることになったのだった。



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