第4話 最強種同士の
「とーさま! だいじょーぶですか!?」
俺とカーミラの間にチルディが割って入ってきた。やっぱりここまで追ってきてしまった。
「俺は大丈夫だから、前に出るなチルディ!」
「……ちーちゃん。忠告しておくがここはもう街中じゃない、マナを失った今のお父さんでは、次の私の攻撃は防ぎ切れないよ?」
「チルディ惑わされるな、おまえは必ず俺が守るから!」
そう言って俺は再びチルディの前に出る。
カーミラがおどけた調子で笑った。
「彼我の戦力差がわからないような愚か者ではないだろう。ソルダム、キミは確かに凄い、だが、マナを持たない以上はここより先の領域に踏み込むことはできない」
「……いくらでも踏み込むさ、俺は父親なんだから」
「そっか」
ドン! とカーミラの周辺に舞う闇が膨らんだ。
咄嗟にゴミ箱の蓋と長板を両手に構える俺。――耐えろ!
盾とした二つが、闇を受ける。
逸らし、受け止め、だが時に貫通し、俺の身体を削ってくる。闇に衣服ごと肌を切り裂かれ、血が滲む。打撲する。
一撃で、盾とした二つはボロボロになった。しかしそれでも、俺は耐えきった。
「ほんと賞賛を禁じ得ない、マナなき身でこれほどまで。だけど、次はどうかな?」
それは俺に向けた言葉ではなかった。
背後に居る、チルディに投げかけた言葉。チルディは静かな声で応えた。
「とーさまは凄いんです」
「それは認めるよ」
「こんなもんじゃないくらい凄いんです、でも――」
「やめろチルディ、ここは俺に……!」
「でも今、ちーちゃんは怒っています。カーミラちゃんに怒っています。だから、とーさま、ごめんなさいなのです!」
俺の脇を擦り抜けて、チルディが前に出た。
そのまま、カーミラを殴りつける。闇を纏ったまま、カーミラが吹っ飛んだ。
「ははははは! 楽しい時間の始まりだ!」
「そんな時間、すぐ終わっちゃいます!」
吹き飛びながら笑うカーミラ。チルディはそれを追い掛ける。
「チルディ!」
あっという間に離れて小さくなっていく二人を、俺も追い掛けた。
◇◆◇◆
一回、二回、三回、と。
真横に吹っ飛ばされたカーミラは広い丘陵地帯の地面にバウンドしながら停止した。
立ち上がり、飛んでいるチルディをその視界に即捉える。
「次はこちらからだぞ」
凝縮された闇が、足元の影から槍のように伸びていく。
チルディはそれを、光線のブレスで砕いた。
「ふはは、ちーちゃんの光と私の闇、どちらが勝るかの勝負だな!」
次から次へと生み出される闇の槍。
飛びながら、チルディはそれを避ける、避ける、避ける。
避けつつ吐いた光線ブレスは的外れな地面に着弾する。しかしチルディは首を振り、ブレスを出しながら強引に光線の軌道を変えた。
光により地面が一本線にえぐれていく。
空中から襲い掛かるチルディのブレスを、カーミラは寸でのところで転がり避けた。
「怖い怖い、だけど本当はもっと凄い威力で撃てるんじゃないかね? 私はそれが見たいのだ」
「カーミラちゃんにはこれくらいで十分です!」
「はっ! 言ってくれる」
カーミラの影から、今度は無数のコウモリが飛び出していった。
コウモリ、いやコウモリの形をした影だ。
影コウモリは飛んでいるチルディを追っていく。そいつらは数が多く、そして速度に秀でていた。ジグザク飛行で影コウモリを避けようとするチルディだが、振り切れない。影は質量のない動きで直角にも曲がり、確実にチルディへと近づいていった。
「まずは飛ぶことを封じよう」
カーミラがにんまり笑う。
パチンッ……! そうカーミラが指を鳴らすと、影コウモリがチルディに引っ付いた。
「なんですかこれ!?」
無数の影コウモリがチルディに張り付き、大きな球体を作り出す。
「こういう遊びは好きかい?」
カーミラが大きく空に飛びあがり、球体を掴んだ。
「そらぁ!」
そのまま球体を振り下ろすカーミラ。
球体は地面に向かって落ち、強烈な振動が響いた。
砂埃が舞う。
「チルディ! うおっ!?」
あまりの揺れに、走って近づいてきていたソルダムが倒れる。
カーミラは静かに地面へ足を着けると、まだ遠くにいるソルダムに声を掛けた。
「ソルダム。我々最強種が、何を以て最強と呼ばれるか、その眼でよく見ておけ」
「…………ッ!」
最強種自身が『何を以て』と言った。
これからなにが起こるのか、想像もできず、ソルダムは唇を噛んだ。チルディが心配だったのだ。
と、砂埃が一気に霧散する。
吐き気を催すほどのマナがチルディに収束していった。
空間が歪む。
「チルディ……!」
「来たか!」
高温度の小さな球体が、チルディの口から放たれた。
大気が揺れ、地面が割れる。
カーミラが声を漏らした。
「素晴らしい……! だが、まだだ。もっといけるだろう?」
言いつつチルディの攻撃を避ける。
後ろに飛んでいった球体が、遥か遠くで轟音を響かせた。
「この距離だと我々なら互いの攻撃を避けることも難しくない。なので」
カーミラは目を細めて笑う。
「次は避けることを封じよう」
やや遠くに見える街『アルドニア』、それはチルディたちが住む街だ。
カーミラが動いて位置取ったのは、その街とチルディが射線上に重なる場所。
「ちーちゃん。次の一撃、私は最大級の力を放つよ? 闇の力だ、夜より暗い闇だ。キミが避ければ、闇はキミの後ろにあるアルドニアを飲み込むだろう。壊滅、とは言わない。だが深刻な災害級被害を負うことだろうね」
「――――!! 卑怯です!」
「そう、私は卑怯。ちーちゃんと力を比べる為なら何事も厭わない。キミは見事私の一撃を受けとめるか、キミの持つ最大級の光線ブレスで私の攻撃を相殺しなければならない」
にんまりと、心の底から嬉しそうという顔で、カーミラは笑った。
その目が黒から赤に変わっていく。
したたる血を思わせる、純粋な赤。深紅の赤。彼女の周りで、闇が弾けた。広がっていく闇。
「暗黒の淵より力を奪い、闇の力を凝縮せしめん。暗黒の虚空より呼び出し、闇の力を我が手に集めん。闇の精霊よ、我が呼び声に応えよ。暗黒の力よ我が手に集い、凝縮せよ。我が意思を宿し、闇の力よ我が意のままに槍と化せ」
広がった闇が、急激に収縮する。
「いくよちーちゃん」
「カーミラちゃん!」
チルディに向かって野太い闇が一直線に迸った。
アルドニアを背にしたチルディは大きく口を開け、――思いっきりの光線ブレスを吐いた。正面からぶつかり合う光と闇。それらは相殺し合う。
「さすがだ、これがドラゴンの血筋! 私の渾身を相殺するその威力! 満足だ、私は満足だ! これが見たかったんだよ、あははははは!」
相殺しあう光と闇、しかしそれらが拮抗してる時間は短かった。
光の勢いが増したのだ。光量が、火力が増していく。
「なっ!?」
チルディは、全力に近いブレスを『コントロールしきれない』。それは過去にソルダムと一緒に荒野で試しブレスを吐いてみたときにわかっていたことだ。
だが、カーミラは今回、それを吐かせてしまった。
街を守らせるため、チルディに全力を出させてしまった。
「おいおい……、おい!」
カーミラにとって、その火力は想定外だった。
『夜』ではないといえ、自分にとっての全力だ。まごうことなき闇の力、それがこんなに簡単に……押されている!?
「待て! おい、ちーちゃん! タンマタンマ! 少し待つんだ!」
返事の代わりに火力が増した。さらに拮抗が破れる。
じわじわ押される光線対決、闇の分が悪い。
どうやらチルディが暴走状態にある、とカーミラが気がついたのはその時だ。
ぶわっと、汗が噴き出た。
今さら攻撃を止めたりできない。止めた途端に、自分は消し炭になるだろう。
といって、タイミングを合わせて止めたり逸らし合うのも無理だ。なぜならちーちゃんは暴走中で、意志の疎通が取れないから。
どうすればいいのか。カーミラは真っ赤な目を見開いて、唇を噛みしめた。鋭い犬歯が唇に傷を作り、血が流れる。
そんなことを考えている間にも、カーミラの闇光線は押されてゆく。
――いや。
それどころではない、そろそろ自分の攻撃が収束してしまうと、彼女は経験から理解していた。そのときカーミラは、光の中に消えてしまうに違いない。
「これが……、ドラゴンの血を引く力……かよ」
やめておくべきだったのか?
いや、私は確かめずにはいられなかった。この世で最強の生物だと言われるドラゴンの血を引く子供がいると聞かされて、ワクワクした。
惜しむらくは、この時間が長く続かないということだ。
私が不甲斐ないばかりに、この楽しい時間が終わってしまう。
ああ。力尽きる、私の力が尽きてなくなる。
誰か、誰か頼む。もう少しだけ私に時間を。
こんな楽しいことがあると分かったこの世界に、留まる時間を。ああ! 誰か!
カーミラは、何者かに願った。
――その時だ。
ドン、と横から体当たりを食らった。誰だ!? と思う間もなくカーミラはその場から弾かれた。彼女が慌てて目を向けると、そこに居たのは。
「ソル……ダム……?」
ゴミ箱の蓋と長板を盾として構えたソルダム。
チルディの父親だった。
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