Chapter 4 ●リーボス回虫
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《リボース回虫》
(俗名)リーボス回虫
(学名)ヴィルッペス・リーボスウァーム
無脊椎動物
食肉性海洋プランクトンの一種。体長=約 120
160ファゾム〜 200ファゾムのごく限られた海域でしか生息できず、O2 (純粋酸素)に牽引される習性を持つ。
水中移動能力に優れ、時には20ノットものスピードを記録する事もある。
単体としては生息せず、通常1000〜5000体のグループ単位で回遊している。
超硬質の触手を持ち、それを捕獲対象に突き刺し養分を吸収する。その際、有毒物質を分泌し獲物の感覚細胞を犯し、平衡感覚を麻痺させる。この毒性は一過性のものだが、平衡感覚を頼りに遊泳を行う多くの海洋生物にとっては、まさに致命的な結果をもたらす。記録では、パルミア海沖30海里の地点において、大型ガルヴァ鯨の群れが、このリーボス回虫によって壊滅させられる……という事故がおきている。
2822年、海洋科学省ではリーボス絶滅のために、迎撃ダイバーチーム〔REEVOSS DESTROY TEAM=R・D・T〕を編成し海洋生物の保護に努めた。しかし思い通りの成果を上げられず、4年後の予算縮小をきっかけに現場を撤退した。
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「でも、本当にそのコンプレッサーでエアーを吸収する方法しかないの?」
女史は、救いを求めるような目で、ダイシュナルを見つめた。
「オレだってリーボスに対して、こんな消極的な対策しかたてられないのは、情けないよ。リーボス回虫に最も有効な攻撃方法は、R・D・Tの採用したレーザービームによる、遠隔攻撃なんだが……今回のように科学実験を偽装するダイブじゃあ、そんなハデな攻撃はしかけられない。残念だがあきらめてくれ」
もうしわけなさそうに、ダイシュナルは首を横に振った。
「いいわ、わかった……何から何まで完璧というわけにはいかないものね」
女史は、表情を引き締め決心を固めた。
「わるいな……。とにかくリーボス回虫をうまく回避したとしても、
まだまだ気は抜けない。その次に待ち受けているのは、例の碧海薔薇(マリン・ローズ)だ。こいつは有名だから、あんたも知ってるだろうけど、あの猛毒は海洋生物全般を見回しても、まず1、2を争うだろう。接触したら、その場でお陀仏だと思ったほうがいい。そいつが、この海域には特に密生しているわけだ。
リーボス回虫とは違って相手は植物だから、動きはしない。しかしまずいことに、この季節は、ちょうどやつらが種子を放散させる時期に当たってるんだ。……見たことあるかい? ありゃ、まるで絨毯爆撃だ。突然、散弾銃みたいに、一斉に種子が海中に発射されてくるんだからな。よけるのは容易なことじゃないよ。まだ、広い場所なら、避けるのはたやすい。でも……トンネル内で回避するのは、まず不可能だ。20ノットの異常海流が、いつ巻き起こるか知れないし、やはりトンネルに入る前に処理しちまうしかないだろう」
「ちょっと、まって。処理っていったって……水中でどうやってやるっていうの?」
慌てたような女史の声にも、ダイシュナルは表情ひとつも変えなかった。
「これを使う……」
彼は、ひとつの小瓶をサイドテーブルの引きだしから取り出し、女史の目の前にかざして見せた。かなり文字の薄くなった瓶のラベルは、“バルチコイド(アミノ酸性分解アメーバー)”と読めた。
「えっ!?」 それが何かわかった瞬間、女史は脅えた小鳥のように、瓶からとびのいた。「バルチコイドですって……。あの、生物自体に活物寄生して、アミノ酸レベルで分解しちゃうって、あれなの?」
「そうだ。こいつでも使わない限り、あのトンネルは突破できないんだよ。あのM.O.C.でさえ、今まで何度もあのトンネルが通過できないかどうかトライしてきだだろ? 一時は、バリアントに入るための最短距離っていうんで、ずいぶん注目されたものさ。
しかし、さすがのM.O.C.も、しまいには諦めざるをえなくなった。
リーボス回虫はともかく、あのマリン・ローズにはお手上げだったわけだ。
オレも長い間、そう信じて来たよ。おととし、南10000海里にあるバズス・ポイントで、こいつを採集するまではね」
女史は脅えた声で言った。
「バズス・ポイントっていったら、4年前までマッド・サイエンティストのドクター・ワトゥーの水中実験室があった所ね。でも、彼があそこで生物兵器の研究を進めてたことは、科学者仲間のなかでも、私を含むトップの数名しか知らないはずよ。 なぜ? どうしてダイちゃんがそれを…………」
女史は、まじまじとダイシュナルを見つめた。
「ノーコメントだ、あんたもオレたちのようなトップダイバーになれば分かることさ。政治がらみ、軍事がらみのやばい仕事も随分こなしてきたからな」
ダイシュナルは、珍しく影のある表情を見せた。
その様子は、勝気の女史にさえその先をうながす気にさせないほど、暗いものに見えた。しかたなく、女史は独り言のように続けた。
「でも、研究室は爆破されて全ては海の藻屑になったと思ってたわ。まさか、ワトゥーがバルチコイドを完成させていて……それがこともあろうにあの海域にまだ残っていたなんて。とても考えられないわ」
「ところがその藻屑は、オレの手の中で今も元気に生きている。この一瓶であのトンネル内の碧海薔薇(マリン・ローズ)は確実に全滅する。オレも海洋生物を愛するダイバーのはしくれだ。心苦しいけれど、でも、現状ではこいつに頼るしかない。とにかくマリン・ローズはバルチコイドに分解してもらう。おそらくトンネル内のマリン・ローズは、ものの1分たらずできれいさっぱりなっくなっちまうだろう。
それでもトンネル内は、ダイブルートとしては依然通り抜けは困難だ。異常海流のおきる周期は、変動的で先読みはむずかしい。一歩間違えばトンネルの壁面にたたきつけられ、水中姿勢をコントロールできなくなるだろう。試しに泳ぎのオーソリティーのシー・ゴリラがどう対応するか検証してみようか……」
ダイシュナルは、カーソルをトンネルの入り口に合わせると、徐々に左に移動させていった。同時にプール内のホログラフ映像も、入り組んだトンネル内へと進んでいった。
シー・ゴリラは尻込みをする様子もなく、相変わらずスムースな泳ぎを続けていた。
ダイシュナルは異常海流可動装置をオートにすると、不可係数のデータをインプットし、意図的にコンピュータを混乱させた。すると、プール内には、メチャクチャなタイミングで、5〜20ノットの海流がまき起こった。
シー・ゴリラは見事な水中バランスで、時には体を縦に回転させたり、丸く縮まったりしながら、一箇所にも停滞することなく、映像に合わせ前進を続ける。数箇所あるタイトなポイントでは一瞬止まり、海流のタイミングを読んでから素早く通過した。
そして、とうとう20数分で、トンネルをクリアしてしまったのだ。
腕組みをしてダイシュナルはうなった。
「ウーン、見事だ! ヤツがもしダイバーなら間違いなくゼロナンバーだろうな」
「すごいわ! シーちゃん」
女史はシー・ゴリラの素晴らしい水中パフォーマンスに、拍手を送った。
「おいおい、感心してる場合じゃないぞ。オレたちもあそこを通過するんだからな」
女史はダイシュナルにとがめられ、ポン! と自分の頭を叩いた。
しかし彼女は、具体的にシー・ゴリラの穴抜け技を見たことで、気分的にずいぶん楽になっていた。
ダイシュナルが彼女にシー・ゴリラのシュミレーションを見せたのは、実はこういった意図的な精神フォローをするためだった。
ダイバーというものは、いつでも100%の能力を発揮できるものではなく、特にこのような水圧下においては、思考能力自体が3分の1にまで低下する。その時になって気が付いても手遅れなのだ。しかし、前もってイメージトレーニングをすることによって、停滞することなく、マインドコントロールすることが、何割かはできるようになる。
2人はシー・ゴリラのシュミレーション(擬似体験)を手掛かりに、ダイブ・プランを構築していった。
明け方近くまで、2人の討議は続いた。
その結果ベイル海峡へのランディングは、
3日後の早朝4:00ということになった。————
3日後———A.M.2:30 ダイシュナルは目覚めた。
いよいよ彼にとって3255回目のダイブが、始まろうとしていた。
それも彼のダイバー人生において、大きな変革をもたらすものになる事は必至であった。昨日、M.O.C.からのダイブ許可もおりて、ダイシュナルは左肩にその認定証を貼り付けていた。———もちろんシー・ゴリラの科学実験のための、ベイル海峡へのダイブ認定証である。ダイシュナルは、ブラインドの隙間を指で広げ空を見上げた。
そして、まだ星がきらめく夜空を眺めると、今日の天候状態を心配していたダイシュナルは、ひと安心して笑みをうかべた。
リビングの水槽にグルリと目をやると、いつものように水槽内のペーハーセンサーを留守番監視システムに切り換えた。今回は、メモリを1ウィークにセットした。
それは、ある程度の長期ダイブを覚悟した、ダイシュナルの心積もりを表していた。
最後に、スキューバ器材の入ったトランクに、バルチコイドの小瓶を慎重に詰め込むと、ルームキーを左に回しセキュリティー・システムを作動させた。
彼は、エアルートを、女史の待つ西側のシーポートへ向かった。
いつものエアプレッシャーを受け、パイプの中を流れるダイシュナル。
ちょうどM.O.C.の前を通過しかかった頃、彼は目を閉じて祈った。
『トーキン……きっとお前を助け出してやるからな。オレのダイバー生命を賭けても、きっとやりとげる。安心してまってろよ』
その思念を、トーキンに伝えようとでもするように、彼は眉間にしわを
寄せて強く念じた。
シーポートには、数分で到着した。
エアパイプを出ると、女史は既に実験用のクルーザーのデッキで待っていた。
ダイシュナルは、フル装備の詰まった30ほどのトランクを、軽々と持ち上げクルーザーに乗り込んだ。デッキの女史に歩みより「ヨオ!」と声を掛けると、彼女はまだ眠たそうな顔で答えた。
「おはよー、そろそろ4時ね。こっちの準備は万全よ……シーちゃんも船内の水槽で元気に泳いでるわ」
ダイシュナルは、ダイバーウォッチにちらっと目をやると、キッと表情を引き締めた。
「そうか……いよいよだな」
ダイシュナルは、決意も新たに遠くを見つめ深呼吸をすると、女史の肩に手を置いた。
2人はそのまま船内に入っていった。
普通なら仲の良いカップルに見えそうな情景だが、2人はこの時そんな薄っぺらい関係を超越した深い絆を感じさせていた。
——それはまさに、お互いに信頼しあった最高のバディペアと、呼べるものであった。
オートコントロールの操縦席に並んで腰掛けると、計器の確認と安全システムをチェックする。
4:00———微かに水平線がしらみかけ、空に瞬く星もマリンスノーのようにゆらめいで見えた。
3日後———A.M.2:30 ダイシュナルは目覚めた。
いよいよ彼にとって3255回目のダイブが、始まろうとしていた。
それも彼のダイバー人生において、大きな変革をもたらすものになる事は必至であった。昨日、M.O.C.からのダイブ許可もおりて、ダイシュナルは左肩にその認定証を貼り付けていた。———もちろんシー・ゴリラの科学実験のための、ベイル海峡へのダイブ認定証である。ダイシュナルは、ブラインドの隙間を指で広げ空を見上げた。
そして、まだ星がきらめく夜空を眺めると、今日の天候状態を心配していたダイシュナルは、ひと安心して笑みをうかべた。
リビングの水槽にグルリと目をやると、いつものように水槽内のペーハーセンサーを留守番監視システムに切り換えた。今回は、メモリを1ウィークにセットした。
それは、ある程度の長期ダイブを覚悟した、ダイシュナルの心積もりを表していた。
最後に、スキューバ器材の入ったトランクに、バルチコイドの小瓶を慎重に詰め込むと、ルームキーを左に回しセキュリティー・システムを作動させた。
彼は、エアルートを、女史の待つ西側のシーポートへ向かった。
いつものエアプレッシャーを受け、パイプの中を流れるダイシュナル。
ちょうどM.O.C.の前を通過しかかった頃、彼は目を閉じて祈った。
『トーキン……きっとお前を助け出してやるからな。オレのダイバー生命を賭けても、きっとやりとげる。安心してまってろよ』
その思念を、トーキンに伝えようとでもするように、彼は眉間にしわを
寄せて強く念じた。
シーポートには、数分で到着した。
エアパイプを出ると、女史は既に実験用のクルーザーのデッキで待っていた。
ダイシュナルは、フル装備の詰まった30ほどのトランクを、軽々と持ち上げクルーザーに乗り込んだ。デッキの女史に歩みより「ヨオ!」と声を掛けると、彼女はまだ眠たそうな顔で答えた。
「おはよー、そろそろ4時ね。こっちの準備は万全よ……シーちゃんも船内の水槽で元気に泳いでるわ」
ダイシュナルは、ダイバーウォッチにちらっと目をやると、キッと表情を引き締めた。
「そうか……いよいよだな」
ダイシュナルは、決意も新たに遠くを見つめ深呼吸をすると、女史の肩に手を置いた。
2人はそのまま船内に入っていった。
普通なら仲の良いカップルに見えそうな情景だが、2人はこの時そんな薄っぺらい関係を超越した深い絆を感じさせていた。
——それはまさに、お互いに信頼しあった最高のバディペアと、呼べるものであった。
オートコントロールの操縦席に並んで腰掛けると、計器の確認と安全システムをチェックする。
4:00———微かに水平線がしらみかけ、空に瞬く星もマリンスノーのようにゆらめいで見えた。
船は薄紅色の逆光線を受け、青紫のシルエットとなった。
まるで水中をゆったりと泳ぐ座頭鯨のように……今、ゆっくりとシーポートを離れた。
トク、トク、というエンジントルクの音だけが、鼓動のように響き渡った。
「静かだ……こんなに穏やかな海はひさしぶりだ。きっとうまくいくぞ、ポセイドンもどうやら味方してくれそうだ」
ダイシュナルの表情は明るかった。
航路をベイル海峡にロックし進路が安定すると、ダイシュナルは早々と操縦席を離れた。このクラスの大型クルーザーになると、オートマティックシステムが導入されているため、操縦士の役割は極めて簡略化されている。彼は器材の最終チェックをするため、シー・ゴリラの様子を見るという女史を伴い、船尾のウェイティングルームへ向かったのだ。ウェイティングルームで、ダイシュナルはダイビング装備を一つづつ丁寧に点検しはじめた。
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《M.O.C.認定 ゼロナンバーダイバー標準装備一覧》
●シームレス・シリコンマスクQB(赤外線スコープ内臓)
オートマスククリア機能採用
最大可視角 190°ワイドヴュープロトタイプ
●フレキシブルタイプ・スノーケル104(口径:15mm/レンジ320:)
●フィン(ワイドブレード:スーパーハード)オート・ストラップ
●PCCB(超減圧・浮力調整スーツ)テスト使用
●セラミック・スクーバタンク(容量3000l) Jヴァルブ使用
充填圧力5000/〓
●緊急エアタンク(容量20l)
●シングルホースレギュレーター(エキゾースト・パワーヴァルブ使用)
●ミニマムパワーインフレーター
●マイクロコンピュータコンソール(耐圧ウォッチ・3Dコンパス内蔵)
●音波ソナー周波数2000〓
●水中食料カプセル10錠
●フィッシュアイ(コンパクトウォーターカメラ)
●ムービング・キャッチ(水中レーダー/可能探知範囲=半径50)
《B.C.R.認定 Aクラス特殊武装》
●水中照明ミサイル(アクティブ・ホーミング)
●耐圧強化ゴムバブル(緊急生命維持レスキュー装備)
使用限界圧30bar
●海洋生物誘導サイクルガン
●MH250 水中マシンガン
●スモール・アスロック(S,ASROC)対潜ロケット
●ボトムウォーターアデス(B,W,ADESS)水中気象自動中継装置
●セミアクティブ・ホーミングα4407 (SEMI-ACUTIVE HOMING)
対水中兵器迎撃ミサイル
●ステルス・テクニックマスター(対レーダー妨害システム)
●コミント・システム(COMINT-SYSTEM)対異生物情報解析装置
《その他・特別補充物》
●ブレインシールド(M.O.C.医療機具)
●バルチコイド(アミノ酸性分解アメーバー)
対、碧海薔薇“マリン・ローズ”
●マイクロ・コンプレッサー(微生物採集用)対、リーボス回虫
●マリンジェット(超高性能アクアスクーター)最高速度68ノット
以下マリンジェット搭載兵器
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水中照明ミサイル
MH250 水中マシンガン
スモール・アスロック
ボトムウォーターアデス
セミアクティブ・ホーミングα4407
ステルス・テクニックマスター
コミント・システム
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一通り装備のチェックを終えたダイシュナルは、水槽の前でシー・ゴリラの生命維持装置を点検している女史に近づいた。
「どう? ゴリちゃんのご機嫌は」
女史は、水槽に映った背後のダイシュナルに目を合わせ、そのままガラスに向かってウインクするとニコッと微笑んだ。
「シーちゃんも外洋テストはこれで6度目だから、落ち着いてるようよ。今のところ精神的な動揺もないし、マインドコントロールもうまくいってるわ。呼吸も安定してるし……バッチリよ」
女史は振り向くと、表情を引き締めてつづけた。
「それよりそっちはどうなの? 私がシーポートに着いてすぐに、いかつい男が2人エア・カーゴでやってきたの。彼ら、コンテナ1パック分の荷物を置いてったわ。ダイちゃんの受け渡し委任状を見せたから、信用して積み込ませたんだけど……なんか迷彩色のカーゴで、私怖かったわ。もしかしてB.C.R.(海洋軍事組織)じゃないの? それにしても前もって言っといてくれなきゃ……私はダイちゃんのバディペアなんだから」
女史は、ほっぺたをプイッとふくらませた。
「ゴメンゴメン、悪かった。せっかく前もって打ち合わせしたのにな。あの時はなんせJランクダイブなもんで……とにかくダイビングプランの事ばかり頭にあって……。一人で落ち着いて考えてみたら、やっぱり丸腰じゃまずそうだと思いたったんだ」
「それでB.C.R.に手を貸してもらったってわけ?」
「ああ、今日に間に合わせるためには、アチラさんの力を借りなきゃ無理だからな。とにかくあんたに報告しなかったのは悪かった、かんべんしてくれ」ダイシュナルは、顔の前で両手を合わせて謝った。
「私が、B.C.R.と聞いて反対すると思ったのね。まあいいわ……今回は許してあげる、私もダイちゃんとペア組むの始めてだし、こんな事でチームワークを崩しちゃ元も子もないしね」
少し機嫌を直した女史だったが、それでも目の前にズラリと並んだ小型ミサイルに目をやると、再び心配そうな顔つきになった。
「そんな顔するなよ、何も水中でドンパチやろうってんじゃ無いんだからさ。とりあえず防衛手段としての武装だ。見た目は物騒だが、今回は殺傷能力のある弾頭は外してあるし、まともに当たったって、せいぜい気絶するくらいのショックしか与えられないだろう。———前にも言ったが、ハデな攻撃をするつもりはない。なにしろ相手の攻撃は、精神レベルで行われる可能性が強いし、こんな物は何の役にも立たないかもしれない。
まあ、備えあれば何とかって程度にしか考えてないよ」
「ふーん……そう、でもまさかB.C.R.にまで顔がきくとはね。ダイちゃんの交友範囲の広さには、いつも感心するけど……あそこは私達M.O.Cとは敵対関係にあるってことくらい承知してるわよね」
女史は少し腰をかがめ、覗き込むようにダイシュナルを見た。
大きく開いたその目で、相手の視線を釘付けにする。
——このポーズは彼女の癖だった。彼女は疑問点や納得できない事を、聞き出そうとするときに、必ずこの格好をするのだ。付き合いの長いダイシュナルは、この癖に今までもさんざん悩まされてきた。
女史の必殺ポーズと、沈黙に圧迫されて金縛り状態のまま、ダイシュナルは話した。
「————B.C.R.には、昔からの悪友がいてな……今はもう偉くなっちまって、いろいろ新兵器の開発とかやってるよ。そいつに力を貸してもらったんだ。まあそう責めるなよ。そのうちそれが誰だか分かるからさ。
そんなことより、ベイル海峡のエリアに侵入するまで、まだ1時間ほどある ……早起きしたぶん仮眠しといたほうがいいと思うんだが……」
ダイシュナルは、やっとの思いで話をそらし、女史を仮眠室に押し込んだ。
M.O.C.とB.C.R.とは昔から犬猿の仲で、とりあえずM.O.C.側の人間である女史は、やはりB.C.R.と言う響きに対して、決してよい感情を抱いてはいなかった。
医学分野で政治的発展をとげたM.O.C.に対して、まったく正反対の軍事レベルで頭角を表したのが、このB.C.R.という組織だった。
現在この2つの組織が、世界を2分していた。
つまり種の保存を、生命の維持と繁栄の方向に進んでいった一本の道と、生命の破壊と人類の私利私欲のために、突き進んでいったまったく逆に向かったもう一本の道————。
反比例グラフのラインのように、その出発点は同じだったはずなのに、現在はとてつもなく遠く離れ、2度と交差することは無いように思われた。
この離ればなれになった2つのポリシーが、実はこの世界の生態バランスをもっと奥深いところで守っている、と考える学者もいた。だが、まだまだ互いに相手を非難し、否定する動きが主流を占めていた。
M.O.C.のシンボルマークである“ホワイトクロス=白十字”は、平和と調和の象徴であり、一方B.C.R.のシンボルマークである“カーマインクラウン=紅冠”は、権力と支配の象徴として崇拝されてきた。
互いにほぼ同数の支持者を持ち、その政治力も均衡していたが、今までそれほど大それた衝突が行われなかったのには、理由があった。
この世界は、大半が海であり、陸地は総面積の1割り程度にしか満たない。
そのため人類の大多数は、水中コロニーでの生活を余儀なくされ、戦いも水の中でおこなわなければならなかった。
水中での戦闘は、大気中のそれと違い非常にやっかいである。その原因は、流動的な水を媒介として、互いに敵対者と接触していることにあった。いわゆる絶対数の破壊力をもつ兵器は、水中振動で全ての人類を巻き込み、その放射能汚染は海流によって隅々まで運ばれる。
中でも最も問題なのは、水中汚染は空気中とは違い、かなりのロングスパンで停滞するという点だった。
そこで着目されたのが、バイオテクノロジーである。
このバイオテクノロジーを駆使した生命兵器(バルチコイドのような)が、これまでに数々開発されてきたが、この分野への進出は、言うまでもなく医学を専門とするM.O.C.が先手を切っており、B.C.R.は一歩たち後れていた。
M.O.C.がバイオ技術で優勢に出たため、B.C.R.としては更にやりにくくなった事は事実である。
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2人が1時間の仮眠を終えるころ、クルーザーはいよいよベイル海峡に近づいた。
オートコントロールで速度を落とし始め、次に両サイドに突き出た高速用のリフトアームを収納する音が、船内に響きわたった。
2人は操縦席に戻り、フロントウィンドーから外洋を眺めた。
そこにはマリンブルーのグラデーションが、見渡すかぎりの水平線をつくりあげていた。左斜め前方に、そのマリンブルーの世界に一点の赤いブイが確認された。
ベイル海峡の1200号ブイだ。
————と、その時
ウィン ウィン ウィンと警報を鳴らし、1200号ブイから探査用の小型エレメントが、クルーザーに向かって発射された。
金色の球状をしたエレメントは、水面すれすれを飛んで接近すると、クルーザーの回りをくまなく観察するような動きを見せた。
しばらくしてやっと気が済んだのか、その様子を眺めていた2人の目の前にピタッと静止した。
ウィンド越しに高い周波数の電子音を響かせ、そのエレメントからメッセージが流れた。
コチラ……M.O.C.外洋セキュリティ・システム……ソチラノ、ダイブ認定証オヨビ乗船者ノ……メンバー登録カードヲ、提示セヨ。
ダイシュナルは、その金属質のボールからカタツムリの目玉のように突き出したレンズに向かって、左肩をグイッと傾けダイブ認定証を見せた。
次に2人は、内ポケットからメンバーズカードを取り出し、同時にウィンドーにかざした。金属ボールはピピッと音を発し、今度はダイシュナルの右サイドのドアの方に回り込んだ。
ゲートヲオープンセヨ……メンバー登録カードヲ……ココニ……インサートセヨ。
M.O.C.本部ノ……コンピュータニ確認スル。
ダイシュナルは、めんどくさそうにドアを開け、ボールの中央に付いている隙間に、2枚のカードを挿入した。
シバラク、ソノママ待機セヨ————。
1分ほどすると、その球体の上部からモニターが飛び出し、一連のコンピュータ・ワードが映し出された。
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ダイブ・ポイント……………………………ベイル海峡(0〜250ファゾム) ダイブモクテキ………………………シートロップ・スキンモンキー外洋実験
ダイバーA: ギル・ダイシュナル コード002
ダイバーB: シャルル・ソニア コード588
ダイブ可能時間=エントリー開始ヨリ200時間トスル。
以上……………………………………………………………確認シタ。
————ベイル海峡ヘノ侵入ヲ許可スル。 M.O.C.外洋監視班
ナオダイブ延長ノ場合ハ、M.O.C.ヘノ再認可ヲ出願セヨ。
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カードを受取ると、ダイシュナルはクルーザーをエントリー・ポイントへと移動させていった。低回転トルクの重い音をさせ、数分でベイル海峡の北西に位置するダイブポイントに到着すると、女史とダイシュナルは、M.O.C.のフル装備を着用し、C.B.R.武装のマリンジェットと一緒に圧力カプセルに入った。
20分掛けて圧力が30bar になると、ダイシュナルは水槽との接続ハッチを開け、シー・ゴリラを中に誘導した。
ブシューム!! と音をたてて、カプセルのハッチが閉じられ、いよいよエントリーのカウントダウンにはいった。
10……9……8……7……6……5……4……3……2……1……0
カウントゼロで、船底部のゲートがオープンした。
————と、楕円形の圧力カプセルは勢いよく水面に落下し、そのまま水中へとスムーズに沈んでいった。
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