僕は風の行方が気になった。

 今日もまたまた納品日。


 お客様はもういらしていた。


 だがしかし、彼は早速とばかりにメジャーを取り出し、縦横を測り出した。


 毎度のことながら、この人の検品はドキドキする。


 納品ではなく検品だ。この人は絵イコールサイズ込みな人なのだ。


 一頻り測り終えると、頷き、満足した顔をしながら妙なことを言い出した。



「風の出所って興味ない?」


「…風の出所…ですか?」



 今日のお客さんはある会社の社長さんだった。出会った頃はまだサラリーマンだったが、若くして独立し、成功を収めた人だった。


 風の出所…?


 そんなこと考えたこともなかった。



「ビルゲイツとかさ、まあいるじゃない」


「はぁ…いますね」


「彼らに勝てることは今後おそらく、ないと思うんだよ」


「それは…まあ、そうだと思いますけど…」



 何の話だろうか。


 というか、風は何処へ?



「ふふ。あれだけ世界的に有名になった人を超えるのは至難の業だよね。でも一つだけあるんだよ」


「何ですか? それがもしかして風の出所…?」


「違うね」


「違うんですか…」



 違うのかよ…人懐こそうな笑顔なのに、逆に何考えてるのかわからなくなるな。



「それは凱旋門賞さ」


「馬ですか?」


「そう! 馬だけは彼らに勝てる可能性を秘めている」


「はぁ…え? 風は? あ! まさか!」



 もしかして某のシルフィード的な?!



「ん? 関係ないよ」


「……」



 ないのかよ。なんで僕の顧客様はこう、人を食ったような人が多いんだ。



「あははは。いや、ごめんごめん。今僕が頑張ってるのはね、若くしてリタイアして、風の発生源とかさそういう場所に行ってみたくてさ。絶対に初めて生まれた場所ってあるはずじゃない? 一番を探したいんだよね」


「はぁ…」


「で、その為にお金を儲けたいんだけど、目標が欲しくてさ」


「それが、馬ですか?」


「そう。馬のオーナーになって、凱旋門賞に出て勝ちたいんだよ。ちなみにもう四頭いるよ」


「え?! すごい! 乗れるんですか?」


「オーストラリアにいるからね。乗れないね」



 乗れないのかよ…ん? オーストラリア?



「…それって楽しいんですか?」


「まあゲームオタクなのは知ってると思うけど、育成ゲームみたいな感覚で楽しいよ」



 リアルダビスタかよ…まじか…


 そういえばこの人、小さな頃に某名人の冒険島大会で、全国二位になったことがあるって言ってたな…



「いや、二位じゃダメだよ。一位じゃなきゃ。って言っても、大人になるとね。チートとかラックとかないとどうにも難しいよね。無知故と言うか、若かったよ。今はもう二位にすらなれやしないし、そこまでこだわりはないかな」


「それなのに馬…ですか?」


「そう! なんとか彼らに勝てるところはないかと思ってさ」



 一位やっぱり探してんじゃん…



「めちゃくちゃ変わってないじゃないですか」


「ふふ、だから風の出所が知りたいのかもね」


「なんですかそれ…だからこんな依頼を…並べて初めてわかりましたよ…」



 今回の絵は、50枚の連作だった。全て数字の1がモチーフの水墨画のような絵で、大小様々50通りのカンバスがサイズ指定されていた。


 それをパズルのように組み合わせ、並べると、壮大な壁が出来上がる。それはまるで上から吹き下ろす風のようにも見えた。


 いや、描いたの僕っすけど。



「ああ、上手く表現してくれたね。満足だよ」



 というか、半分以上のアイデア、僕じゃないんだが。でもまあ、たまにはいいよな。こういう進め方は。


 気は張るけど緊張しないし。楽しいし。



「ありがとうございます」


「リタイアしたら習いに来ようかな」


「やですよ。絶対ネチネチ言われそう」


「はは。ごめんごめん。今回は本当に失礼だったね。でも怒らないところが僕に無い部分で羨ましいよ」


「嫌味に聞こえないのが腹立ちますね」


「ははは。他の画家さん聞いてくれないしね。こんな依頼。待ったかいがあったよ」


「遅くなって申し訳ありません」


「いやいや良いんだよ。無理をさせたのはこっちだし。時代の風潮でね、どんどん待たないことが当たり前になっているよね。僕は僕の願いをカタチにしたものが欲しいのさ。なのに急かすなんてしないよ。一馬力で出来ることなんて、しれてるし、みんな知らないんだよね」


「そうですね。そう言ってもらえると助かります…」


「待つ楽しみってやつを、見事に奪われたよね。…まあ、習いに来たら僕はシャカシャカして君のペースを乱してしまいそうだ。それに二番には慣れたくないし、頑張ってしまうかな……君もそうじゃなかったかい」


「僕は誰かの一番であればいいですから」


「みんなの中の二番、誰かの中の一番か。ああ、僕が結婚出来ない理由かな。理想高いとダメだね」


「何言ってんですか。理想が高いんじゃなくて、狭すぎるからでしょ」


「そんなことないよ」



 あるよ。


 メジャーで額のサイズ測る人なんてあなた以外知らないよ。


 カンバス作るのもういや。ちゃんと水平垂直出ないし。


 本当に気分は木工職人だったぜ。



「…僕に求めたことを言えますか?」


「いや、悪かった。もう少し横に考え方を広げてみるよ」


「そうですよ。後、カナダのメタルバンド好きがネックです。そんな女の子少なすぎて出会えるわけないでしょ」


「そうかな…いや、そんな事はない!」


「何でそこだけマイノリティなんすか…」


「ははは、メジャーは持ち歩いてるのにね。ま、風と一緒に探してみるよ」



 そう言って、彼は去っていった。


 誰が上手いこと言えと…それにしても。



「風の出所か…」



 それこそ宇宙か地球の創生まで遡らないと無理じゃないかな。地球のどっかで常に発生し続けてるんだし。


 いや、きっと見つからなくてもいいのだろう。


 さすらいながらも求め続けているんだ。


 あの時の冒険島を、いつかこの手にと夢見てるんだ。



「そういう…なんというか、人生のテーマなんだろうな」



 僕はコーヒーを手に、一人そう呟いた。

 

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