深夜の散歩、鳥居前にて。
双瀬桔梗
カミサマと男子大学生
深夜一時半過ぎ。居酒屋のバイトが終わり、店を出た大学三年生の
特に深い理由はない。なんとなく、散歩したい気分だったイツキは、いつもと違う道を選んだ。
淡い月明かりに照らされながらイツキは、商店街の近くにある、木々が生い茂る公園に足を踏み入れる。辺りに人は誰もおらず、街灯は少ない。それでもイツキに不安はなく、深夜の散歩に胸を高鳴らせている。
公園を抜けて、真っすぐ畦道を進むと、赤い鳥居がイツキの目に飛び込んできた。だが、その近くに神社はなく、大きな鳥居の後ろには雑木林が広がっている。
「ん……? なんだあれ……」
鳥居の上に、何かが乗っかっている事に気がついたイツキは首を傾げた。ゆっくり鳥居に近づき、それが人だと分かると、彼は息をのんだ。
大正時代を思わせる格好をした、独特の雰囲気を纏っている男が腕を組み、鳥居の上に立っている。
今まで霊的なモノなど目にした事はないが、それらの存在を信じているイツキは内心、焦った。早く目を逸らさなければならない。頭ではそう分かっていても、その綺麗な男から目が離せずにいた。
視線に気がついたのか、男がイツキの方を見る。男はイツキと目が合うと、ニヤリと笑い、地上に降り立った。
男はイツキより背が高く、彼をじぃと見下ろしている。
イツキが一歩、後退ったのと、男が動いたのはほぼ同時だった。男はイツキを肩に担ぎ上げると飛び上がり、鳥居の上に着地する。
「人間! ここから降りたければ、供物を捧げよ!」
鳥居の上に立たされ、呆然とするイツキに男は手を差し出す。
「供物……?」
「そうだ。最高級の供物を捧げよ」
「えー……」
イツキは困惑しつつ、視線を地面に向ける。飛び降りれば少なくとも骨折は免れない高さに、どうしたものかと考えた。彼が手に持っているビニールの手提げ袋の中には、居酒屋の店主からもらった、パック容器に詰められた鶏の唐揚げがある。供物になりそうな食べ物は今、それだけだ。
男の期待の眼差しを見る限り、何かを差し出さないと、ここから降りられそうにない。そう判断したイツキは渋々、袋からパックを取り出し、鶏の唐揚げを献上した。
「なんだこれは……」
露骨に残念がる男にイラっとしたイツキは、爪楊枝に刺した唐揚げを突き出す。
「騙されたと思って食ってみろって。そんで早くここから降ろせ」
そう言いながらイツキは、男の口の中へ強引に唐揚げを突っ込む。男は目を見開きつつも、素直に唐揚げを咀嚼する。
「旨い……なかなか悪くない供物だ」
「だろ?」
男は目を輝かせ、イツキから爪楊枝を受け取ると、今度は自ら唐揚げを口にする。無邪気に唐揚げを頬張る男の姿に、イツキは小さく笑う。
「てか、幽霊って食事もできるんだな」
ふと、そんな疑問が頭に思い浮かんだイツキは、思わずそう口にした。
イツキのその言葉に、男はムッとする。
「幽霊だと? 我はこの鳥居の神ぞ。そんな低俗なモノと一緒にするな」
「……鳥居の神ってなんだよ?」
「鳥居の神は神だ。ところで君は食べないのか?」
説明せずとも分かるだろう。そう言いたげな顔で男は話を流すと、爪楊枝に刺した唐揚げをイツキの口元に寄せる。
「オレが食べてもいいのか?」
「ん? 元々は君のモノだったんだ。何も遠慮する事などないだろう?」
男の言葉に若干、戸惑いつつもイツキは唐揚げを頬張った。
「うん。やっぱり美味しいな」
「うむ」
唐揚げの美味しさと、この訳が分からないおかしな状況に、イツキは自然と笑みがこぼれた。イツキのその表情に、男は満足そうに
それから二人は月を眺めながら唐揚げを一緒に食し、パック容器が空になると男はイツキを地上に下ろした。
「我は非常に満足した。ゆえに人間、今後も供物を捧げよ」
「……早河イツキだ」
「む?」
「オレの名前。人間じゃなくて、早河イツキな」
「ほう、良い名だ。では改めて早河イツキ! 我に供物を捧げよ!」
「はいはい。気が向いたら、また持ってきてやる。だから他の人には同じような事するなよ」
「うむ、良かろう」
他の誰かが、この自称カミサマに絡まれるくらいなら、自分が面倒事を引き受けよう。そう思ったイツキは仕方なく、男の命令を了承した。それなのに、男があまりにも嬉しそうな顔で笑うものだから、イツキはうっかり絆されそうになる。
「そんじゃあ、イイ子にして待ってろよ」
「うむ、また来るが良い」
男に心を許してしまいそうになったイツキは早口で一言だけ口にすると、急いでその場から立ち去る。
数歩進んだところで、イツキが振り向くと、男はニコリと笑った。
――絶対、あんな得体の知れない男に絆されたりしない。
そう決意したイツキは帰路につく。しかし、彼が自称“鳥居の神様”と打ち解けるまで、大して時間は掛からなさそうだ。
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