第22話 ジェニーと清十郎。月とスッポン、蓮に泥。

 現品実査の結果、遊休資産が1件、整備状態の悪い資産が3件発見された。また、現品棚卸時のチェックが存否確認中心になっており、稼働状況や整備状況などの管理情報把握が不足していることがわかった。


 これら発見事項は現物の写真、使用状況、現場管理者へのインタビュー、棚卸票の記録内容などから明らかであり、川村経理課長も認めざるを得なかった。


「結局日頃の整備記録がきっちりできていれば問題ないはずなんですな」


 固定資産管理の状況は使用部署によって温度差があった。真面目に管理している部署では汚れ1つなく、稼働しており、整備記録もきっちり取られていた。

 そうでない部署のものは見た目も汚れ、一部機能不全に陥っているものもあった。


「管理部署を集め、管理ルールの徹底を行います」


 整備記録を見やすい場所に掲示するなど、問題の「見える化」を行い、再発防止を図ることになった。


「了解しました。えーと、私の方は今日残りの時間に無形固定資産の調査を進めさせてもらいます」

「わかりました。こちらからお手伝いすることはありますか?」

「一旦全体を見た上で、気になる部分をピックアップしますので、大変申し訳ないのですが明日の朝までに内容調査をお願いします」


 経理課と関連部署に残業を強いることになるが、日程上避けられないことであった。

 これは事前に岩見から連絡してあり、川村も納得していることだ。


「1日だけのことですからな。各部署にもあらかじめ連絡し、関係者に残ってもらう手配はしてあります」

「恐れ入ります。16時半までにはピックアップを終了させます。対象外の部門の方は引き上げて結構ですので」


 段取りが決まると、ジェニーは帳簿調査に再度没入して行った。


「お嬢、おいらの方は粗方めどがついたぜ。手伝うことがあったら言ってくれ」


 清十郎がジェニーに声を掛けた。


 大企業とはいえ、ここは研究所である。経費と人件費が取引の中心であり、製造や販売などの活動がない分、対象範囲が限られていた。


「そっちで気になる買い物があったら、見積から買掛までこっちでチェックできるからな」


 すべての資産購入取引は一旦買掛金を相手勘定として計上される。

 鉛筆1本であろうと、1億の設備であろうと。


 清十郎が負債の部を担当することにより、ジェニーが遭遇する異常取引に関して購入時の情報は清十郎が確認できる。今回の役割分担は、このサポートをするためになされていた。


「うん、わかってる。引っかかる奴はそっちに回すよ」


 そう言うと、ジェニーは端末の画面に目を向けた。後は無言でキーボードとトラックボールを操作する。


 ジェニーは無形固定資産のリストを紐解きながら、不協和音を奏でる資産を選び出し、その資産コードを一覧表に入力していく。

 一覧表は共有ドライブにアップロードされ、清十郎の端末からアクセスできる。


 一覧表に項目が現れるや否や、清十郎は購入時のデータを検索し、契約書や見積書に紐づけする。データとして登録されていないものは、保管資料の提出を松永に要求する。


 その連携のスピードに松永のみならず、監査チームのリーダーである岩見までが驚嘆していた。


 岩見は脂の乗り切ったベテラン会計師である。中小事務所の若い女性会計師とお爺ちゃん会計師のペアを見て、正直大した戦力にならないだろうと下に見ていた。


 しかし、ジェニーの動きは的確であったし、それを補佐する清十郎の視野の広さは一流クラスであった。

 そして、2人共情報を読み解くスピードが異常に速い。


 岩見は舌を巻いた。


「おっと、私の方も現場に行ってきます」


 ジェニーと入れ替わりに、岩見も自分が担当する棚卸資産の現品実査に出掛ける。

 劇薬も取り扱う研究所では、薬品の管理は極めて厳格で立ち入り権限も制限されている。岩見の立ち入りは特別に許可を取って行うものであった。


 見落としがあったのでもう一度やらせてくださいとは言えない。緊張を強いられるものであった。


「了解しました。留守の間に受け取っておくものはありますか?」

「過剰停滞資産の原因調査についての回答を待っています。そちらの確認を取っていただければ」

「わかりました。お気をつけて」


 清十郎は宿題事項として、今の項目をホワイトボードに書き込んだ。


「川村さん、明日は朝から関係者のインタビューをやりたいんですが、個室の準備をお願いできますか?」

「インタビューですか? 呼ぶ相手はどういう人間を?」

「調達部門の課長さんと管理部長の木下さん、最後に綾瀬所長さんのお時間をいただきたい」


 清十郎の言葉に川村経理課長はけげんそうな顔をした。


「調達の課長は沢井です。都合をすぐに確認しますが……。木下を呼ぶ目的は何でしょう? 経理内容のことでしたら私の方で答えられますが」


 取りようによっては自分を疑っているとも受け取れる話である。川村の疑問は当然と言えた。


「いえ、経理関係の内容ではありません。契約書に関する内容なもので。当研究所での契約管理責任者は木下さんだと理解しています」

「ええ。その通りです。対外契約書はすべて木下がサインすることになっています」

「個別の契約に関して契約書の補足説明をお願いする予定です」

「そういうことですか。わかりました」


 そう言って、川村は場所と人の手配に動き出そうとした。


「あ、すいません。こちらのインタビュアーは、片桐と私の2名でお願いします」


 清十郎はそう言い添えて、川村を見送った。

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