第8話 仲間

 カーミラが居候を始めた次の日、俺は彼女に引っ張り回されることになった。

 街を案内しろとウルサイのだ。


 俺は朝起きたばかりなのに用意をさせられ、早朝からウチを出る。

 食事の用意をする間すらない申し付けだったので、チルディも連れてのお出掛けだ。

 俺たちは昨晩のように中央通りの屋台で食事をとり、街を歩く用意を整えた。


 まず案内させられたのは本屋だった。

 本屋は上層区画に多いのだが、俺たちが住む中層階級区画にも一軒本屋がある。

 さして本屋には縁のない俺だが、そこは冒険者時代に懇意にしてもらっていた店なのだった。


「やあソルダム、珍しいじゃないかちーちゃん以外にも女性を連れてくるだなんて」

「昨日仲良くなったカーミラちゃんです!」


 俺が答えようとする前にチルディが紹介してしまう。

 苦笑しつつ、付け加える俺。


「まあ冒険者時代の馴染みでな。本の類が好きらしくて、案内を頼まれた」

「ほうほう。本が好きなら歓迎だ、よろしくなカーミラ」


 店主が開いていた本を閉じてカーミラの方を見た。

 するとカーミラは、なぜかキョトンとした顔をして。


「あ、ああ。よろしく」


 ワンテンポ置いてから頭を下げた。

 ん? どうしたんだいったい。俺はカーミラに声を掛ける。


「なんだカーミラ、妙な顔をして」

「いや、だって……。ご主人は私を警戒しないのか? 私は今、闇属性のオーラを抑えきれていないと思うのだが」

「ソルダムが連れてきてちーちゃんが警戒していないんだから、きっと平気なのだろうとね」


 カーミラは俺の顔を見る。


「言ったろ? 俺たちの『界隈』では普通だ、って」


 チルディという先例を見ている俺たちにとって、最強種というだけでは恐れる理由には少し足りない。少なくとも無闇に恐れたりはしない。


「店主さん、あっちでご本見てきてもいいですか?」

「もちろんだよ。いってらっしゃい、ちーちゃん」

「はい、いってきます!」


 チルディが本棚の奥に去っていく。

 この店は子供でも読める『絵本』なるものも取り扱っているのだった。

 うちの娘は、それが好きでよくここに遊びにきているらしい。


「ちーちゃんは良い子だからね。その子が笑顔で紹介するあんたのことを警戒なぞせんよ、カーミラ」

「……そういうものなのか?」


 また俺に問うカーミラ。俺は苦笑した。


「そういうものだよ」

「ふぅん」


 納得したのかしてないのかわからない顔で、カーミラは唇を尖らせた。

 あえて言えば、不思議に思っている顔なのだろうか。俺たちの言うことがよくわかってないようにも見える。

 コミュニティというものにあまり属したことがないと、こうなるのかもしれない。

 店主もまた苦笑した。


「本が好きなのだろう? まあ好きに物色してみてくれ。ここの本は安物が多いが、時折りレアな本を混ぜたりもしている。それを当ててみろ、というのは少し酷かな?」


 カーミラは、ぐるーり、と店内を見渡した。

 しばしの静寂。

 改めて俺は思った、本が集まった空間の匂いとは独特だな、と。

 古い紙の匂いで満ちている。

 人によっては、懐かしい匂いと言う者もいるのだが、馴染みがない俺からすると「独特な」、もっと言えば「変な」匂いという気持ちだ。


 奥で絵本を開き始めたチルディ、店内を物色しているカーミラ。

 俺は少しアウェイ感を覚えながら、店の中で小さくなってしまう。


「あの棚は勇者タカハシ時代の本を並べているのかい?」

「お目が高いね。そうだよ、古えの昔、魔王という存在がまだ世を脅かしていた時代の書物だ」


 カーミラが問うと、店主が驚いたように目を開けた。


「なるほど……。だいたいは写本だが、一冊だけ原本らしきものがあるね。この『賢者回顧録』は魔王討伐隊に参加していた賢者が記したモノだったか。装丁が伝え聞くものと同じだ。レアな本とは、たとえばこれではないか?」

「わかってくれるか! そうなんだよ、他文献にある通りの装丁だろう!?」


 店主は興奮気味に店番のカウンターから身を乗り出して熱弁する。

 その時代の背景やら勇者パーティーのウンチクやら、果てはその頃の経済にまで話題が及んでいるように聞こえる。カーミラの受けごたえも良かったようで、店主の興奮は留まることを知らない。ここの店主がこんなに多弁だったとは、初めて知った俺である。


 当然、二人の会話についていけるわけもなく蚊帳の外な俺。

 居心地の悪ささえ感じ始めた頃に、カーミラがディメンションポケットから金貨を取りだした。


「悪くない。買わせてもらおうか、これで足りるかな?」

「どれどれ……、ははっ、これは勇者タカハシ時代の古金貨じゃないか! 時代物の本を買うのに同時代の金貨を持ち出してくるとは、洒落がわかってる」

「慧眼恐れ入る。ついでと言ってはなんだが、ちーちゃんがいま手にしている絵本も頂きたいのだが」

「そっちは子供向けで安く仕入れているからな。合わせて、ひーふーみーよー、……、いつ、むー、やー。こんなものかな」


 カウンターに置かれた金貨を店主が選り分けると、カーミラはむしろ呆れたような顔をする。


「原本だぞ? それでは安いだろう」

「構わんよ、代わりに今後も御贔屓願えると嬉しいね」

「じゃあ、……そうだな、前魔法時代の本も少しもらっていくか。『シルヴァ研究序説』と『ウィナールの林檎』を」

「さっそくの御贔屓、ありがとうござい」


 店主はニッと笑った。


 ◇◆◇◆


 俺たちは本屋を後にした。

 チルディはカーミラに買ってもらった絵本を抱えてご満悦。俺はカーミラに礼を言った。


「なんか悪いな、チルディの本まで」

「構わんさ、ついでだよ。それに、読めるならば幼い頃から本は沢山読んでおいた方がいい。ソルダム、キミの家は昨日みただけだが、もうちょっと彼女に本を買ってやってもよいと思うぞ?」

「そ、そういうものか!?」

「書に記す、という行為は、キミたちヒトが培ってきた文化の中で、もっとも尊ぶべきモノの一つだ。少しは敬意を持って欲しいものだね」


 人外を自称するカーミラから、人としての道を注意されたみたいでいたく傷ついた。

 少々お高いが、これからはもっとチルディに本を買ってやるか……。

 俺は反省してカーミラにそう告げる。


「そうするといい。昔はな、本と言うものはもっと高価で一般人にはとても手が出せないものだったんだ。じゅうぶん庶民的にもなってきている昨今、読まぬというのは勿体ない。先人が記した知識の宝庫なのだからな」

「ちーちゃん、ご本大好きですよ!」

「そうだね、キミは良い子だ。ほらソルダム、ちーちゃんもこう言ってる」


 俺は観念して両手を軽く上げた。

 そろそろチルディに本格的に文字と言葉を教えたいと思っていた頃でもある。絵本から入っていくのは、やる気の維持という点からみても効果が高そうだ。


「あら、ちーちゃん、ご機嫌ねぇ」

「レオナおばーちゃん!」


 大通りの市場を歩いていて遭遇したのはレオナさんだった。

 カーミラが、気持ち俺の後ろに姿を隠す。


「カーミラちゃんがご本を買ってくれました!」

「いいわねぇ。よくお礼は言った?」


 言いました! と元気なチルディ。レオナさんが、チルディの指差した『カーミラちゃん』に顔を向ける。


「うふふ。貴女もちーちゃんのファンなの?」

「え?」


 と俺の後ろでカーミラが疑問符を口にした。

 そんな彼女に対し、レオナさんは優しい声で続ける。


「わかるわよ? ちーちゃんには、ついつい何かしてあげたくなっちゃうのよねぇ」

「…………」


 カーミラが俺の背に隠れたままなので、間を繋ぐためにも俺はレオナさんに訊ねた。


「レオナさん、市場まで買い物ですか?」

「そう。今日は魚が安く入ってきてるって聞いてね? 久しぶりに食べたくなったの」

「ちーちゃんが荷物を持ちましょうか!?」

「あら、でも……?」


 レオナさんが俺たちの方をチラリと見た。

 俺はチルディに頷いてみせる。


「よしチルディ、今日のお仕事だ! レオナおばーちゃんの買い物をお手伝いしなさい!」

「わかりましたとーさま!」


 そういうとチルディは右手で拳を握り、胸の前に掲げる。

 これは傭兵たちがよくやる敬礼の一種だ。命令を受けたときなどの返しによく使う。


「ありがとうねぇ、ちーちゃん」

「じゃあ行きましょう! レオナおばーちゃん!」


 荷物持ちがしやすいように絵本を預かり、俺たちはチルディと別れた。

 人混みの大通りを歩いていく二人に手を振っていると、カーミラがまた不思議そうに言う。


「……あのご婦人も、私を怖がらなかった」

「だから言っただろう? 少なくともチルディと一緒に居るやつを、無駄に怖がる人は俺たちの周りにはいないよ」

「そうなのか。なぜなのだろう」


 この吸血鬼ヴァンパイアは、そんな当たり前のことすらもわからない。

 俺はカーミラのことが、少しかわいく思えた。


「チルディが笑って紹介する相手なんだ、それは彼らにとっても仲間さ。仲間を怖がる必要なんてないだろ?」

「……なか、ま?」

「そうだよ。少なくとも俺は、チルディのブレスを受けているときにおまえが俺の背を支えてくれたときから、敵じゃないと思ってる」

「…………」

「その上、一緒に住むことになったんだ。そりゃもう、これは仲間と言って過言でない、と思うのだがな」


 このときのカーミラの顔を、俺は忘れることはないだろう。

 なんというか、ポカンと俺の顔を眺め、次の瞬間に顔を真っ赤にした。

 そして困ったように眉をひそめて、目をキョロキョロ。

 落ち着かなさげに、こう呟いたのだ。


「そうか、仲間。うん、仲間か」


 小さく頷きながらの呟き。

 その仕草が可愛くて、思わずクックと笑ってしまう。


「なにがオカシイ!」

「いや、カーミラは可愛いな、と思ってさ」

「かかか、カワイイだと!?」


 赤かったカーミラの顔が、今度は耳まで真っ赤になった。


「ぶ、無礼な! この人間め!」

「やめろ、こら! 叩くな!」


 カーミラが俺を叩いてくる。

 その怒り方がまた可愛くて、やっぱり俺は笑ってしまったのであった。



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