6

「ほ、ほほほほんとごめんね…!」


土曜日のお昼。


私は愛華さんに全力で謝っていた。


待ち合わせに遅刻してしまったわけではない。


むつきの私服かわいいね!と褒められて、顔が赤くなり、愛華さんの方がかわいいよ。と返せなかったからでもない。


それは後で、噛み噛みになりながらも伝えたし…。


その後、家に近づくにつれて緊張が増していき、歩き方が変になって愛華さんに心配かけてしまったことでもない。


いや、これは後で謝らないとだけど。


ではなにに対して、全力で謝っているかというと…。


家に着いた私は玄関のドアを開ける。


すると、なにかの破裂音がして愛華さんも、私ですら何事かと驚いてしまう。


その原因はすぐに判明する。


私のお母さんが犯人だった。


どうやら娘が初めて友達を連れてくることに感激したお母さんは、盛大に出迎える為にクラッカーを鳴らしたのだった。


その後、お母さんに怒る私を宥め、素敵なお母さんだね!と褒めてくれる愛華さん。


天使ってほんとにいるんだ…。と感激していると。


私以上に涙を流し感激するお母さん。


泣きながら、むつきのことを末永くよろしくお願いします。と愛華さんにお願いし。


あとは若い二人でごゆっくり!と言い残すとお母さんは出かけてしまい。


お母さんそれ友達に言うことじゃないよ…。と呆れることになり。


現在、自分の部屋に招き入れると、たくさん迷惑をかけてしまった愛華さんに、謝っていた訳である。


「謝らないでいいよー!気にしないでー!」


「で、でも…。」


「それにむつきのことお願いしますって言われて嬉しかったし!えへへ!」


「う、うぅ…。あ、愛華さん優しすぎる…。」


「そんなことないよー!それよりも!ここがむつきのお部屋なんだねー!」


そう言い、愛華さんは部屋を見渡している。


愛華さんが来ることになり、必死で掃除した部屋だけど、おかしいところないよね…。と緊張していると。


「あ!むつきむつき!あそこ見てもいいかな!」


と、愛華さんが指差す方を見てみる。


そこは私が購入した百合漫画が数多く並んでいて。


もちろんいいよと伝えると、愛華さんは嬉しそうに本棚の前に移動する。


「わー!いっぱいあるー!んー!やっぱ紙媒体もいいなー!」


「あ、愛華さんは違うの…?」


「あたしは全部、電子書籍にしてるからね!ほらほら見て見て!」


そう言うと、スマホの画面を見せてくれる。


そこにはたくさんの百合漫画が読めるようになっていて。


「す、すごいね…!愛華さんもたくさん集めてるんだね…!」


と、驚いていた私なのだけど。


ふと、気になることがあった。


それは、私達が百合友になるきっかけである、今瀬もも先生の本のことだった。


「あ、あれ…?そ、それじゃあ、なんであの時は書店に買いに来てたの…?」


と、尋ねてみると。


「あの本だけはどうしても実物を買いたかったんだー!特別な本だったからね!」


「と、特別…?」


「うん!特別!理由は今度教えてあげるね!」


「う、うん…?あ、そ、それなら…。あ、愛華さんが持っていた方がいいんじゃない…?」


そう言うと、私は本棚から今瀬もも先生の本を取り、渡そうとする。


「ううん!これはむつきに持っててほしいんだー!あたしたちが百合友になるきっかけをくれた大切な思い出のだからね!」


「う、うん…!わ、私にとってもすごく大切な本だよ…!」


愛読しているからだけではなく、私にとっても愛華さんと百合友になれた本当に大切な本で。


笑顔の愛華さんに微笑み、あの時のことを思い返していると。


愛華さんの変な格好を思い出してしまい、笑いそうになってしまい。


「あー!むつきー!今あの変装のこと思い出してたでしょー!」


「ご、ごめん…。で、でも…。あ、あの時の…。ぷ、ぷふっ…。」


我慢できず笑ってしまうと。


「むー!だって、友達とかクラスの子にバレたら一大事だったんだもん!むつきー!変装のことだけ忘れろー!」


と、ぷんぷんと怒る愛華さんにぽかぽかと優しく叩かれてしまうのであった。


それから、二人共落ち着きを取り戻すと。


「さて!それじゃあ、そろそろ勉強を…!」


そう言い、やる気を見せる愛華さん。


私も頑張って勉強を教えよう!とやる気を出すのだけど…。


「と、思ったけど!その前に!ちょっとだけ漫画読ませて!」


そう言う、愛華さん。


かくいう私も愛華さんの電子書籍が気になっていて、読書タイムになってしまう。


私は一冊読み終えると、考えていた。


このままじゃまずい…。


きっと、勉強が始まってもまた途中で、読書タイムになってしまう…。


私も結構意志が弱くて。


愛華さんの誘いを断れないのが原因なんだけど…。


と。


そこで、私はさっきまで読んでいた百合漫画を見て、一つのことを閃いた。


「あ、愛華さん…!」


「あ、ごめんね!もうすぐ読み終わるから!そしたら勉強会しようね!」


「え、えっと…。そ、そのことなんだけど…。」


「どしたの?」


愛華さんは読んでいた本を一旦閉じると、私に向き直る。


「あ、あのね…。べ、勉強会のことなんだけど…。」


「うん?」


「が、頑張ったら…。ご、ご褒美をあげるっていうのはどうかな…。」


「ご褒美?」


「う、うん…。こ、この漫画なんだけどね…。」


そう言い私がさっきまで読んでいた漫画を愛華さんに見せる。


その内容は、いまいちやる気がない主人公。


そんな主人公に想いを寄せるヒロインが、数々のご褒美を条件にやる気を出させるというもので。


「あ、これって…。」


当然、愛華さんもその内容を知っていて。


「べ、別に愛華さんがこの主人公みたいにやる気がないって思ってる訳じゃないよ…!」


私は慌てて弁明すると。


「ううん!気を遣わせちゃってごめんね!これ読み終わったら勉強始めるから!ほんとごめん!」


と、愛華さんに悪いことをしてしまい、私の閃きは失敗に終わるのだった。


そう思っていたのだけど…。


また読書タイムが再開され、少ししてからだった。


「ねぇ?むつき?」


「ど、どうしたの…?」


「そのね…。さっき言ってたご褒美のことなんだけどね…?」


「う、うん…?」


「ほんとはご褒美なくても、頑張らないといけないのはわかってるんだけどね…?その…やっぱりご褒美ほしくて…。それでね?こういうのでもいいのかな…?」


そう言うと、愛華さんはさっき私が読んでいた漫画を開くと、そのページまでスライドする。


「このシーンが素敵でね。主人公が羨ましいなぁって思ったんだ。」


それを聞き、私で良いのかな…。と思い、尋ねてみると。


「そんなことないよ!むつきが良い!」


「え、あ、そ、そうなんだね…。そ、それなら…いいよ…。」


なんだか力強く答える愛華さんに、圧倒されながら。


きっと、それは私が百合友だからということなんだと思うと、そう答えていた。


「ほんと!?やったー!それじゃあ早く勉強始めよ!早く早く!」


そう言うと、愛華さんは勉強の準備を始めて、私も慌てて準備をすると勉強会が始まる。


そこからの愛華さんは凄かった。


やる気に満ち溢れ、テスト範囲の内容を私が教えていくと、どんどんと記憶していき。


私が出した例題もすらすらと解いていく。


まりさんが言っていた、愛華さんは記憶力がすごいということを目の当たりにして、驚きを隠せない私。


気づくと、そろそろお開きにしようかとなる時間で。


まだ、テスト範囲は残っていたけど、続きは明日に持ち越すことにすると。


「むつき、ほんとにいいの?」


「う、うん…。や、約束だし…!そ、それにね…。わ、私もヒロインみたいな存在になれたら良いなって憧れてて…。」


「そうなんだ!それじゃあ、あたしとむつきは今から主人公とヒロインだね!えへへ!」


「そ、そうだね…!」


「あ、でもでも。あたしすごい嬉しくてだらしない顔になっても笑わないでね?」


「わ、笑わないよ…。わ、私も上手に出来なくても許してね…?」


「もちろん!それじゃあ、よろしくね!」


「う、うん…!」


そんなやりとりを終えると、ご褒美タイムが始まる。



私は緊張しながら愛華さんの側まで近づき。


「い、いっぱい勉強頑張ったねぇ…。え、偉かったよぉ…。」


そう言い微笑むと、優しく頭を撫でてあげる。


すると、愛華さんは漫画の主人公みたいな幸せそうな顔をしていて。


そんな愛華さんがすごく可愛くて。


本来はそこで終わるはずだったのだけど、思わず抱きしめてしまい。


慌てて離れると、ご褒美タイムは終わる。


「はぁ〜。すごかったよぉ〜。むつきのなでなで、ほんとすごかったぁ〜。主人公もこんな気持ちだったんだねぇ〜。」


相変わらず、幸せそうな顔で余韻を楽しんでいる愛華さん。


私も喜んでもらえて、ヒロインみたいになれたかなと嬉しくなる。


「最後のハグもよかったなぁ〜。別のシーンだよねぇ〜。むつきのサプライズに感謝だよぉ〜。」


思わず抱きしめてしまったことを、勘違いしてくれたことに感謝しながら、私は赤くなった顔が戻るのを待っていた。


すると、私のスマホの着信音が鳴り響く。


着信相手はお母さんで。


未だに帰ってきていないお母さんを心配すると。


どうやら、友達とすごく盛り上がったみたいで。


泊まることになったからのことで、晩御飯は自分で用意してとのことだった。


通話を終えると、愛華さんに尋ねられ。


お母さんとの通話内容を伝えると。


「あ、それならさ!あたしが晩御飯作ろっか!」


「で、でも…。そ、それは申し訳ないし…。そ、それに帰るの遅くなっちゃうよ…?」


「いいからいいから!あたし一人暮らしだから問題ないよっ!」


「お、遅くなったら危ないよ…。」


「それだったら、お泊りさせてもらっちゃっかな!」


というやりとりをして。


正直、晩御飯をどうしようかと悩んでいたわけで。


愛華さんの提案に甘えることとなった私。


本日の勉強会は、お泊まり会へと発展するのであった。

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